24話
ヴィストラントの南側は端から端まで続く広大なビーチとなっている。
観光が主要産業の一つとなっているだけのことはあり、果てしなく続いているようにも思える青く澄んだ綺麗な海の見えるエルセイ海岸は、もちろん人工的に造られたものではあるものの、シーズン中は毎日のようにヴィストラント内だけでなく、大陸からもたくさんの観光客が訪れる。
レドとセレスティアは先に来ていて、フィーザー達を待っている様子だった。
ノースリーブのサマーニットを着たセレスティアは、細身のパンツですっきりとまとめている。これからプールに行くためか、髪の毛は上手に結い上げられており、細いうなじに一筋の汗が流れているのが何とも魅力的だった。隣りにレドが立っていなければ、きっとすれ違う様に海岸へと向かっている男性客に声を掛けられていたことだろう。
その場の視線を一人で―—正確には二人で―—集めていたセレスティアとレドは、フィーザー達に気がつくと、手を振った。
「こんにちは、ユースグラム君。フィーナとフローラさんも」
「こんにちは、セレスティアさん、レドさん」
フローラは、きらきらとした笑顔で返した。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
挨拶を済ませた一行は、また後でねと更衣室の手前で別れた。
最寄りの更衣室―—海岸線はヴィストラントの南側をほぼ埋め尽くしているため、各所に更衣室やら海の家やらが存在している―—で着替えを済ませたフィーザーとレドは、女性陣を待つ間、シートを広げたり、借りてきたパラソルを広げて荷物を置いたりしていた。
「まったく、わざわざこんなところに来ようなんて、セレスも物好きなんだよな」
すでに観光客や地元客で賑わっているビーチを見回しながら、レドは溜息をついていた。
観光シーズンである夏のこの時期、やはりというか、白い砂浜は人で溢れていた。
「全然泳げそうじゃないぞ。何しに来たんだか」
「さあ。でもフローラはフェイリスさんと一緒に来られることになってとっても嬉しそうだったよ。友達に連絡しなくてもいいのか聞いたら、いーの、って答えてたし」
「セレスも大分上機嫌だったな。昨日の夕食の時もセレスのお袋さんとうちのお袋と一緒になって、まあいつものことなんだが、いつも以上に盛り上がっていたよ」
「君たちいつも夕食を一緒にしているのかい?」
「お待たせしました、レドさん、お兄ちゃん」
フィーザーがもう少し詳しく聞き出してやろうと思ったところで、着替えを済ませたフローラ達がやってきた。
フローラはピンクの花やリボンの飾りのついた白いセパレーツタイプの水着に身を包んでおり、腰の辺りには花びらを思わせるヒラヒラのフリルがあしらわれていた。
セレスティアの方はと言えば、切込みの深い大人っぽい真っ赤なビキニ姿だった。アイボリーカラーの髪の毛を、今日はリボンで一つに纏めていた。
「私はいいけど、フィーナには何か言うことがあるんじゃないの、お兄ちゃん」
ぼうっとしたように立っていたフィーナは、フローラに手を引かれて押し出されるような形でフィーザーの前に放り出されると、頬を染めて、水着の端を押さえながら、もじもじと上目遣いに見上げてきた。
白っぽい水色のフリルがふんだんにあしらわれた水着に身を包んだフィーナを見て、フィーザーは頬の辺りに熱が集まるのを感じた。
「良く似合っているね。とっても可愛いよ」
やっとの思いでそれだけひねり出すと、フィーナはますます耳まで赤くなって目を伏せてしまい、フローラはといえば、まあ及第点ってところかな、とセレスティアと向き合って肩をすくめていた。どうやら、彼女たちの望んでいた回答ではなかったらしい。
「いつまでここにいても仕方ありませんし、早いところ遊びに行きませんか」
ちらりと周りを窺いながらフローラが提案すると、セレスティアも頷いた。
「そうね。なんだか周りの視線も気になるし」
言われてフィーザーがセレスティア達に続いて周りを見回せば、辺りのお客が一斉に顔を逸らした。
「どうしたの、フィーナ?」
何やらフィーナは少しばかり顔をしかめてセレスティアの事を凝視していて、フィーザーが尋ねると誤魔化すように首を大きく横に振った。
「何でもない‥‥‥です」
そんなフィーナの手を取ると、フローラは海岸線へと駈け出していった。
「大丈夫、これからだよ、フィーナ」
波打ち際まで駆けてゆくと、楽しそうな声を上げながら、フィーナに向かって水をかける。
「きゃっ」
「フィーナ!」
驚いたらしいフィーナが尻もちをついてぺたんと水中に座り込む。
慌てて駆け寄ってきたフィーザーが差し出した手を取ると、ピンク色の頬でフィーザーを見上げながら、小さく微笑んだ。
「冷たくて、しょっぱいです」
「海に来たのも初めて?」
フィーザーが尋ねると、フィーナは、はい、と頷いた。
「お兄ちゃんが過保護すぎる」
「あらそう? いい感じじゃない」
興味もなさそうに寝転がるレドを余所に、フィーザー達は、眩しく青い空の下で水を掛け合ったりして遊んでいた。
端から見れば美少女3人に囲まれている男が1人という羨ましい光景ではあったが、フィーザーは精神的には大分疲れていた。
フィーザーと、特に全身に苛烈な修練を思わせる傷が刻まれているレドがいるおかげか、ナンパするような輩は幸いなことに寄り付かなかったのだが、男性の、そして時には女性の、嫉妬の込められた視線は遠巻きに感じられていた。もっとも、当のフィーナたちが気にしていない様子だったで、特に困ることはなさそうだと思っていた。
お昼にはセレスティアやフローラが持って来ていたお弁当を広げていた。
色合いもカラフルで気合が入っているのが窺えた。
「どうしたの、レド」
途中でレドが急に立ち上がり、人差し指を立てると、砂浜に耳をつけた。
「誰かがここへ近づいて来る」
「それがどうしたのよ」
観光地なんだからあたりまえでしょ、とセレスティアが言うと、フローラも頷いている。
「いや、そうじゃない、フェイリスさん。さっきから、こちらに向けられている視線がない。今まではフィーナやフェイリスさんを見るため、かどうかは分からないけれど、少なくともこの場に僕たちだけなんてことはなかった」
フィーザーとレドが視線を向ける先から、二つの人影が近付いて来る。
「またお会いしましたね」
そう頭を下げたウェインの横では目つきの悪いやくざ風の男がポケットに手を突っ込みながらため息をついていた。
「おいおい。お前たちが警戒しているからどんな奴らなのかと思えば、まだ子供、精々学生といったところじゃねえか」
「油断しないように、ジャトゥハン」
フィーザー達はフィーナ達を庇う様に前へと一歩進み出る。
ジャトゥハンと呼ばれた浅黒い肌の男は面倒くさそうに頭を掻いた。
「ちっ。俺は面倒くさいことは嫌いだし、こうして仕事をするのも嫌いだ。だから単刀直入に言うぜ」
ジャトゥハンはフィーザーの背中に隠れているフィーナに向けて人差し指を突き出した。
「おとなしく」
「おとなしくフィーナを渡すつもりはありません」
ジャトゥハンの言葉を遮ってフィーザーはきっぱりと告げる。
「あなた達がフィーナを使って向かうところは分かっています」
すると、ジャトゥハンははっとした様子で横を向いた。
「おい、ウェイン。俺達があの娘を使って大いなる力を引き出してミルファディアへと至り、この地に戦乱を呼び込もうとしているのがばれてるみたいだぜ」
「‥‥‥だから私一人で良いと言ったのに。あなたにも、余計なことはしゃべるなと言いましたよね?」
「忘れてたぜ」
呆れたようにウェインが呟くと、ジャトゥハンは口の前に手を持ってきた。
「そもそも、あなた方の理由を私たちまでそうであるかのように言わないでいただきたいです。馬鹿に思われるでしょう」
「何だとお! 上等だてめえ、この作戦が終わるまで待ってやろうかと思ったが、今すぐ」
「分かりましたよ。あの娘、フィーナを捉えたらいくらでも相手をして差し上げますから」
「よし」
2人の間で、勝手に、決は採られたらしく、いがみ合う様に顔を合わせていた二人が正面、フィーザー達の方を向く。
「レド」
「分かってる」
セレスティアにフローラとフィーナの事を頼むと、フィーザーとレドは、ウェインとジャトゥハンに相対した。




