25話
レドの前に立つジャトゥハンは着ていたコートと腰に下げていた刀と鞘を投げ捨てた。ボディースーツのの上からでも分かるほどにその身体は鍛え上げられていた。
「丸腰の相手に武器を使うつもりはねえ。ましてやお前のような学生相手にはな」
この肉体一つで十分とでもいうように、ジャトゥハンは顔の前で右手の拳を握りしめる。
「まあ、お前は使いたいというのなら使っても構わないぜ」
今レドは武器になるような物を持ってはいないが、おそらく持っていたとしても同じように言ったのだろう。
「本当の事を言うとな、俺達はその娘がどうのってのはああんまり興味がねえんだ」
互いに間合いを測り合っていたレドとジャトゥハンの足が止まる。
余計なことを言うとせっかく喋っている目の前の男が黙ってしまうかもしれないと思ったレドは、脚だけを動かしながら黙って聞いていた。
「俺の願いはただ一つ、己よりも強い奴と戦いたいというただそれだけだ。この同盟? に参加したのも、うちの頭領に誘われたってのもあるが、強い奴と戦える世の中になると言われたからだ」
「頭領だと」
「ああ、そうだ。うちの頭領はその力を振るうことのできる時を求めている。どうするのかなんてことは聞くんじゃねえぞ。俺には分からねえからな」
足場の悪い砂浜を、まるで苦にする様子もなくジャトゥハンが飛び上がる。
握りしめられた右拳が振り下ろされ、同じ右の手のひらでそれを受け流したレドは、そのままの勢いで砂浜を転がり、距離をとる。
「何っ!」
レドが顔を上げた時には、すでにジャトゥハンは砂浜を蹴って方向転換して追撃してきており、レドの前に着地すると、後ろ回し蹴りの態勢に入っていた。
「やるじゃねえか!」
咄嗟に屈み込み、蹴りを躱したレドを、興奮した様子でジャトゥハンが笑う。馬鹿にしているのではなく、楽しんでいるような笑い声だ。
レドは立ち上がる勢いを利用して右の拳を突き上げる。防御のために開かれたジャトゥハンの右の掌にレドの拳がぶち当たり、甲高い音が上がる。両者ともに骨が砕けていないのが不思議なほどのものだ。よく鍛え混んでいるのだろう、二人とも。
投げの態勢に入ったかと思えば関節、組み合ったかと思えば打撃。目つぶし、金的にもまるで躊躇はない。
目まぐるしく立ち位置を変え、嵐のような攻防が繰り広げられる。
「それほどの力、確かめたいとは思わないのか、戦場で、或いはまだ見ぬ他の何かにぶつけることで」
ジャトゥハンは戦いを求めていた。暇を見つけてはアーサーに挑み、返り討ちに合う。それまで尾各地を巡り戦いに明け暮れていたが、アーサーに誘われた日から一層の自己の鍛錬と、アーサーや他のプロウェスの連中と戦うばかりの日々を過ごしてきた。
そうして彼は新たな刺激を求め続ける。
プロウェスの連中もストイックな者ばかりだが、その中でも最も熱心なジャトゥハンに、対等以上の勝負が出来るのはもはやアーサーだけだった。
「だから、フィーナの事を利用すると? 確証もないのに?」
「そこに可能性があるのなら」
ジャトゥハンの視線がレドの後方、セレスティアへと移る。セレスティアは油断なく、レドの背中とジャトゥハンを見つめていた。
「そっちの女は武芸者ではないな。察するところ、魔法師か。なんなら、二人相手でも構わないぜ。その間に、なんてせこい真似は俺がさせねえ」
「その必要はない」
レドの立ち位置が、ジャトゥハンとセレスティアを結ぶ直線状に移動して、ジャトゥハンの視線からセレスティア達を隠す。
「あいつらをお前と戦わせるわけにはいかない」
強い意志の籠ったレドの宣言を聞き、ジャトゥハンはにやりと笑いを濃くした。
「そうだ、それでいい。守るものがある方が強くなるというのはよくある話だ。強い相手と戦うためなら、たとえそれが邪道であろうと、俺は一切の躊躇はしねえ。‥‥‥そういえば、まだ名を聞いていなかったな」
「レド・ルディッシュ」
「そうか。レド・ルディッシュ、お前の墓標には強者として俺がしかと名を刻んでおいてやろう」
ジャトゥハンは腰と頭を落とし、右足を引くと、右の拳を振りかぶる。
レドにはその突撃を避けることは出来ない。おそらく、ジャトゥハンはセレスティアのところに辿り着く前に突進を止めるだろうが、確実にとは言い切れない。
「お前の相手しかいないと言ってるだろうが」
「信用しろと? 馬鹿言うんじゃねえ」
レドは重心を均等に立ち、真正面から受け止めるかのような態勢をとる。
「来いよ。そしてお前が負けたなら、大人しく捕まると誓え」
「当然、言われるまでもない。敗者は勝者に従うものだ」
地面が抉れているのではないか―—実際に地面は抉れていた―—とも思えるほどの踏み込みで、瞬き一つの間に、まさに人間砲弾とでもいうかの如き速さでレドの懐まで潜り込むと、その加速を持って硬く握り込まれた拳を突き出した。
「レドっ!」
セレスティアの声が響く。
(ここで私が目を逸らすわけにはいかないわ)
思わず目を閉じそうになるのを堪え、セレスティアはレドの背中を見つめていた。その手は硬く握り込まれている。
「えっ」
セレスティアは決して目を逸らしてはいない。
しかし、気付いたときには、遥か遠くの砂の上に倒れるジャトゥハンと、こちらを向いて大きく息を吐き出すレドの姿があった。
レドがジャトゥハンと向きっている頃、フィーザーはウェインと対峙していた。
「今日は邪魔も入らないでしょうから、思う存分にやりましょう」
ウェインはそう言うと、魔法陣を展開する。
「あなたは魔法師以外を信用していないのだと思っていました」
時間を稼ぐため、フィーザーはわずかに気になっていたことを口にする。
「別に信用はしていませんよ。今回の事は導師様からの指示でしたので。取りあえずは上手くやる様に、と」
フィーザーは目を細め、肩をすくめるウェインから目を逸らすと、ちらりと視線を背中のフィーナとフローラへと向ける。
(まだ何人もいるのか。やっぱり、こちらから乗り込まなければまずいのか?)
毎度、こんな風にかかって来られてはたまったものではない。いい加減に諦めて欲しかったのだが、おそらくその望みは薄いだろうということは分かっていた。
「あなた方にはその娘の価値がまるで理解できていない」
「価値とかそういう問題じゃない。フィーナだって一人の女の子だろう。彼女の人生をあなた達が勝手に左右して良いはずがない」
「‥‥‥あなたも魔法師ならば私たちの悲願が分かるだろうと思っていましたが」
ウェインはやれやれと頭を振り、赤い髪を掻き上げる。
「賛同できない魔法師に用はありません。私たち邪魔をするというのならば、今日こそは消えていただくことになります」
「彼女も魔法師だろう」
もはや言葉は不要とばかりにウェインが手を広げると、上空から巨大な足が降って来る。
フィーザーは飛びのいて躱したが、衝撃で砂が舞い上がる。
「フローラ! フィーナ!」
「こっちは大丈夫、お兄ちゃん」
フィーザーは半球形のフィールドを形成することで防いだが、離れているためフローラ達のところまではカバーできなかった。
その隙にと、フローラ達との距離を詰めようとするウェインの前方に、魔力で形成した斬撃を飛ばす。
「たとえどれ程立派な理由を並べても、それが彼女を犠牲にする理由にはならない」
一歩でウェインとの距離を詰めたフィーザーは、そのまま遠ざけるようにウェインを押し飛ばす。




