23話
学生が楽しみにする行事は、いつ、何処であろうとも変わらない。ヴィストラントの夏も本格的に暑くなり始め、試験を終え、結果を受けて生徒が一喜一憂するという恒例行事も済み、サンクトリア学院も夏季休暇を迎えていた。
試験の点数が悪かったり、出席日数が足りなかったりすると、補習という形で休暇中にも学院に通わなくてはならなくなるのだが、幸い、フィーザーにはそのような心配は無用だった。
「お兄ちゃん」
朝食を終えたフィーザーが部屋で夏季休暇に出された課題をこなしていると、扉がノックされ、フローラが入ってきた。後ろには今一事情を理解していない感じのしているフィーナが手を引かれてついてきている。
「夏休みと言えば海とプールだよね」
体育学部ほどではないにしろ、フィーザー達が通う魔法学部でも体育の授業は行われる。もちろん、夏には水泳の授業も盛り込まれていた。
フィーナがどうかは分からなかったが、フローラの運動神経は別に悪くない。友達とプールに行くくらいならば問題も起きないだろう。
「行ってきたらいいんじゃない?」
だから、フィーザーは特に反対することもなかった。
「それでお兄ちゃんの予定を聞いておこうと思って」
「えーっと、何で僕の予定が必要なの?」
さも当然であるかのように言われ、予想はしつつも尋ね返さないわけにはいかなかった。
「お兄ちゃんも来るからだよ?」
はたして、フローラの答えはフィーザーの予想通りだった。
フローラは、何故フィーザーがそんなことを聞くのか分からないといった様子で、予定を確認するかのように通信端末を弄っている。
「一応聞いておくけど、どうして僕が行く必要が? フローラも友達だけの方がいいんじゃないの?」
フローラは、全然分かってないねとため息をつき、ずいっとフィーナの肩を押しながら前に出た。
「虫除けだよ。それに、フィーナも行くんだから、お兄ちゃんも来た方がいいでしょ」
自分が行くことで虫除けになるのかどうかは分からなかったが、フィーナも一緒に行くのだという言は聞き流すわけにはいかなかった。
「フィーナも一緒って‥‥‥まあ、たしかにずっと家の中に隠れているってわけにもいかないしなあ」
先日も襲われたばかりであるフィーナを連れ出すのは危険だと考えていたが、いつまでも家の中に閉じ込めておくわけにはいかない。そんな風にフィーナの自由を制限してしまったら、フィーナを狙っている連中と大して変わらないように思えたからだ。
「じゃあ決まりね。じゃあ、早速友達に連絡しないと。フィーナの水着も買いに行かなきゃいけないし」
鼻歌まで歌い出しそうな雰囲気のフローラが端末に指を走らせる横で、フィーナが理解していない顔で首を傾げている。
「フローラ。その」
「まさか学校指定の水着で良いと思ってるの?」
図星だったらしく、フィーナは答えに窮する。
「え? えっと、その」
「ダメだよ。フィーナだってお兄ちゃんに可愛いところを見て貰いたいでしょう?」
フィーナとフローラの視線がフィーザーに集まる。
「フィーナなら何を着ても可愛いと思うけど、やっぱり、学院指定の奴じゃなくて、自分の気に入ったのを着なくちゃ」
「わ、分かりました」
「そういう訳で、今から水着を買いに行こう!」
フローラはフィーザーやフィーナが何か言う前にポンポンと予定を決めてしまい、特に予定もないんでしょ、と先回りされてしまったフィーザーも妹たちの買い物に付き合わされる羽目になった。
そんなわけでモールにやってきたフィーザーは居たたまれない思いをしていた。
自身の水着など適当に選んだためにすぐに済んでしまったが、問題はその後だった。
「もう、ここまで来ておいて今更何やってるの、お兄ちゃん」
妹の保護者、といえば聞こえはいいかもしれないが、やはり、男が女性の水着売り場に入っていくのには抵抗がある。
幸いなことに、女性客にも、女性の店員にも嫌な顔はされなかったが、何やら視線を集めていた。
「妹さんたちの付き添いですか? 大変可愛らしい方達ですね」
なぜか妹ではなく自分の方に話しかけてくる店員にフィーザーが困っていると、フローラがそれはいい笑顔で呼びかける声が聞こえる。
「お兄ちゃん。はやくして」
話しかけられてしまった手前、無下にするわけにもいかず、フィーザーは笑顔で店員に会釈すると、もはやどうにでもなれという気持ちで、店の奥の方へと進んでいった。
薄い花柄のセパレーツやピンクのビキニ、綺麗な海のような水色のワンピースを次々と試着するフローラ達に、一々感想をせがまれるのは困ったが、そのために来てもらったんじゃないと言われてしまえば、その場の雰囲気もあって、フィーザーに断れることではなかった。
「ど、どうですか」
「いいと思うよ」
水色でフリルのついたワンピースタイプの水着を着て、わずかに頬を染めたフィーナにそう返答する。
「お兄ちゃん。さっきから返答がそればっかりだよ」
「そう言われても‥‥‥」
「さっきから、『いいと思うぞ』としか言ってないじゃない」
フィーザーがたじろいでいると、近くからよく知った声が聞こえてきた。
「セレスティアさん達もいらしていたんですね」
フローラが試着室から身を乗り出して、挨拶をする。
「こんにちわ」
フィーザーは何とも言えない気まずさを覚えていたが、セレスティアはそんなことは気にしていないようだった。
「良くお似合いですね。ちょっぴりアダルトな魅力のある所が素敵です」
フローラはきらきらとした尊敬するような目でセレスティアの見事なプロポーションをほめちぎっていた。
「フィーザー、助かった」
「レド‥‥‥」
男同士、お互いの気持ちが何となく分かっていたフィーザーとレドは乾いた笑みを漏らした。
「フローラさんと、フィーナも水着を買いに?」
「ええ、そうなんです。そうだ、せっかくですから、プールもご一緒しませんか?」
あんまり注目を集めたくはなかったが、フローラ達が意気投合して話し始めてしまったため、フィーザーとレドは気付かれないように店を出ようとした。
「お兄ちゃん」
「レド」
しかし、ここで逃亡を許すようなフローラ達ではなかった。
「フィーナも一生懸命選んだんだからちゃんと、おざなりな言葉じゃなくて、褒めてあげないと」
結局、フローラのオーケーが貰えた頃には、お昼を大分回っていた。




