【8】裏:『保護者座談会』
「ポレッタは保護した当時、泣かない笑わない怒らない子供だった」
『黒の総帥』はコーヒー片手に、窓の外に視線をやった。日の光が差す中庭では、片手片足に義肢をつけた幼竜が残像になりながら走り回り、ついには背の高い植木を足場に宙を舞っていた。大変に喜んでいる。追いかける若竜が、慌てて落下地点に滑り込み、小さな体を受け止めた。
「ポ、ポレッタァァ! 加減を、加減を考えなさい!!」
「性能試験は耐久性限界を確かめるために壊れるまでするものでは?」
「どこ常識だ、それは! 人族か!?」
「……あれ、これ、職人気質島国の社畜族の常識でしたっけ?」
贈り主である聖白竜教皇は、幼仔が喜んでいるようでなにより、と目を細めた。
「生育環境の影響と考えますか」
「で、あろうな。喜怒哀楽も生への執着もない、息をするだけの物体だ。それは『ヒト』ではない」
断言し、コーヒーを啜った『黒の総帥』は、相変わらず領主館の豆は美味い、と口の端を歪めた。
「どうしたものかと思った。だが、菓子屋の店主が『すりおろし林檎を食べる速度。あれは好物を食べる時のリズムだ』と力説し、赤いのが『貴様が名をポレッタにすると言って、由来の花を指差した時、瞳に光が宿っていたぞ。全く感情がないわけではない。殻の内側で、微かに動くものは確かにある』と指摘した。ならば、」
小皿の上のクッキーを齧り、これも美味いな、と彼は指先を舐めた。
「ならば、感情を揺さぶるのが一番いいと考えた。そこに『ココロ』があると、あの子に気付かさせるべきだと」
「それで、どうしたのですか」
対面に座る聖白竜教皇へと『黒の総帥』は三つの指を立てて見せた。
「三大欲求を知っているな。『睡眠欲』『性欲』『食欲』―――ヒトの『ココロ』を動かす最も強い原動力は欲だ。そこで、幼子であることも考慮して、『食欲』を教え込むことにした。林檎が好きそうなのは分かっていたしな」
で、その結果が、と聖白竜教皇は、運動後のオヤツを若竜の膝の上で齧っている幼竜ポレッタを見やった。なんとも幸せそうな、満面の笑みを浮かべている。あれはマドレーヌだろうか。
領地特産のバターが好きだという彼女のために、若竜が領主館の蔵書室で料理本を借りて、料理長や他の使用人にも相談しながら、ああでもないこうでもないと議論しているのを見かけたことがある。開いている本を覗いた時に載っていた菓子があれだった気がする。
「大成功という訳ですか。やや食に執着しすぎている気もしますが」
「個体差の範疇だろう。……喜怒哀楽に関しては、な。……生への執着は、どうやら未だ無いらしい。此度の騒ぎが起きるまで、気付いてやれなかったが」
「……なるほど」
二人同時に口を付けたコーヒーは、『黒の総帥』が褒めるだけあって、香りも味も一級品だ。しかし、酷く苦い味がした。部屋に落ちた沈黙を破ったのは、赤髪の来訪者だった。
「なんだ、揃いも揃って辛気臭い顔だな。せっかくいい天気なんだし、お前達も走ってくればいいんじゃいか? 運動は大事だぞ」
「猫を被らなくていいのか? 気品あふれる憧れの『ヴィクトリアお姉さま』」
「ふん。客や大事な可愛い子ら相手ならともかく、貴様ら相手に今更取り繕っても仕方あるまい」
片隅にあった椅子を勝手に移動させた『赤の覇王』は、外が一番見える窓際に遠慮することなく腰掛けて、再び中庭を駆け回りはじめた幼竜を、緑の瞳を細めて満足気に眺めた。
「……気付いてないだけだ。あるいは、見ないふりをしているだけかもな」
「聞こえていたか。……何がだ?」
「『生への執着』ってやつさ。明日も生きていたいと思えるほど大事なものなんて、あの子はとっくに、両手いっぱいに持っている。なあ、聖白竜教皇」
なんだ、という顔をした聖白竜教皇に、『赤の覇王』は悪戯っぽく微笑んだ。
「『白銀のおじ様、優しくて大好きです』だそうだぞ。義肢をもらえたのが、嬉しかったそうだ。お礼を何にしようか悩んでいるらしい。リクエストがあるなら、さりげなく教えておいてやるぞ」
銀色の瞳を丸めた彼の横、ジンジャークッキーを齧る『黒の総帥』を指差し、彼女は続ける。
「『お名前をくれたお兄さんにお礼がしたいです』が、あの子が最初に願ったことだ。年長者を敬う『聖紅花祭り』で、ポレッタの初めての手作りイチゴジャムを貰ったのは、貴様だろう。知ってるんだぞ。なにしろ、この私が作るのを手伝ったんだからな」
だから、大丈夫さ、と『赤の覇王』は、青空の下、色の違う四肢で大地を蹴り、木によじ登り、空へと跳ねる幼竜を見つめた。悲鳴を上げた若竜が、今度も空中キャッチするために、芝生をスライディングしている。
「あの子が明日を望む理由は、少なくともここに、私以外に三人もいる。他にも大勢のヒトがあの子を大事にしていて、それをあの子も分かっている。後は、あの子が憂うことなく、明日を信じられるようにしてやるのが、大人の仕事ってやつだろう」
さて、と彼女は室内に座る男たちと、机の上に重ねられた書類の山を見やった。
「研究所跡地の探索と、施設自体を作り、証拠隠滅に研究者もろとも爆破までした愚か者ども、あと、『アレ』に関して分かったことを教えてくれ。情報共有といこう」
マグカップを置いた『黒の総帥』が、分厚い書類束から、付箋のついた幾つかを引っ張り出した。
「……大陸統括機関にいる元部下から、いくつか有益な情報が上がってきている。
……研究所があった場所は人族領有地と妖精族領有地の緩衝地帯で、本来、特定団体が占有する建築物の建造は禁止されていた。物資を運び、建築に関係したものがいるはずと考え、いくつかの業者を特定したのだが、関係者全員が、なんと既に死亡していた。―――つまり、当たりだ。
他にも、研究所を起点に探したところ、不法な人身売買や物資輸送を行った組織を見つけた。が、こちらも、例の爆破の後で関係者が死んでいる。
さて、これだけの数の関係者を殺したものどもは、今、どうしているのだろうな。こちらは生きているのか。死んでいるとしても、更にその次、彼らを殺したものたちはどうだ? これを、生きているものに突き当たるまで追跡調査させている」
『黒の総帥』の話を聞きながら巻紙を漁っていた聖白竜教皇は、緑竜長老の花押がある一枚を取り出した。
「西の大陸では、つい最近、『竜人族を名乗る少女』が発見されている。希少種管理機関の西支部が保護したと連絡が入った。が、どうにもきな臭い。西にいる緑の長老との面会は拒否したというのに、同族と番いたいと言い出している。年の頃は十歳前後。ちょうど同じ年回りである、黒の一族で生まれたばかりの嬰竜と一度会いたい、だから皇国まで黒の御仔を連れてこいと要求しているらしい」
「ほほう。それはそれは」
『赤の覇王』は楽し気に笑った。形の揃った白い歯が、日の光を反射してキラキラと光る。
「なかなかに、楽しめそうだ」
「が、がんばれー!」
フルスクリーン型貝鏡の前で、二枚の団扇、それぞれ『生きてて偉い!』と『目指せ長生き!』と書かれたものを振る海月女神に、なんぞそれ、と問うた海底冥王は、神様人生で初めて【応援団扇】という概念を知った。




