【7】受付令嬢と過保護な保護者たち
「ポレッタ。朝だぞ」
翼覆役のジャンが柔らかく呼ぶ声に、はーい、と寝起幼竜は寝床から這い出る。
―――今日の朝ご飯は何かな♪ 領主館のベーコンは献上品だから脂肪まで美味しいし♪ 焼いたトマトと目玉焼きも火加減が絶品♪
今日は商会の出勤日だ。フカフカの上掛けからニュッと突き出した前足は二本。片方は白色の鱗に覆われていて、もう片方は魔鉱鋼色の義手であった。
以前のポレッタは、竜体での移動が困難だった。片腕と片足がなく、這いずって動こうにも羽がないせいかバランスが取れなかったのだ。
だから、人化して暮らしていた、あと、人族のご飯大好きだから、ナイフとフォークが使えて、手づかみができる体は便利、などと診察中で竜化したままピャクルルゥと竜鳴で一生懸命に説明したポレッタを、若竜と聖竜はなぜか二人で抱きしめて来た。突然持ち上げられてびっくり幼竜は、前後から大人竜に包まれて、なんぞこの状況、と固まった。
の、一か月後に、聖白竜教皇に呼ばれて贈られたのが、この義手と義足であった。
おっかなびっくり四足歩行を久しぶりにする幼竜を、若竜と聖白竜教皇がハラハラと見守る。しばらく室内を歩き回って、うん、とポレッタは頷いた。純粋に嬉しかった。また自分の足で歩ける日がくるとは思っていなかった幼竜は、キラキラとした眼差しで大人竜たちを見上げた。
「ありがとうございます」
「成長にあわせて交換していくからね」
「ほら、歩行訓練は明日からだ。今日は駆動魔術陣を体内魔力に馴染ませるだけにしておきなさい」
人族変化時には一緒に変質するので装着したままで問題ないという説明を若竜の膝の上で聞きながら、幼竜は前足の鉤爪をグーパーした。随分と鋭利に感じる。
「それは護身用だから、魔力強化システムで戦闘モードにしたら、普通に人の首くらいは跳ね飛ばせるよ。怪我をしないようにね」
「えっ」
「ちなみに、その腕は最終手段で敵に向かって飛ばして爆破できる」
「えっ」
義手かと思ったらロケットパンチを贈られたでござる、とやっぱり返品しようか悩んだ幼竜であった。
***
朝食は焼きたてのクロワッサンが出た。特産のバターを贅沢に使った嗜好品だ。ホカホカふわふわザクザクでバターの良い香りがする黄金色の物体を前に一般庶民受付嬢は慄いた。
「あ、朝からこんなご馳走食べていいんですか?」
「前に食べて美味しかったと言っていただろう。いっぱい食べてお仕事頑張っておいで」
隣に座った若竜が、新聞を片手に微笑んで、今日は何時に帰ってくるんだ? と尋ねた。
「多分、定時で帰って来られます」
ちょっと揉めたが、ポレッタはほぼこれまで通りの生活をすることが認められた。領主館に住まいが変わったり、緊急連絡用の魔術具を身に着けさせられたり、色々と変更点はあるが、ほぼ、日常が戻ってきていた。
「気を付けていってらっしゃい」
玄関先まで見送られたポレッタは、ポテポテと早朝の領都を商会まで出勤する。受付嬢の制服に隠されたその首には、銀鎖のペンダントが揺れていた。
紫紺色のそれには、通信機能以外に、現在地発信、身体状態管理、危険察知時防御魔術自動発出などの機能がメガ盛だった。なお、本竜はそれを知らない。聞かれなかったから教えなかった、と翼下幼竜ポレッタに似てきた彼女の翼覆役ジャンは、グゥルルゥと本当は仕事について行きたいのを牙を噛み締めて我慢していた。
***
赤髪の女性がカウンターベルを鳴らすのに、離席して預り金の清算をしていた受付嬢ポレッタは振り返り、パアッと顔を輝かせた。大急ぎで数え終わった現金を手提げ金庫に入れ、担当者に手渡した彼女は、担当カウンターに駆け寄った。
「ヴィクトリアさん!」
来店の度に異なる衣装を身に纏っているヴィクトリアの本日のドレスは、黒のベルベット地のロングドレスで、丈こそ踝まであったが、その肩紐は指一本分の細さであった。
「ごきげんよう、ポレッタ。その後、体調はいかが?」
「はいっ、もう大丈夫です!」
大胆なデザインのドレスは、ヴィクトリアの真珠のように白く輝く肌を胸元まで晒し、その胸元にもまた深く切れ目が入っていた。豊満な山形の曲線と、罪深いまでに見事な谷間が惜しげもなく見せつけられている。下半身は露出こそスリット部分だけだが、体のラインにぴったりと沿っており、ヴィクトリアのスタイルの良さを強調していた。
「そう。領主館での生活はどう? お仕事の関係でしばらく部屋を貸して頂くそうだけど、困ったことはない?」
「皆さん親切で、今朝の朝食も美味しかったです!」
「そう。よかったわ」
通常であれば下品にも見えるドレスのはずなのに、彼女の優雅な身のこなしと滲み出る気品が、近寄りがたいまでの歩く芸術品にヴィクトリアを仕立て上げていた。赤髪の美女は目を奪われる妖艶さを醸し出し、室内にいる老若男女の視線を釘付けにしている。
周囲の視線を一身に集めている美の化身は、それを全く気にした様子もなく、新米受付嬢ポレッタに微笑みかけた。
「貴方が元気になって、とても嬉しいわ。なにか困ったことがあったら何時でも相談なさいね」
商会の常連である高級酒場のママは、受付カウンターに両肘をついてしなだれかかり、自身が後見人を務めている受付嬢ポレッタを上目遣いに見上げた。奥深い森のように神秘的な緑瞳が、髪と同色の長い睫毛に縁どられている。高級ビスクドールのように完璧な造形の相貌は、今日も神々しいほどの『美』であった。
「さて。では受付嬢さん、うちの担当を呼んでもらえるかしら」
「はい! ……本日はようこそいらっしゃいました。お客様の求める最上を、この世にあります限りお手元に。ラバン商会は常にお客様と共に極上の食を追求致します。では、担当を呼んで参りますので、あちらの商談スペースのお好きな席でお待ち下さい」
口上も上手になったわね、と艶然と微笑んだ美女は、長い腕を伸ばしてポレッタの頭を優しく撫で、もたれかかっていたカウンターから身を起こした。今度はポレッタが彼女を見上げる番だった。
「じゃあ、いつもの席で待っているわね」
「はい。すぐに呼んで参ります」
二メートルを超える長身の美女が、長く形の良い脚をドレスのスリットから覗かせ、優雅に歩いていく。その姿勢の良い後姿をしばし見送り、ポレッタはバックヤードへと急いだ。
ちなみに、かつて『赤の覇王』と呼ばれたヴィクトリアのドレスは全て、彼女のスラム時代からの腐れ縁によって贈られたものである。ストリートチルドレンたちの頭脳役だった彼を奪還すべく、『力こそ正義』を極めた末の、覇王誕生であった。
ヴィクトリア様は妖精族と人族のハーフです☆彡




