【6】老舗洋菓子店店主と受付嬢
「ポレッタちゃん。なんか大変だったんだって? ……よかった。元気そうだね。領主館にいるって聞いて、一体に何に巻き込まれたのかと心配してたんだ。なんか、見たこともない、すっごく大きい竜が空から街の外れに降りてきて、すぐに領主館から馬に乗った領主さまと騎士様方が駆けて行ったって話で、それからずっと領主さまのとこの方々が殺気立ってると思ったら、ポレッタちゃんが領主館で療養してるって聞いて、うちの奥さん真っ青になって、僕も腰を抜かしたよ。……仕事中にトラブルがあったんだってね。領主さまのご依頼中だったから、ご厚意で念のために様子見してるって聞いたよ。元気そうで本当によかった。あ、これお見舞いの品物だよ。ポレッタちゃんの好きな林檎でアップルパイを作ったんだ。あ、食事制限とか……ない? よかったー。ポレッタちゃんのお見舞いが解禁されたって聞いて、ポレッタちゃんて言ったら林檎でしょってうちの奥さんが地下倉庫に走ってって、とっておきの貯蔵品を出してきたんだ。……また、元気になったら顔を見せにおいで。ポレッタちゃんが食べてくれないと、試作品の作り甲斐がないからね」
話が長いことで有名な老舗洋菓子店店主を見送り、ご機嫌受付嬢はルンルンと病室に戻った。ちなみに、怒涛の喋りに一度も言葉を発する機会は無く、全て首を縦か横に振り、笑顔と会釈のみで面会は終わった。
いつものことなので、両者ともにそのことを全く気にせず解散した店主と受付嬢に、背後でずっと見守っていた他族種イケメン竜人がドン引きしていた。
「人族間コミュニケーションって竜人族と大分違うんだな……。『対話』による相互理解も大事なんだぞ、我が翼下の小さき同胞」
「相手によりけりでーす。アップルパイ♪ 紅玉の♪ 食事制限解除万歳♪ ナイフとフォークが握れる人化最高~」
「……オヤツの後でいいから、ちょっと竜人族の常識講義をしような」
***
見舞いの紅玉林檎のアップルパイを嬉しそうに切り分ける喜色満面幼竜に、パイを加熱魔術で温め直してやった相伴イケメン竜人が皿を差し出す。
「ポレッタは知り合いが多いんだな。商会で受付をしているからか?」
同族であることがバレた後、イケメン竜人族はポレッタの名を呼ぶようになった。
彼が言うには、ポレッタの年齢は竜人族としては赤子も同然らしく、本来はまだ親竜とその同色血統竜の群れ全体に守られている立場だそうだ。そして、ポレッタは親どころか色種族も不明なため、親竜とは別に選ばれる幼体竜の守り役『翼覆役』に、イケメン竜人族がなると言い出した。
ちなみに、お断りしようとはした。したのだが、
『どうせ、あと十年くらいで死ぬんですし、そんなに過保護にして頂かなくとも、』
の、時点で号泣された。
まだ人化できるほど回復しておらず、若竜の膝に抱き上げられていた幼竜ポレッタは、頭上にボタボタと落ちてきた温い塩水に顔を上げて絶句した。
見上げた先に見えた、水の膜で覆われた紫紺の瞳、歪んだ口元、ポレッタが膝から落ちないように優しく添えられているが小さく震える両の手、服越しに聞こえる心配になるほど早鐘を打つ心臓の音。それら全てがポレッタのせいで、ポレッタのためであると、前世の記憶が告げていた。
だから、続きを告げるのは諦めた。
『……宜しくお願いします。お兄さん』
『……う、む。……案内の時に名乗っただろう。ジャンでいい』
『……ジャン、さん? ジャンさま? ……ジャンお兄さま?』
『正式な作法に則って呼ぶなら【我を覆う守りの翼を持ちし輝く紫鱗の誇り高き我が同族ジャン雄竜兄】だな。だが、格式ある場でもなければ、今ではこんな長ったらしい呼び方をする竜はいない。ポレッタは、人間暮らしが長いのだろう? 人族語だと……『ジャンさん』が一番違和感が無い』
『翼覆役』にとって『翼下幼竜』は我が子も同然らしい。目の縁を赤くして、フワリと微笑んだ『ジャンさん』は、この日から『ポレッタ』と優しく幼竜の名を呼ぶようになった―――基本的には。ポレッタが何かをやらかさない限りは。
***
ありがとうございます、ジャンさん、と過保護イケメン竜人に慣れつつある適応幼竜ポレッタは、差し出されたアップルパイの乗った皿を受け取った。
「確かに仕事柄、知り合いが多い方ではあります。でも、ポールおじさんは違いますよ」
凄腕パティシエ☆ポールおじさんは、今日もシゴデキだった。抜かりなく渡された保冷魔術缶入りのバニラアイスクリームをホカホカアップルパイの横に添えて、満面の笑みで腹ペコ幼竜はフォークを持ち上げた。
「私が湖に身投げした時にその場にいて、助けられた後に腹が鳴ったら、消化に良いすりおろし林檎を食べさせてくださった方です」
絶句するイケメン竜人に気付かず、林檎大好き幼竜は、頬張ったアップルパイとバニラアイスの絶妙なハーモニーに身を震わせる。
「そういえば、アレが生まれて初めて食べた、エサ以外の味でした。それまで、含有水分量以外に変化がない給餌用の配合食しか食べたことがありませんでしたから」
「待て……ちょっと待ってくれ」
この後、違法実験施設での食事事情を翼覆役ジャンに説明させられた翼下幼竜ポレッタは、『対話』による相互理解の結果、若竜に二度目の大号泣をさせ、コミュニケーションって難しいよな、と手巾を保護者竜に差し出した。
―――悲しませたくないから、黙ってたんだけどな。
前世の記憶があっても、ヒトの心がまだ未成熟な幼竜であった。
後日、『翼覆役』は黒を除いた全色種竜族から申し出があるけど、よかったら追加する? とポレッタは聖白竜教皇に尋ねられた。ラーメンの替え玉ぐらいの気軽さだった。遠慮した。




