第7話 花嫁まであと一日!~花じゃない私の本当~
あれから太一は、数日の間は屋敷の奥に軟禁されることになった。
太一には悪いけど、やっぱりあんな暴走する人間を野放しにするのはこっちの身が危ないし。
村としてもこのタイミングで花嫁がいなくなるのは困るようで、軟禁というより監禁ではという状態になっている。あれは座敷牢な気がするんだけど、軟禁なんだろうか……
私のほうはと言うと、あまり変化がない。
というか、林のおばさんが「可哀そう!」「あの子がどれだけ傷ついたかわかるか?」「男性恐怖症になる!」と叫びまわってくれたらしく、村の男性陣が視界に入らないように遠くにいる。一日前にして突然監視の目が緩んだ。
だからって逃げ出せるかっていうと無理なんだけど。
さて、村長の孫が調べた上で助かる方法がなさそうだけど、まだあきらめはつかなくて。
この状況で何をしようか悩んだけど、気になるのはやっぱり昨日太一が話てたこと。
私の前の花嫁、池本のおばあちゃんの孫のこと。
なので、とりあえず池本のおばあちゃんに会いに行こうかな。
おばあちゃん元気だから、坂上の奥さんみたいに家に行ってもいないかもだけど、行くだけ行ってみよう。
『池本』も昔からこの村にある家だから、苗字の通りに村のはずれの池のほとりにある。
「まあまあ、花ちゃん! 大丈夫なの?」
「あ、林のおばさん」
挨拶をするより先に、林のおばさんがすごい勢いで肩をつかんできた。心配してくれてることはわかるけど、ちょっと落ち着いてほしい。当事者よりも林のおばさんのほうがショックで昨日の出来事を引きずってるらしい。まあ、私もショックはショックだけど、太一の気持ちもわからないでもないし。だからって太一はやりすぎだけど。
「今日は外に出ないほうが……ああでもあんなことのあった場所に閉じこもってるのも嫌よね? そうよねおばさんったらそんなこともわかんないで」
「えっと、林のおばさん、ちょっと落ち着いて……」
勢いがすごい。
村の神様なんて変な宗教にはまってるけど、基本的には親切な近所のおばさんなんだよなあ。この宗教が致命的だけど。
「昨日はありがとう。もう大丈夫とは言えないけど、昨日よりショックは落ち着いてるから安心して?」
いつもの美少女モードで返すと、林のおばさんは少し落ち着いてくれたけど、相変わらず心配そうにこちらの顔を見つめていた。
「花ちゃんは、今日はどこまでお散歩に行くの?」
「え? えっと、池本のおばあちゃんのとこまで」
思わず素で返してしまったけど、よかったかな? なんで池本のおばあちゃんに? って怪しまれないかな。言ってからちょっと後悔。
「じゃあ、池本さんの家まで送ってあげるわ」
でも、林のおばさんは私のことを怪しむこともなく、私の心配をしてくれているだけだった。
状況的に仕方ないとはいえ、人の優しさを素直に受け取れないの、よくないなあ。
池本のおばあちゃんの家に行く道中、林のおばさんはずっと私のことを心配してくれていた。
そういえば、林のおばさんって八歳になる娘の千春ちゃんがいるんだよな。だから余計に気にかけてくれてるのかも。私が花嫁だからとか、そういう考えがゼロではないと思うけど、それよりも純粋に年頃の女の子が傷ついてることを気にしてくれてる感じがする。
私、明日死ぬのにね。
「じゃあ、おばさん用事があるからここで帰るけど……帰りは一人で大丈夫?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
池本のおばあちゃんの家に着くと、林のおばさんは後ろ髪ひかれながら去っていった。たぶん、明日の神事の準備とかもあるんだろうな。
なんとなく、やっぱり村の人なんだなと思ってしまった。
「ま、いいや。池本のおばあちゃん、いますかー?」
今考える必要のないことを頭から追い出して、池本さんの家の玄関を開ける。
池本のおばあちゃんは確か、旦那さんが何年か前に亡くなっていて、娘が二人いたけど妹は松下さんのとこに嫁入り、姉が村を出て行ってしまったから、今は一人暮らしのはず。
「はいはい……おや花ちゃん、こんなところまでどうしたのかい?」
奥の部屋から出てきた池本のおばあちゃんが嬉しそうに目を細めて「せっかくだからおあがりなさいな」と言って、居間に案内してくれた。案の定、激熱ほうじ茶を出された。真夏に激熱やめようよ。
「今日は、聞きたいことがあって……」
この前から、なんかわかんないけど池本のおばあちゃんに対して美少女モードが発動しない。ちょっと不便。
飲めない激熱ほうじ茶の湯飲みを両手で包みながら、言葉を探す。
「太一から聞いたんだけど、私、十年前の花嫁に……おばあちゃんの孫に似てるの?」
聞くと池本のおばあちゃんが目を見開いて驚いて、それからまじまじと私の顔をなめるように見回した。
居心地悪い。
「そう、ね。雪に……孫に少し重なるのよね、最近の花ちゃんは」
「お孫さんを、花嫁にするために連れてきたの?」
美少女モードだったらもう少し言葉を選んだはずなのに。今の私はうまく言葉を選べない。こまるなー。
でも、池本のおばあちゃんは気を悪くした様子もなく、小さく首を横に振った。
「いいえ、いいえ、そんなこと、絶対にしませんよお」
はっきりと否定する。
「あの子は母親と、私の娘とけんかをしたみたいでねえ。突然やってきたのよお。それまで会ったこともなかったのに、夏休みの間だけって言ってねえ」
「よりにもよって、花嫁が決まってなかったこの村に」
「何も知らないあの子は、初めて会った私をねえ、ばあちゃんって呼んで笑っていたねえ」
「初めての田舎で、あの子はくるくる変わる表情で、楽しそうに過ごしていたのに」
「一週間前、突然花嫁になることを告げられて、そのまま蔵に閉じ込められて」
「立派にお役目を果たして、ねえ」
池本のおばあちゃんは遠い昔を見つめるように、私の後ろにいる誰かを見ていた。
そこには孫を殺したことを後悔する色があるけど、それ以上に「花嫁を無事に捧げられてよかった」という気持ちが強く見えた。
所詮この人も村の神様に傾倒している人なんだ。
血のつながりよりも、神様を選ぶ人なんだ。
「……最後、お孫さんはどんな顔をしてましたか?」
「ええ、ええ、覚えてますよお」
蔵に連れていかれるとき、怒りと、悲しみと、絶望と、いろんな感情が混ざった瞳で。祖母に対して強く強くぶつけた感情。
「「絶対に許さない」」
声が重なる。
池本のおばあちゃんと、私の声が。
驚くおばあちゃんの顔を、私は満足げな笑みを浮かべて眺めていた。
ああ、いいね。何かに気づいて青ざめていくその顔。
「ばあちゃん、平然と暮らしてるから気づかなかったのかと思ったわー。よかったー伝わっててー」
唇がわなわなと震えている。歯がカチカチと音を立てる。
うんうん、理想の反応だねえ。
「……花、ちゃん……?」
でも、その呼び方は減点。
現実ちゃんと見ようね?
私はとびきりの笑顔を浮かべて答える。
「わかってるでしょ? 私、雪だよ? 十年前に死んだ、ばあちゃんの孫の雪」
ずっとわからなかった私の正体。それのヒントは昔から村にあった『花嫁はいつも一週間くらい前から様子が変わる』という話。
原理は知らない。ただ、一週間前に先代の花嫁の意識が、今代の花嫁の意識を乗っ取るから、『いつも一週間くらい前から様子が変わる』と認識された。
だから今代の『花』の意識を、一週間前に『雪』が乗っ取った。
今日まで記憶がなかったのはそういう仕様なのか、私が特殊なのかはよくわからないけど。まあ、どうでもいっか。
脅えるばあちゃんの顔が見れたから、割と満足だし。
恨みってすごいなあ。あれだけ思い出せなかったのに、話を聞いてたら恨みとともに全部思い出したわー。
「雪……ほんとに、雪? どうして……?」
「だーかーらー、『絶対に許さない』って伝えたでしょ?」
それを果たしに来たんだよ? ってわけでもないけど。
まあ、そういうシステムなのよ。
ばあちゃんにそこまで教えてあげないけど。
「何されるか、楽しみに待っててね?」
立ち上がってにっこり笑顔を浮かべると、ばあちゃんが壊れたように「あああああ」と叫びながらうずくまってしまった。
玄関を出ると、すぐに坂上の奥さんと目が合った。
もう元気になって、また無茶をさせられてる。かわいそうに。
「花ちゃん? 今、池本さんの悲鳴みたいなのが聞こえたんだけど、一体……?」
あー、あの叫び声聞こえちゃったのか。まあ、そうだよなあ。
「詳しくはわからないんですが、今の私が十年前花嫁になったお孫さんに似てるらしくて、なんか錯乱しちゃったみたいです」
嘘は一応言ってない。
ただ、大事なことは言ってないから、村の人たちは「池本のおばあちゃんがおかしくなった」としか思わないだろう。これで、ばあちゃんが何を言っても信じてもらえないだろう。別に長期間である必要なんてない。明日までで十分。
「そう……じゃあ、そっとしておいてあげるようほかの人にも伝えておくわね」
池本家を眺めながら、坂上の奥さんが悲しそうな顔をする。
村の人からぞんざいに扱われているのに、村の人に優しいの、だいぶ損な性格だよなあ。
「坂上の奥さん、もう一つお願いがあるんだけどいい?」
ちらっと周りを見てみるけど、この池のまわりは木もないから人が隠れている様子もない。
「明日、村の人がみんな『神様』のところに集まるから、逆に一人二人姿が見えなくてもバレないはずなんだけど」
坂上の奥さんの肩がびくりと跳ねる。それから慌てて周りを見回していた。
こんな後ろ暗いことをさせて申し訳ないなあとは思うけど、本人のためでもあるからちょっと許してほしい。
「その隙に、隣の村まで逃げてほしいの」
「……花ちゃんは?」
一人二人いなくてもバレないって言っても、主役の花嫁がいなかったらバレるに決まってるじゃん、ねえ?
困惑する奥さんに、思わず苦笑いをしてしまう。
「私は無理だよ。でも、その代わり、出来たら太一を屋敷から出してあげてほしいな」
屋敷も空になるし、あの座敷牢もどき、中から開かないだけで、外からは簡単に開くから。
暴走しがちだけど、まあ、私のこと助けようと頑張ってくれたし。
へへっと笑って「私からの最後のお願いだから、よかったら叶えてね?」と言い残して、私は一人蔵に帰る。
ずるい言い方な自覚はあるけど、この二人はちょっと放っておけないから。できればこんな村を出て幸せになってほしい。
んで。私は、明日どうするか考えなきゃな。




