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生贄まであと一週間  作者: 猫宮さかな


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8/8

第8話 花嫁当日!~花嫁?お断りです!~

 淡い色の綺麗な着物。動くたびしゃらしゃらと音が鳴る髪飾り。

 見た目はただ綺麗に飾り立てられた花嫁。実際は重くて動きづらくて、簡単に逃げられないように作られている衣装。

 そんな悪意の塊で包まれて、大きな神輿に乗せられて、神様のいる洞窟へと連れていかれる。

 太鼓をたたき、笛を吹き、お囃子を奏でる。

 そんな人たちが神輿の周りで騒ぎながら、鳥居をくぐる。

 神様の道の真ん中を、花嫁の私が通る。

 村人がみんな鳥居より中に集まり、一部の年寄達が洞窟の奥、神様の大穴のそばまで集まっている。


「今年の花嫁は、いつにも増して美しい」

「反抗も、逃げるそぶりも見せなかった」

「花嫁としての心構えがよくできている」

「神様もお喜びになるだろう」


 大体そんな感じの話を、年寄達が酒を交わしながら語っていた。

 隅のほうで縮こまってるばあちゃんが「雪……雪……」とずっと呟いている。それを気にする人は誰もいない。

 そんな様子を、大穴の前で静かに眺める私。

 始まってからどれくらい時間が経ったかなあ。そろそろ坂上の奥さんも太一も逃げたかなあ。一応、酒を運ぶ人の中に坂上の奥さんの姿はない。たぶん、いたらやらされてるはずだから、逃げたはず。


 だったら、もういっかな。


 ぱんっ


 私が大きく一つ柏手を打つと、場がしんと静まり返った。

 当然だろう、花嫁が突然予定にないことを勝手にするのだから。何事かという目で全員がこちらを見る。

 ただ、ばあちゃんだけがおびえた目で「ゆき、ゆき……」とぼやき続けている。

 私は座ったまま、完璧な笑みを浮かべる。どこかのお嬢様のような、お姫様のような柔らかい笑み。


「皆さんは、この穴の中にいる神様について、何をご存じですか?」


 洞窟の中、声がやけによく響く。

 多くの人が困惑する中、村長とお千代さんだけはいつもどおりだった。

「今更何を言うのかと思えば。いつだったか話しただろう。この村を守ってくれる神様だと」

 杯をあおり、くだらないと一笑に付す。

 その隣でお千代さんはいつもの笑みを浮かべ、村長の杯に酒を注ぐ。

 村人たちも「そうだ」「そうだ」と宴に戻ろうとするけれど、こっちはそんなつもり全くないのよ。


「貴方たちの昔話では、姫は村を救うため自らこの大穴に身を捧げた……だったでしょうか?」

 背後に広がる大穴を一瞥し、ゆっくりと村人たちの顔を見回す。

 何が起きているのかわからないなりに皆小さく頷いている。

「事実は違います」

「戯言を。くだらん」

 村長は動じない。構わない。村人が賛同する。うるさい。


「あのときも、貴方たちは何も知らない私を殺しましたね」


 ざわめきが消える。

 私の言葉の意味を、誰も理解できない。

 気にせず杯を傾ける村長。その様子と、花嫁の顔を見比べる村人。

 さあ、事実を教えてあげましょう。


「姫が忠臣を伴い村に逃げ込んだところまでは事実です」

 村人は困惑する。

「ですが、二人をかくまっていた村人達は、不安に駆られたのです」

 どうして花嫁がこんな話をするのか。

「このままでは自分たちまで逆賊として殺されるのでは」

 自分たちの知らない話を知っているのか。

「そこからは早かったですね」

 村の真実を、

「二人を殺してその死体をこの大穴に捨てたのです」

 なぜおまえが知っているのか。


 がしゃんっ


 と、杯をたたき割る音が響いた。

「何故貴様の作り話を肴にせねばならん。黙れ」

 村長が目に怒りを燃やしている。ようやく釣れた。


「その直後に謎の疫病が流行り、二人の呪いだと判断したのですね」

「黙れ」

「そうして大穴に生贄を落とした」

「小娘が」

「疫病が収まった十年後には山火事が、その十年後には洪水が」

「聞け」

「そのたびに生贄を捧げるようになりましたね」


「いい加減にせい!」


 村長が立ち上がり、花嫁に近づく。

「先ほども言ったでしょう? 『あの時も”私”を殺しましたね』と」

 村長の歩みとともに、村人の動きがぴたりと止まる。

 花嫁以外、私以外、誰も動かない。

 姫のような完璧な笑みを浮かべる花嫁以外、誰も動かない。


「誰かが私のことを『姫の生まれ変わり』と噂したそうですね」

 ええ、その通りですよ。生まれ変わりとは厳密には違いますが。


「……貴様、何者だ」

 村長が鋭い視線でこちらを見据える。

 私はそれに笑顔で答える。

「花であり、雪であり、姫であり、原田瑞樹であり、大杉さくらであり、竹田唯であり……やめましょう、名前をすべて挙げたら終わりませんね」

 こほんと小さく咳ばらいをし、改めて私の自己紹介をする。

「この村で殺された花嫁、すべての恨みが形になった何かです。今は『最初の花嫁』の人格が主として出ておりますが」

 かれこれ五十人ほど、五百年かけて積み重なった恨み。これだけ続けば形にだってなるでしょう?


 大穴の前で宴を行っていた村人たちは動けない。

 ただ困惑して村長を見つめる。

 その目が言う。

――話が違う。

 村のために自ら死んだ姫が、どうして我々を恨むのか。

 村のためと言って散々無関係な少女たちを殺してきたくせに、彼らは身に覚えがないと言う。

 んなわけねえだろが。


「恨みがあるから何だと言うのか」

 村人たちの視線をすべて無視し、ただまっすぐ花嫁だけを睨みつける。

「貴様がこの村を呪ったのも、生贄を捧げたら収まったのも事実。我々にそう行動させた、貴様のほうが悪に決まっておるわ」

 姫として、神として、崇め奉った相手に対する態度ではないけれど。

 村長として、村に災いを運ぶ者に対する態度としては正解かもしれない。

「ふふ、貴方も同じことを言うんですね」

 口元を着物の袖で隠しながら、声を出して笑う。

 あの時と同じことを言うなんて、血は争えませんね。

「私を、姫を殺したあと、私の臣下を殺す前にも、貴方たちは言いましたね。『お前たちが悪い』と」

 そうね、追手から逃げてきた私たちが悪かったかもしれない。

 村で匿ってもらおうなんて思ったこと、村の負担になったこと、そこは謝罪してもいい。

「でも、誰だって知ってるでしょ? 人を殺すのは悪だって」

 私たちも悪かったけど、貴方たちはそれ以上に悪いのよ。子供だってわかるわ、そんなこと。


「あああああああ雪っ雪ぃぃぃぃ! 許して! 謝るから! 私だって孫を殺したくなんてなかったのよお!」

 耐えられなくなったばあちゃんがついに叫びだした。

 謝ると言いながら、責任転嫁する叫び。

 それを皮切りに、村人たちが叫びだす。

「私は何も知らない! 神様に花嫁を捧げるのだって、みんなが勝手にやってたのよ!」

「ざけんな! お前だって喜んで準備してたじゃねえか!」

「だからもうこんなことやめようって言ったじゃないか!」

「違うだろ! 止めようとした田辺を殴り殺したのはお前だろ!」

 皆口々に騒ぎ立てる。

 それを止めようと村長が「お前ら黙らんか!」と声を上げると、皆一斉に口をつぐんだ。

 それから村長のほうを見て一言呟いた。


「「「全部、村長が悪いんだ」」」


 そこからは早かった。

 背筋に感じた悪寒に従い逃げ出そうとする村長。取り囲む村人。止めようとするお千代さん。殴り倒す村人。囲まれる村長。何かを必死に叫ぶ村長。村長にすがるお千代さん。突き飛ばす村人。穴に落ちるお千代さん。青い顔でそれを見る村長。村長に押し寄せる村人。

「やめろ、やめ、やめてく」

 懇願する声も意味はなく、村人に押されるまま村長は神様のもとに一直線に落ちていった。

 そこに神様なんていないけどね。

 安堵の声を漏らす村人たち。

 一部始終をただ黙って眺める私。

 責任をすべて村長一人に押し付けて、めでたしめでたしと思っている村人たち。かわいそうに。

「一人殺したくらいで、私たちの恨みが晴れると思っていますか?」

 思っていたんでしょうね? 甘い考え。

 村人の顔から血の気が引いていく。

「でも、もう、村長いないから」

「私たち、二度と花嫁なんて」

「生贄なんて捧げないから」

「だから」

 反省してると言い張れば、人を殺しても許される?

 そんなわけないよね?


 私の中の五十人の少女がにっこりを微笑む。


「こんな村、滅ぶ以外の選択あるわけないでしょ?」


 柏手を一つ。

 乾いた音と同時に、響く轟音。

「全員ちゃんと殺してあげるから、安心してね?」

 この前、一晩中大雨だったでしょ?

 だから地盤が緩んでるの。あとは簡単。

 山に囲まれたこの村なんて、土砂崩れが起きればすぐ潰れる。

 村人の叫びと、土砂の崩れる音の中、私の笑い声がやけに響いた。


 ◆


「ねえ、坂上さん、そろそろ教えてよ。なんで俺まで隣の村に行くのかさあ」

 花ちゃんに頼まれた通り、太一君を連れて隣の村まで向かってはみたけど、もうすぐ着くというところで太一君が不満げな声を上げた。

 太一君には嘘をついた。

 村長に頼まれて、太一君と二人で隣の村までお使いに行かないといけないと。

 花ちゃんの頼みだと言うよりも、村長の命令だと伝えたほうがすんなり動いてくれると思ったから。

 でも、太一君は一度も村の外に出たことはないし、神事の日にこんなお使い頼まれるのはおかしいと思っているらしい。渋々ついてきてくれたが、納得はしていないようだった。

 悩んだけれど、これ以上誤魔化せないと思ったので、本当のことを伝えることにした。

「本当はね、村長じゃなくて花ちゃんのお願いだったのよ。私と太一君の二人で隣の村に逃げてって」

「花? 逃げ……は?」

 どういうことかと言いかけた太一君の声は、村のほうから聞こえる轟音にかき消された。

 はるか後方、村のあたりは土煙で何も見えない。

 もうすぐ着くところだった隣の村からは何事かと様子を見に来た人たちがやってきた。


 そうして何も知らない私たちは、土砂崩れにあった村の唯一の生き残りとして保護された。


 私たちは、あの村とあの子がどうなったのか知らない。

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