第6話 花嫁まであと二日!~太一はちゃんと反省してください~
朝になっても雨は止んでいなかった。
いっそ山が土砂崩れになって、神様の穴がなくなったりしないかなと思ったけど、午後には嘘みたいに晴れた。
雨のせいでできなかった調べ物を急いでやらなきゃと思って蔵を飛び出そうとしたところで、蔵に来客が現れた。
「花、ちょっといいか?」
「太一? 引きこもってたんじゃないの?」
昨日会いに行ったら「会いたくない」と追い出してきた人が、なぜか会いに来た。
気にはなってたから良いんだけど、なんなんだろ。表情が暗いから、やっぱりショックでへこんでたのかな。
「引きこもってねえ。考え事してたんだよ」
いや、引きこもってたじゃんとは思うけど、あんまりツッコむとへこみそうだからやめてあげよう。
「とりあえず上がる? って言ってもお茶もないけど」
蔵にお茶を求める人もいないだろうけど。のどが乾いたら裏手の井戸に行くしかないって、現代人としてどうなんだろう。
生贄が人権を求めちゃダメなのかなー。
最低限、座布団はあるから三枚ほど渡す。一枚だとぺったんこすぎてヤバいんだよねー。
「……ここで話す分には誰にも聞こえないよな?」
「まあ、普通に話す分には大丈夫だと思うよ」
盗聴器があるなら話は別だけど、そこまでの監視はしてないように見える。
「俺、考えたんだ」
断言はしなかったけど、太一は安全と判断したのか話始めた。
まあ、「誰にも聞こえないよな」が聞こえてたら、その時点でアウトだし。
とはいえ、コンセントもないような蔵の中だし、盗聴器隠す場所ないと思うのよね。
「やっぱり花を助けたいから」
うん、まあ、気持ちはありがたいけどね。
甘々な考えしか持てない太一じゃ、私を助けることなんてできないけど。
二日も引きこもって考えたんだから、少しは進展したのかな。
期待して良いなら、したいよ。
人手は欲しいし、なにより村長の孫って言う立場は役に立ちそう。
「でも、やっぱり逃げるのは正直無理だと思ってる」
まあね。そこは私もそう言ったはずなんだけど。はっきりは言わなかったっけ?
「だから、調べたんだ」
ん?
村長の孫の立場を使った?
マジで?
私の知らない情報来る?
「だって、俺」
いや、だってとかいらない。
新情報ください。
「花のことが好きだから」
耳まで赤いな。
こういうのをゆでだこみたいな顔って言うんだろうな。
そんな考えと、あと「知ってたけど、それここで言うんだ」という気持ち。
どうやったら死なないかを必死に探している人に、その大事な時間に、言うんだ。
残念だけど、私は太一のことをそういう目で見ていないから。『私』になる前の私もおそらくそう。知らないけど、なんとなくわかるから。
中身が別人になってるのに気にせず告白してくるような太一を、恋愛的に好きになることはないよ。
「……太一は、私の何が好きなの?」
やけに温度の低い声が出た。
真っ赤だった太一が、私の様子を見て真っ青になる。
私、今、どんな表情してるんだろうな。
「数日前から、私まるで別人でしょ? 気づかないわけないよね? 元の私の中身が好きだったんなら、今の私に告白するのは違うでしょ?」
太一が必死に首を横に振る。
「確かに、最近の花はいつもと違うけど……最近の花は、前の花嫁のお姉さんみたいだったけど……でも、一週間前から花嫁はそうなるって聞いてたから……」
太一がうろたえている。
けど、ちょっと待て。
今、大事なこと言ったな。
「いったん待って。前の花嫁のお姉さんみたいって、何?」
最近の私が、前の花嫁みたい?
それはちょっと詳しく聞きたい。
うろたえていた太一がぽかんと口を開け困惑している。
「え? なんって言うか……十年前の花嫁と、しゃべり方とか雰囲気がそっくりで」
「待って? 池本のおばあちゃんにも、昔の知り合いに似てるって言われたんだけど、似てる人がそんなたくさんいるの?」
「あー……」
太一が空を仰いで「言っていいのかなー」とぼやいてから、頭をガシガシかきながら言いづらそうな顔で教えてくれた。
「それ、たぶん、同じ人。前の花嫁が池本のばあちゃんの孫だったから」
「はあ?! 孫でさえ花嫁にするの? てっきり毎回村の外から連れてきてるんだと思ってた」
「俺も詳しくは知らないけど、孫だけど村の外で育ったって言ってた、かな」
あー、なるほど? 一応村の人間ではなかったということ? にしたって、孫娘を捧げちゃうんだ?
色々納得はできないけど、いったん飲み込むことにした。
「話中断させてごめんね、続けていいよ」
「続けづらいんだけど……」
文句を言われた。まあ、そりゃそうか。
「元の私と全然違う、前の花嫁みたいになった私に告白するのは違うでしょ? はい、続きどーぞ」
「そういうとこが、すっごく前のお姉さんに似てるんだよ……」
太一が大きなため息をつく。
「なによ? 前の私も好きだけど、十年前の花嫁も初恋ーみたいな話でもないでしょ?」
からかい半分で言うと、太一が「うぐっ」て唸った。
嘘だろ、大正解なの?
驚いて太一の顔を見つめると、どんどん真っ赤に染まっていく。
「それは……えー、おめでとうでいいの?」
「おめでとうってなんだよ、おめでとうって!」
太一が文句を叫ぶ。
そう言われても、なんて反応をすれば正解なのかよくわかんないし。
はあ、でも、なるほどね?
今好きな子と初恋の相手、両方なら確かに助けたい気持ちが二倍になる、のかな。
状況が特殊でちょっとよくわかんないけど、大ハズレではないでしょ。
「にしても、数年後に死ぬってわかってる相手ばっかり好きになるなんて大変ねえ」
「……他人事みたいに言うなよ」
真っ赤な顔で頭抱える太一。なんか可哀そうになって来たな。
ちゃんと終わらせてあげようか。
「一応教えてあげるけど、元の私も今の私も、太一の告白には『ごめんなさい』しか返せないよ」
太一の動きがぴたりと止まる。
この流れで振るのは悪い気もするけど、告白されたからには返事しないわけにもいかないし。
「……そんな私でも、助けたいって思ってくれるの?」
助けたところで見返りはないよ。それでもいいの?
そう問いかけてみても、太一ははっきりと頷く。
振られた腹いせで、手を伸ばすのをやめるようなことはないと。
「別に、俺のことなんとも思ってないのはわかってたから、それはいい」
さすがにわかってたんだ。まあ、そもそも死が目の前に迫ってるのに恋愛どころじゃないのよね。
「それでも助けたくて調べたんだ」
うん、そういえばそう言ってたね。
これで少しは状況打開できればいいんだけど、どうかなあ。
「結局、花嫁のことくらいしかわかんなかったけど……」
そうだね、逃げ道なんてことまで望んでない。
でも、情報を組み合わせれば見えてくることがあるかもしれないから。
「花嫁にはいくつか条件があって、その一つがさっきも言ってた『村の外から連れてくること』」
「やっぱり村人は安全なんだ」
花嫁にするために、わざわざ村の外から坂上の奥さんを連れてきたくらいだ。
村のために、村の外から連れてきた人を捧げる。
知らない村のために死ねという。
そういう村だ、ここは。
「二つ目が花嫁の年齢で『十から二十代。姫が花嫁となった十五に近いほどよい』」
これが、坂上の奥さんより私が選ばれた理由。
少なくても、この条件があるから坂上の奥さんが次の花嫁になることはない。
うんうんと頷いていると、太一が黙った。
もしかして、これで終わり? と思って顔を上げると、何かを思い悩むような表情を浮かべていた。
「どうかした?」
「……ごめん」
何を謝るのか尋ねようとしたけど、声になる前に太一の言葉が続いた。
「最後が『生娘であること』」
肩を、軽く押された。
そうか、ごめんってこれか。
そのことが理解できてしまった。
「花、ごめん。でも、もう他に方法がわからなかったんだ」
蔵の天井と、太一の泣きそうな顔が見える。
このまま身を任せれば、私は死なないで済む。
太一の手が胸元のボタンに伸びる。
「……太一、ごめんね」
私を助けるために調べて、ほかの方法がわからなくて、それで二日も部屋にこもって悩んでたんだろう。
好きだけど、好きで傷つけるわけじゃないと。
そんなことまでさせて、私は胸いっぱいに空気を吸う。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
残念だけど、こんな方法で助かるのはごめんなのよ。
私の精一杯の叫びを聞いて、林のおばさんが蔵に飛び込んできた。
「まあっ! 太一君、何してるの?!」
「え、なん、だって、ここなら聞こえないって」
ちょっとはだけた胸元を隠しながら、混乱している太一に一つ教えてあげる。
「普通に話す分には外に聞こえないけど、さすがに叫べばちゃんと外に聞こえるよ」
太一が目を丸くしてこっちを見てる。
そんな太一を放っておいて、私は目元に涙を浮かべて林のおばさんに助けを求める。
「林のおばさん……っ! 太一がいきなり、こんな……私、どうしたら……」
「まあまあまあまあ! 花ちゃん、大丈夫よ、おばさんが来たからもう大丈夫!」
林のおばさんが、太一を突き飛ばして、私の肩をしっかりと抱いてくれる。
ちょっと太一には悪いなと思うけど、こんな方法を本人に相談もせず独断で進めるほうが悪いので。そこは反省してほしい。思い悩んで暴走しすぎ。
助かりたいけど、乙女なので。命よりも大事なものだってあるのよ。
「あらあら、これは一体何事でございましょうか……?」
開けっ放しの蔵の入り口からお千代さんが覗き込んで、目をぱちくりとさせている。
そこに林のおばさんがまくしたてるような勢いで説明してくれる。その間、私はしくしくと泣いたフリを続ける。フリだけど、乙女のピンチとしてはほんとに泣きたい気持ち。
「お千代さん聞いてください大変なんですよ蔵の前を通りかかったら突然花ちゃんの叫び声が聞こえて慌てて蔵に飛び込んだら太一君が花ちゃんを押し倒していて花ちゃんが泣きながら助けを求めてきてもうほらこんなに震えていて可哀そうに!」
「あら、まあ……」
林のおばさんの勢いに押されてお千代さんが困惑している。
けど、太一がやらかしたことは理解してくれたらしく、太一のほうをちらっと一瞥すると「旦那様にご報告いたしますね」とだけ残していったん屋敷に帰っていった。
林のおばさんに励まされながら、今日はこの騒動片付けるだけで終わりそうだなあとぼんやり考えた。




