第5話 花嫁まであと三日!~そもそも私って何者なんだろう?~
今朝も蔵の前でお千代さんと挨拶をしたあと、まっすぐに坂上さんの家に向かった。
昨日からずっと頭痛が消えない。
頭の奥で誰かがガンガン叩いてるみたいな痛み。
本当は今日も何もしたくないくらいつらいけど、もう残り三日しかないから。
三日しかないのに、何も進展してないから。
だから、止まれない。
「私に出来ることはほとんどないけど、それでも良いなら」
坂上の奥さんが開口一番そう告げた。
予想通り。
「ありがとう、私も村の人たちみたいな無茶をさせる気はないから安心してね」
笑顔を向けると、奥さんは後ろめたそうに顔をそむける。
村の人たちにバレないように、そこは私も協力するから安心してほしいけど。そこだけじゃないだろうし。
だから追求せずに、何も気づいていない顔で話を進める。
「私、実はここ数日の記憶しかないの。自分がどこから来て、この村でどう過ごしていたのか、何もわからないの」
本当はもっと他に聞きたいことがあったはずだけど。
自分が何者かを考え始めてからずっとずっと頭が痛くて。
この痛みを取り除いてからじゃないと、とてもじゃないけどほかのことが考えられない。
自分のことがわかっても、痛みは消えないかもしれないけど。他に痛みを取り除く方法が思いつかない。
「お願い、私のことを教えて」
その願いに坂上の奥さんは少し困ったように顔をしかめた。
「私もそれほど花ちゃんのことを知ってるわけじゃないけど……確かに最近の花ちゃんはいつもと違ったわね」
たぶん、奥さんの性格的に『自分の代わりに花嫁になる』という後ろめたさで、私との交流を避けてたんだろう。それでも、何も知らない今の私よりも、確実に私のことを知ってるはず。
本当は太一に聞くほうがわかることが多いと思うけど、あいつはうっかりしてるから。私の記憶がないことをバラしそうで怖い。それを知られてまずいことがあるかどうかはわからないけど、危ない橋はわたらないに越したことはない。
「あ、でも、『花嫁はいつも一週間くらい前から様子が変わる』みたいな話を聞いた気が……」
「え」
思わず聞き返したけど、奥さんも詳しい話は知らないらしい。
「それまでおとなしかった花嫁が、一週間前から突然逃げ出そうと暴れたり、逆に暴れていた花嫁が一週間前からおとなしくなったり、そういうことがよく起こるから今回も一週間前から監視を強化することになったみたいよ?」
今までの花と多少言動が違っても、村としては『いつも通り』だったってことか。
これなら太一にバラされても問題ないかもしれない。
「それで、花ちゃんのことだったわね。そうねえ……」
奥さんは「私の知ってることだけだけど」と前置きをして、話し始めてくれた。
「十年前、花嫁を捧げたすぐ後に、次の花嫁としてよその村から連れてこられたのが十五歳だった私」
「私が二十歳の頃、突然現れたのが貴方」
「それは本当に突然で、村役場の入り口に倒れていたそうよ」
「村の人たちは、あと五年も経てば二十五になってしまう私よりも、小学生くらいにしか見えない少女のほうが、神様が喜ぶと言った」
「最初の花嫁だった姫様が十代だったらしいから、同じくらいの年頃が良いだろうって」
「それから貴方は『花』と名付けられ、育てられた」
「でも、貴方は何故かそのことに反抗もせず、静かに過ごしていた」
「貴方の姿とその所作が、普通の子供ではなさそうで。一部の人たちは『姫様の生まれ変わりでは』と噂してたくらいに」
「そんなことあるはずないけど、でも、貴方がどこかの令嬢だった可能性はあると思ってる」
うん、なるほどね。
やっぱりたまに出てくる美少女モードが本当の『花』な気がする。そうなると、今の私って何なんだろうではあるんだけど。
一週間前に突然花嫁の様子が変わるって話は、まあ、うん。マリッジブルーではないけど、死を間近に感じて不安になったりあきらめたりしたんじゃないかなーと思う。まさかみんな一週間前に私みたいな因習村転生的な何かが起きてるとは考えにくいし。
っていうかどっかの令嬢だとしたらニュースになってそうだけど、誰も気にしてないのかな。
村の外のこと、興味なさそうだもんなあ。
結局自分のことはわかったようでよくわからなかった。
「最後に、答えられたら教えてほしいんだけど」
あんまり色々聞くと、坂上の奥さんに悪いし、外で見張ってる大沢のおばさんに怪しまれる。だから、これで最後にしよう。
「私が死なない方法、あると思う?」
ほらね。奥さんが泣きそうな顔でうつむいてしまった。
それが答えだよ。
◆
「じゃあね、奥さん。お大事にねー」
玄関を出て、昨日と同じように大沢のおばさんに聞かせるために、坂上の奥さんに声をかける。
頭痛は続くけど、気持ちマシになった。慣れただけかもしれないけど。
結局自分のことはよくわからなかったし、生き残る方法もわからないままだけど。
とりあえず考え事をしながらまた村を徘徊する。
いや、まずいな。
ずっとまずいけど、いよいよまずいわ。
探すほどに、話を聞くほどに、生き延びる方法がないことがわかる。
奥さんを責めたら可哀そうすぎるから笑って流したけど、マジで笑える状況じゃないわ。
「あー……ダメだコレ、一回整理しよう」
時間ないとはいえ、一回情報を整理しないとやることがわからない。
かといって、蔵に帰ったら余計に気持ちが沈みそうでよくない。
だから、とりあえず川まで来てみた。だって、今日も暑いし。
とりあえず足を川に突っ込んで、そのまま河原であおむけに転がってみた。
空が、青い。
雲もなくて、ぼーっと眺めてしまう。
そんな暇ないんだけどね。
……さて、どこから整理しようかな。とりあえず時系列順かな。
まず、この村の山の奥にある洞窟、その奥にある大きな穴の中に神様――『御柱様』がいる。
遠い昔、その神様に姫を捧げて村を守った。
それから十年ごとに生贄を捧げないと災害が起きるようになった。
その生贄はいつも一週間前から様子がおかしくなる。
今回の生贄は本当は坂上の奥さんの予定だったけど、たまたま私が迷い込んできたから、変更になった。
ちょっと前までの私はおとなしくてお嬢様みたいな子。やっぱり一週間前から別人みたいになった。
「……うーん……『毎回一週間くらい前』ってのがひっかかるよなあ」
そこの時期がぴったり被ることあるかなあ……いったんマリッジブルー説で納得してみたけど、違和感あるよなあ。私もぴったり一週間前だし。
「とっかかりなんもないし、とりあえずそこ調べてみようかな……」
残り三日でこれは大分やばいと思うけど、手掛かりがなんもなさすぎるんだから仕方ないじゃん。
で、あとは調べ方かあ。村に図書館とかあれば楽なんだけど、そんなもんありゃしない。
村の歴史とかなら、役場にもしかして資料があるかもしれないけど、それは目立ちそうだなあ。怪しまれそうだなあ。
となると、前の花嫁のことを知ってそうな人に聞くしかないかな。これも怪しまれそう。
こういうときに太一いたら、ちょっと役場で資料借りてきてとか頼めたのに。
「……そういえばあいつ、今日も見ないなあ」
なんだかんだ毎日顔を見てたのに、昨日も今日も全然見ない。
昨日一日反省してたとしても、そろそろ出てきそうなもんだけど。なんも知らないはずだけど、幼馴染だったらしいから、なぜかわかる。この村で暮らした実感ないのになあ。
坂上の奥さんみたいに体調崩してるとか? んな馬鹿な。
「……一応、様子身に行っとくかあ」
川から足を引き上げ村長の屋敷に向かう。今日も足を拭くものなんてないけど、この前と違ってサンダルだから多少濡れてても問題なし。いや、まあ、裸足で人の家に上がるのもどうかと思ったんだけど、靴下暑くて。
屋敷に向かう途中で何人かの人に会ったけど、やっぱり太一はいなかった。
せっかくだから「太一見てませんか?」と聞いてみたけど「今日は見てないねえ」と言われるだけだった。
マジで体調崩してる気がしてきた。え、もしかして体調崩すほどショックだった?
「すみませーん、太一いますか?」
屋敷の玄関で声をかけてみると、奥からお千代さんがゆっくりと出てきた。
「あらあら花さま、ようこそおいでくださいました」
いつもどおりの笑顔を浮かべているけれど、少し困ったように眉をひそめていた。珍しい。
お千代さんは奥のほうをちらっと見てから「太一ぼっちゃまは、いらっしゃるにはいらっしゃるんですが」と呟いてから、ため息を一つこぼしていた。
「一昨日の夕方から、お部屋にこもって『誰にも会わない』とおっしゃってまして……」
「そー……ですかあ」
タイミング的にはやっぱりあれがショックだったっぽいけど、体調を崩してる感じではなさそうかなあ。どっちかっていうと反抗期とかそっちな気がする。
「体調が悪いとかではない、んですよね?」
「ええ、ええ、お部屋の前にお食事を置いておきますと、数十分後には食器だけになっておりますので」
反抗期っていうか引きこもりじゃないか?
まあ、元気ならいいか。
それなら太一のことは置いておいて、今までの花嫁について調べてこようかな。
そう思って玄関を開けると土砂降りだった。
いやいやいや、さっきまで雲一つない青空だったのに?
「あらあら、大変」
お千代さんの全然大変そうじゃない声が聞こえた。
「花さま、蔵までお送りいたしますね。濡れて風邪でもお召しになったら大変ですものねえ」
傘立てから一本の傘を取り出すと、お千代さんは私が濡れないようにさしながら蔵まで送ってくれた。
当然、一本しかない傘をさして帰るお千代さん。そして、蔵の中に傘なんてものは存在しない。
「……流れるように蔵に閉じ込められた……」
まだ時間も早いし、もう少し調べ物をしようと思ってたのに。




