第2話 花嫁まであと六日!~神様の昔話はあんまり役に立たない~
「……やっば、ねむ」
昨夜、深夜徘徊をしてみたけど、散々だった。
夜中の三時なのに、蔵を出て早々に現れる坂上の奥さん。昼間にも遭遇したのになんでこんな時間にも出てくるの。坂上の奥さんを酷使しすぎでしょ。若者にもっと優しくしてあげてよ。
さすがに数十メートルごとには遭遇しないけど、百メートルくらいごとには村の人が現れるシステム。もちろん山のふもとには人が二人。
予想はしてたけど、思ったよりも夜中も監視の目が厳しい。
で、そんな時間まで起きてたからやたらと眠い。日差しが痛いけど、目があかない。
ちょっと目が覚めることをしたいな。なんかあるかな。川とかありかな、冷たくて目が覚めるかも。
ふらふらとしながら蔵から出ると、眠そうな坂上の奥さんが現れた。寝てほしい。
「あー……花ちゃん、おはよ……」
「んー、おはよー、ございま……」
二人してふらふらしながらする挨拶は傍から見ると異常じゃないんだろうか。
川に向かう最中、何人かと会ったけど、昨日ほど視線が痛くなかった気がする。眠そうすぎて警戒する必要がないと思われたかな。それでもちゃんと警戒はされてるから困る。もっと油断してほしい。
「お前、なんでそんなふらふらしてんだよ?」
「……ぁー、太一、おはぁ」
顔は正直よく見えないけど、太一の声がした。
昨日、そこそこきつめに突き放した気がするんだけど、懲りずにまた来たんだ。ガッツはあるけど、ガッツだけじゃあなあ。
「眠いんならおとなしく寝てればいいのに」
目があかない様子を見て理解したらしい。説明しないで済むのは助かる。
「んー、ちょっと、川、いきたくて」
回らない呂律で伝えると「しょうがないな」と手を引っ張って川に連れて行ってくれた。らっきー。
川につくと、靴と靴下を脱ぎ棄てて、足を流れに浸す。あー、つめったー。
「んな睡眠不足の状態で川になんて入ったら流されるぞ」
「ありがとー」
小言を口にしながら、私が流されないようにと手を取って一緒に川に入ってくれた。流されるほど深くもないけど、まあ感謝はしておこう。
冷たさで少しだけ意識がしゃっきりしてきた。眠いけど。
「……あ、拭くもの持ってくるの忘れた」
「は? お前マジかよ、いや、手ぶらだし当然だけどさあ」
太一も持ってなさそうだよね。私がそこまで準備してる想定で川に入ったんだろうなあ。っていうか、そこまで考えなかったんだろうな。
困ったな。誰かが通るまで川から出れなくなった。もしくは、川べりで足が乾くのを待つか。
「……お前さ」
周りを気にしながら太一がしゃべりだす。
一応周りを気にはするんだよね。声が届かなそうなとこに林のおばさんいるけど。
「神様って何だと思う?」
「……私より太一のほうが詳しいんじゃないの?」
突然何を言うのかと思った。余所者の私よりも村長の孫な太一のほうが知ってるでしょ。
でも太一は首を横に振る。
「神様の機嫌を損ねたら大変なことになるってしか聞いてない。それ以上のことはいつかそのうちって話してくれない」
太一がやっぱり信用されてないのか、それとも本当に子供にはまだ早いと思われてるのか。
どっちだったとしても、神様がなんだったとしても、私には正直関係がない。
「けどさ」
でも太一は私のことなんて気にせず話を続ける。興味ないんだけど。
「穴の中にいる神様って変じゃね?」
そりゃ変だよ。穴の中にいるって、印象的には良い神様よりは悪い神様だよ。
思うけど、口には出さない。
遠くを見るふりをして林のおばさんのほうを見る。めっちゃこっち見てる。
そんなことに気づかず、太一はずっと神様の話をしてる。太一が思う神様の正体の話。手掛かりもなにもない想像だけの話。何の意味もない、ただの子供の作り話。そんなもの聞かせてどうしたいんだろうな。
太一なんて放っておいて、生き残るための方法を考えたいんだけど。足も拭けないから川から出れない。そのせいで太一がずっとしゃべってる。あと六日ってこいつも知ってるはずなのに。このままでいいのかって聞いてくるくせに。人のことをまるで考えない。自分でしゃべりたいことをずっとしゃべってる。その声がただ耳を通り過ぎていく。
「太一ぼっちゃま、花さま」
腰の曲がったお千代さんがにこにこと笑みを浮かべて川べりにやってきた。
お千代さんは村長の家にずっと仕えてる女中さんらしい。こんな腰曲がってもずっと働くなんて大変だなと思うけど、当の本人は大変そうにしてないというか、嬉しそうに太一のお世話を甲斐甲斐しく焼いてるのをよく見る。村長の愛人だったという話もあるけど、本当のところは知らない。実は太一がお千代さんの孫とかだったら面白いけど。
そのお千代さんが持ってきた包みを広げて手ぬぐいとおむすびを取り出した。
「さあさあ、川から出てきてくださいませ。おみ足を拭いて食事にいたしましょ」
さっきまで得意げにしゃべってた太一はすっかり口をつぐんで、お千代さんにされるがままに足を拭かれていた。世話を焼かれているところを私に見られるのが恥ずかしいのか、ずっとそっぽを向いてる。それなら自分でやればいいのに。
お千代さんから手ぬぐいを受け取って足を拭いてるとき、思い出してちらっと顔を上げると、林のおばさんは消えていた。お千代さんが来たから交代なのかな。
「……」
もしかしてチャンスかな。林のおばさんはともかく、お千代さんなら撒ける。他に人がいる気配はない。すぐ他の人に見つかる気もするけど、もしかすると?
そんな期待で走り出そうと足に力を入れた瞬間、腕を強く引っ張られた。
「花さまも、座ってお食事にいたしましょうねえ」
にこにこと細めた目の奥でお千代さんの瞳がぎらついていた。掴まれた腕に爪が食い込む。
見た目に騙されちゃいけない。
この人は長年この村で暮らして、この村の長に仕えている。村の神様を崇め祀っている。この人は、今まで一体何人の花嫁を捧げてきただろう。
「……うん」
私はおとなしく太一の隣に腰を下ろして、おむすびを一つ手に取った。しょっぱい。
自分の考えの甘さを知った。
若者を相手にして逃げるのは難しいけど、年寄相手なら何とかなると思ってた。体力的に。でも、違う。年齢が上がるほどに信仰心が、生贄への執着が強くなる。神様の花嫁を逃がすなんてへまをするはずがない。
まずいなあ、調べるほどに逃げ道が遠ざかる。
お千代さんが少し後ろでにこにこと笑っている。
不審な動きをしたらすぐ対処できるように見張ってる。
ちらっと見てみると、林のおばさんがいた場所に、今は竹田のおばさんがいた。もう交代が終わってる。
「ねえ、お千代さん」
太一がちらっとこっちを見てきた。心配しなくても余計なことは言わないわよ。目でそう答えたつもりだけど、通じたかはわからない。通じなさそうだし。
「はいはい、お千代に何の御用でございましょうか」
ゆったりを答えるお千代さんだけど、隙はみじんもない。気づいた今ならわかる。
目の奥がずっとギラギラしている。
「神様について教えてほしいの。良いかな?」
隣で太一がぎょっとしてる。そういう反応すると後ろめたいことがあるってバレるから気を付ければいいのに。
それに比べてお千代さんは「おやおや」といつもと変わらずにこにこしている。何を考えているか少しも読めない。
「どこからお話しましょうねえ」
それからゆったりと寝物語を聞かせるように、昔話を始めた。
◆
昔々、家臣に裏切られ殺された殿様がおりました。
その殿様には一人の美しい姫がおりました。
姫は忠臣を一人連れ、命からがら城から逃げ出し、この村へ逃げ込みました。
村人たちは二人を受け入れ、匿っておりました。
けれど村にまで裏切り者の手が伸び、二人は見つかってしまいました。
一人で戦う忠臣のため村人も手を貸しますが、しょせんは平民。次々殺されてしまいます。
これを悲しんだ姫は村の奥へ走り、神様に願いました。
「どうかどうか、彼らを助けてください」
姫が神様の穴へ身を投げると、不思議なことに大きな雷が村に落ちてきました。
刀を掲げていた侍たちは皆落雷で命を落としましたが、なぜか忠臣だけは無事でした。
このときから、村を救ってくれた姫と神様に感謝を捧げ、花嫁を捧げるようになりました。
◆
「私たちは神様のおかげで生きているのですよ」
お千代さんは話を終えると重い腰を上げ「さて、お千代は仕事がございますので」と一礼して帰っていった。去り際ちらっと竹田のおばさんとアイコンタクトを取っていた。私がここにずっといたら、竹田のおばさんもずっとあそこで見張ってるのかな。
「……なんか思ったより普通の昔話だったな」
太一が不満そうな顔でぼやく。
そりゃ長々と『俺の考えた悪い神様の話』をしたあとじゃあ、大体なんでも普通だよ。
でも、まあ、そうね。ちょっと都合のいい神様すぎるかな。
「で? お前はどうすんの?」
雑な問いかけ。もうちょっとなんかないのかな。
「少し散歩したら帰るよ。あと六日だから、色々目に焼き付けておきたいの」
それらしいことを言って歩き出す。竹田のおばさんが慌てて木の陰から出てきて「あら花ちゃん」と声をかけてくる。この人は演技下手だなあ。
太一が追いかけてくる気配があるけど、気にしない。
「こんにちは、竹田のおばさん」
勝手に微笑んで挨拶をする口。便利だな。
風を感じながら村を散策するけど、特に得るものはなかった。後ろから太一がごちゃごちゃ話しかけてくるだけ。あとは昨日と同じように背中に視線を感じるだけ。
やっばいなーあと六日でなんとかなる気がしないし、太一邪魔なんだよなー。太一からうっかり情報が洩れそうで。信用できる味方が欲しいんだけどなー。
でも、出会う人はみんな目の奥がぎらついている『神様を信じてる』人ばかりで。
子供ならまだ『神様』に染まってないけど、私たち以外の子供はまだ十歳にもなってない子たちだから、味方としては弱い。
そんな考えを表に出さず散歩を終えて蔵に帰る。
蔵の前には、さすがに坂上の奥さんはいなかった。ちゃんと寝てくれてるといいな。代わりにお千代さんが通りかかったふりをする。
「太一坊ちゃま、花さま、おかえりなさいませ」
「ほら、太一。お迎えだよ」
「あー、うん」
太一だけ不満げにしているけど、知ったことじゃない。お千代さんは私が蔵に帰るまで動かないだろう。そういう目でこっちを見てる。だから私は足早に蔵へ帰る。どうせお千代さんがいなくなった後も、誰かが蔵を見張ってるんだろうけど。
「花さま、お夕飯はいつもの時間にお持ちいたしますね」
「はい、お願いします」
わざわざ言わなくても知ってるよ。今日はもうここでおとなしくしてるよ。




