第1章 6話 落盤事故
グレートランド歴1772年7月10日
1週間が過ぎ、また朝が来た。
テーブルにはソラと親父が既に食事をしている。
あの夜、ソラと話をして以来、俺の中で何かが変わった。
戦争も事故も、俺1人じゃ何もできない。
なら、ソラの夢を後押しする。
それが今の俺にできる唯一のことじゃないか。
まだ幼い妹を見てそう思うと——
漠然とした不安に支配されていた毎日も、少しは前を向いて歩けそうな気がした。
「行ってきます」とソラが家を出た。
続いて親父も家を出ようとしたが——思い直したように踵を返した。
俺に近づき、小声で言う。
「今日、仕事が終わったら話がある」
「ああ、分かった」
1週間前のような神妙な面持ちではない。
でもその真剣な眼差しに、これは何かあると感じた。
「じゃあ行ってくる」と親父が家を出た。
俺もいつものルーチン通り、ショルダーバッグに弁当を入れ、「行ってくる」と母に一声かけて家を出た。
駅までの道中、何も変わらないはずなのに——
戦争の話を聞く前と後では、まるで気持ちが違った。
戦争になれば、今までの生活はどうなるのか。
この要塞のような町並みはどうなるのか。
親父の真剣な目は何を意味しているのか。
考えを巡らせても、話の内容は皆目見当もつかなかった。
そうこうしているうちに駅に着き、蒸気機関車に乗り込んだ。
今日はいつもと違い、反対側の窓際の席に座った。
そこからの景色は、これまでとまるで違った。
ただ無機質な壁が続くだけだった。
イルブが来て1週間が過ぎた。
2日目以来、一緒に現場に向かうことはなかった。
職場で見かけることもほぼなく、見かけたのは1回か2回だろう。
そしていずれの時も、手にツルハシはない。
相変わらず真剣な目で現場を見渡していた。
あまりに不自然だと思いながらも、ジグルが容認しているようだったので何も言わずにいた。
でも心の底では、ずっと引っかかっていた。
(もしかして貴族様が魔鉱夫の仕事ぶりを調査でもしてるのか?そう考えると、手があんなに白くてきれいなのも辻褄が合う)
そう納得しかけたが、(でもジグルは面倒を見てやってくれと言ってたし、見当違いか)とその考えを打ち消した。
あれこれ考えるのは俺の性分じゃないな、と自嘲しながら鉱山エレベーターを下りた。
エレベーターを降りると点呼場でジグルの顔を見つけた。
定刻通りに他の魔鉱夫も集まり、列を作る。
朝礼は定刻通りに始まった。
が——今日のジグルは様子が違った。
いつもなら「安全第一」だの「魔鉱石は大事に扱え」だの毎日同じ文句を並べるのに、今日は全員に現場へ向かうことを許さなかった。
定刻になっても現場から300mほど手前の広場で待機するよう指示が出たのだ。
どういうことだ。
他の魔鉱夫も全員、顔を見合わせている。
何より不自然なのは、ジグルの傍らにイルブがいることだった。
イルブへの不信感がつのる。
他の魔鉱夫も同じだったようで、「なんでイルブがジグルの隣にいるんだ」とあちこちでヒソヒソ話が始まった。
それを察したのか、ジグルが一言。
「静粛に!!」
ダミ声ながらもドスの利いた一喝が、広場に響いた。
俺、イルブ、ジグルを含め約20名の魔鉱夫が広場に集合したまま、何の作業もせず1時間が過ぎた。
ジグルとイルブの顔を見た。
2人とも険しい表情をしている。
何を考えているのか分からない。
俺はといえば、作業の進捗が気になっていた。
今日は楽かもしれないが、いずれその尻拭いがくる。
魔鉱夫の給料は歩合制だ。
こうして無駄に時間を過ごすのは誰の本意でもない。
2時間ほどが経ち、本来なら小休憩のチャイムが坑道と広場に鳴り響いた。
他の魔鉱夫たちも苛立ち始めていた。
俺も同様だ。
最近ソラの夢を後押しするという目標ができたばかりだ。
(時間を無駄にしたくないな)
そう思い始めた——その時だった。
普段作業している方向から、ゴゴゴゴっと轟音が鳴り響いた。
全員が一斉に逃げ出そうとした。
その瞬間、ジグルが朝礼の一喝を上回る怒声を上げた。
「全員動くな!!」
魔鉱夫一同が動きを止め、ジグルに注目する。
「大丈夫です。皆さん落ち着いてください。落盤ですが、ここにいれば安全です」
傍らのイルブが、驚くほど落ち着いた声で言った。
轟音は30秒ほどで止み、地響きも収まった。
「よし。全員ここにいるな。点呼!!」
「1」「2」「3」……「14」で止まった。
「15」「15のグレッグはどこだ?」
ジグルが少しトーンを落とした声で叫ぶ。
「グレッグなら、さっき現場に忘れ物したとか言って採掘現場に向かいましたよ」
聞くなりジグルが「チっ」と舌打ちした。
「他にいねぇ奴はいないか?16から点呼!!」
「16」「17」……俺は「21」と答えた。
「いねぇのはグレッグだけだな」
ジグルがつぶやき、イルブに目を向けた。
「俺は誰も見捨てたくねぇ。助けられるか?」
「もちろんです。怪我人が出たのでは、僕がやってきたことを否定することになります」
イルブが真剣な顔で答えた。
「2人じゃ心許ねぇ。グレッグの救助を手伝ってくれる奴!!」
ジグルが応援を求めた瞬間——
「俺が手伝います」
自分でも不思議なほど自然に、手が上がっていた。
それを見たイルブが俺の方を向いた。
出会ってから見せた中で、最高の笑顔だった。
「そう言ってくれると思ってましたよ」




