第2章 7話 イルブの帰宅・父との別れ
グレートランド歴1772年7月2日 午前10時頃
イルブは、ガルドから言われていた。
「イルブ君、ドレンは、君の動向を探るだろう。また、君に執着すればするほど、君も身動きが取りにくくなる。暫くほとぼりが冷めるまで、親と会えなくなるかもしれない。それまでに、親に挨拶をしておきなさい」
と、親にドレン邸から脱出した事を報告するよう促された。
イルブは、勿論、事の顛末をそのまま報告する気はない。ガルドにも、
「真実を知れば、ドレンにイルブ君を預けた事を後悔するだろうし、身の危険が及ぶ可能性があるから、仕事が嫌になったとでも言っておきなさい」
と嘘をつくよう提案もされた。
ドレンは毎年、12/24に行われる冬至祭から年明け1月5日の10日程の帰省は許可されている。だから今回は、ざっと7ヶ月ぶりの帰宅となった。
イルブは、スラム街からコールマン家のこじんまりとした屋敷に帰る道中、何と親に説明するかを考えていた。
(仕事が嫌になった……前にそんな素振り見せてなかったし、どう嘘をつくかな?)
と作戦を練り歩いていたが、いい考えが浮かばないまま、地上、中流家庭の居住区に到着した。
イルブは、徹底的に合理化、近代化されたスラム街を見たせいか、7ヶ月ぶりの自分が生まれ育った街並みを、いい意味でも悪い意味でも変わらない、良く言えば閑静、悪く言えば閑散とした町だと思った。
この居住区は、正に町なのだ。街ではないのだ。
そんな、多少も進歩のない自分の生まれ故郷を少し軽蔑した後、居住区に入り我が家を目指す。その間も脱出した嘘の理由を思案する。
(過酷な訓練に身体がついていけなくて、診療施設で休む事になった……ダメだ、父がドレンと話をしたら嘘がバレる)
と色々考えたが、結局、ドレンがイルブが逃げ出したと言えば嘘がバレると思い、父がドレンに嫌悪感を持たない程度の嘘に留める事にした。
玄関前に到着すると、ホルブが庭先で箒を持ち掃除をしていた。
「ただいま」
と兄に軽く挨拶をする。とホルブは掃除をしていた手を止め、
「イルブ?どうした?急に?」
と、まるで予め決まったセリフのように言った。
イルブは、兄の事を勉強が出来て優秀なのは認めていたが、何も自分の考えがない、まるでポリシーのない人形みたいな男だと思っていた。
「うん。ちょっとね。父さんはいるかな?」
と用件を伝えると、
「ああ、父さんなら書斎で伝票でもつけてるんじゃないか?」
と返事した。それを聞いてイルブは、やはりホルブは人どころか家族にさえも興味を持たないな、と自分の人を見る目に納得し、
「分かった。書斎に行ってくる」
と返事をした。
こじんまりしているとはいえ、イルブの実家は商売をしていて敷地自体はそこそこ広い。広い敷地には、自宅兼事務所の母屋と、取り扱っている商品を保管している倉庫もある。イルブは、その母屋にある事務所に向かって歩を進めた。
数ヶ月ぶりに帰った家で、
(次にこの家に帰れるのは、いつになるんだろう?)
とイルブは、少し感傷的な気持ちになった。
そして改めて我が家を見直す。ドレン邸での趣味が悪い成り金的な贅を尽くした家、ガルドの家のような誠実さと堅実さを表したような家を思い返して思った。
(この家は、ガルドさんの家に近いな)
と家に設けられている家具や装飾を見てそう思った。今までにない視点だった。
2階の父親の書斎の前に着き、改めて書斎のドアを見る。豪華な木の1枚板のドアだ。そのドアを軽く2回ノックした。
「はい」
と返事がある。イルブは、ここでやっと緊張のスイッチが入った。
「イルブです」
とドア越しに伝える。
「入れ」
と低い声で返事があった。
イルブが中に入ると、予想外に思った。
コルブは、窓から見える我が家の景色を見て、煙草をふかしていた。
(てっきり事務仕事をしてると思ったのに……)
改めてイルブは、父の姿を見た。恰幅のよい、小柄な体型。眉は濃く、商人として大成功とは言えなくても、1代でそれなりの財をなした出来る男の顔だ。
「座れ」
と短くコルブが、茶色の本皮ソファーにイルブが座るよう促す。言われたままにイルブは、ソファーに腰をかけた。
ややあってコルブが、
「話があって帰ってきたんだろう?」
とイルブに用件を聞く。
「はい」
と返事をしたものの、イルブはなかなか言い出せなかった。それを察したかのように、
「ドレン様と何かあったか?」
とコルブは尋ねた。
「はい。ドレン様の仕事には、ついていけません」
コルブは、また煙草に火を着けてフーっと一息をつく。
「どうしたいんだ?」
とコルブは、ゆっくりイルブに聞いた。
「はい。私なりに、行動を共に出来る上司に出会えました。暫く、その人と行動を共にしたいと思います」
と返事した。イルブの1人称は僕だったが、コルブが今までイルブに見せた事がない威圧……迫力と言えば正しいのか、そんな表情がイルブの1人称を"私"に変えた。
改めてコルブが一息をつく。
「すまなかったなイルブ」
と短くコルブがイルブに謝罪した。
「えっ?」
とイルブは聞き直した。
「ドレン様……あのお方は、自分の息子を預けていいような方では、なかった……」
(父さん……何か知ってるのか?)
イルブはそう勘ぐったが、勿論聞けなかった。コルブが落盤事故の犯人を知っているのか、それともただ人間性を否定しているのか分からなかったからだ。
イルブが、声にならない質問を言い淀んでいると、
「その上司という人は、信用できるのか?」
コルブは確認するように聞く。
イルブは短く簡潔に、
「はいっ」
と返事をした。
その様子を見て、コルブは煙草を灰皿に押し付け、煙草の火を消して立ち上がった。
そして、ゆっくり歩き、最初にいた窓際へ歩み、
「分かった。好きにしろ」
と言った。
快諾……いや、人から見れば快諾ではないだろう。でもイルブには、快諾に聞こえた。
「イルブ、ドレン様の事は気にするな。あんな小物貴族は、俺をどうする事も出来ん。せいぜい取引停止が関の山だ」
「ありがとうございます」
一気にイルブの肩の荷がおり、ソファーから立ち上がり、窓の景色を見てイルブと目を合わせないコルブに、イルブは一礼をした。
そしてドアを開けた時、コルブが一言イルブに言った。
「イルブ、男の顔になったな。何があったか知らんが、7ヶ月前とは別人になった」
イルブに対して、最大の賛辞を送った。
イルブは、涙が溢れそうになるのを抑え、
「全部、信頼出来る上司のおかげです!!」
と答え、部屋から出ていった。
その声をコルブは、背中で聞き、また煙草に火を着けた。
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十条 閃




