第1章 10話 決死の救出劇
出発前、ジグルは残った魔鉱夫たちに言った。
「グレッグの奴は、必ず助かる。いや、助ける。
心配する気持ちは分かるが、お前たちは先に魔鉱エレベーター前の更衣室で待機してろ。
ここにいても危険なだけだ」
魔鉱夫たちを先に避難させ、その場に残ったのは3人だけだった。
ジョルカ。イルブ。ジグル。
急造の救助隊だ。
ジョルカは、2人の顔を見て改めて思う。
1人は、ただ口うるさい直属の上司。
もう1人は、1週間前に知り合ったばかりの若造。といっても、年は1つしか違わないが。
まだイルブのことを100%信用できるわけじゃない。
だが、どうやらこうなることを事前に知っていたらしい。そして俺たち魔鉱夫、約20名の命を救ってくれた。
その事実だけで、信用するには十分だ。
今は、この若造を信じるしかない。
そう思いながら歩くこと数分。落盤があったと思われる場所に着いた。
振り返っても、元いた広場の灯りはもう見えない。上下左右に曲がりくねった道を通ってきたせいだ。
手元を照らすのは、ほんのり光る魔鉱石の青白い光と、作業用ヘッドライトだけ。
イルブがジグルに尋ねた。
「グレッグさんは、忘れ物を取りに行ったって言ってましたよね。グレッグさんの持ち場は、どこですか?」
「グレッグの持ち場は、もう少し左の先だ。10時の方向、50m先といったところだな」
イルブがその方向にヘッドライトを向ける。
そこは、落盤で完全に行き止まりになっていた。
ジョルカとジグルは同時に思った。
(この復旧には、時間がかかるな)
一方イルブは、壁になった土砂をさっきから熱心に調べている。
「どうする?親方。手当たり次第に掘っていくのも難しいぜ」
ジョルカがそう言ったとき、イルブが声を上げた。
「ありました。隙間が!!」
2人は「?」と顔を見合わせた。
「ここに隙間があります。空気穴みたいになってます」
「そうか、なら空気の心配はないかもな」
ジグルがそう返したが、根本の解決にはなっていない。
この状況で大声を出すのは極めて危険だ。何とかグレッグの生存確認ができないかと思っていると、イルブが言った。
「僕が、この隙間から向こう側に行って、グレッグさんの生存確認をしてきます」
また2人は「?」となった。
そんなことができれば、苦労はない。
ただジョルカは、闇雲に土を掘っていくよりは、隙間を頼りに掘り進める方がマシかとも考えた。
そして、イルブが2人の前に立った。
「驚かないでください」
隙間を見つけたときより、わずかにトーンを落として言う。
直立したまま、何やら精神統一をしている。
2人はその様子を黙って眺めていた。
やや時間が経った。
イルブが、不思議そうな顔で周囲を見渡す。
そしてだんだんと、焦った表情になっていく。
("エアノーラ"が——発動しない!!)
イルブは困惑した。
最後に”エアノーラ”を使ったのは、スラム街に侵入したときだ。あれから1週間、能力は使っていない。
普通に生活していれば、1週間あればマナは復活する。ましてやここは魔鉱山だ。精錬はされていなくても、マナが戻らないはずがない。
なのに、発動しない。
2人も困惑している。当然だ。「驚かないでください」と言われた後、16歳の少年がただ直立不動で突っ立っているだけなのだから。
「すみません……」
イルブは小さく謝った。
3人は気を取り直し、作戦を立て始めた。イルブも加わったが、その頭の中は上の空だった。
正確には違う。発動できなかった理由を、ずっと考えていた。
5分ほど考えたが、いい方法は浮かばなかった。
隙間を頼りに穴を掘ったとしても、そこにグレッグがいなかった場合、時間がかかりすぎる。いつ二次災害が起きてもおかしくないこの状況で、時間の浪費は避けたい。
応援を呼びに戻るか。いや、また落盤が起きれば犠牲者が増える。できれば少人数で動きたい。
せめてグレッグの居場所さえ分かれば——
あれこれ思案が続く中、ジョルカが「小便」と言って一旦席を離れた。
ジグルは一人で思考を巡らせている。
イルブは、もう一度だけ試すことにした。
静かに、精神を統一する。
【エアノーラ!!】
今度こそ——イルブの体が気体化した。
―――――――――――――――――――――
イルブは困惑した。
だが、困惑している時間はない。
能力の持続時間は、1時間強。しかもそれは、平常時に訓練された時間だ。こんな非日常の状況で、しかも20分ほど前に一度失敗している。
(あと何分、発動できる?もし能力が解けたとき、実体化できるスペースがなかったら——どうなる?)
そんな恐怖と戦いながら、グレッグの作業場へ向かう。
"エアノーラ"で気体化している自分なら、針1本の隙間さえあれば通り抜けられる。
だが通り道は広いほうがいい。広ければ前進に時間がかからないし、グレッグを見つけた後の救出も早くなる。
運が良かった。隙間は、グレッグの作業場まで繋がっていた。
周りを見渡す。
グレッグの姿が、見当たらない。
一通り確認したところで、声が聞こえてきた。
「おーいイルブ、どこに行ったんだ?」
ジグルが、隙間の近くで自分を呼んでいる。
「親方。すみません、細かいことは後で話します。今、グレッグさんの作業場に着きました」
「分かった。細かいことは後で聞く。で、グレッグは見つかったのか?」
「暗くて分からないです。まだ見つかってません」
崩落が起きないよう、2人とも声を潜めて話す。
そこへ、別の声が飛んできた。
「おーいイルブ、細かいことは分からねぇが——グレッグさんは今週、連絡当番だから、通信呼び出しベルを持ってるはずだ」
ジョルカだ。
「鳴らしてみるから、ちょっと聞いててくれ」
「分かりました」
1、2分後。
ジリリリ——と、小さくベルが鳴った。
もう電池が切れかかっているのだろう。それでも確かに聞こえる。その音を頼りに、前へ進む。
ヘッドライトはあるが、視界が悪い。ほぼ手探りで前進していると、足に何かが引っかかった。
しゃがんで確認する。
グレッグだった。
土を払いのけると、グレッグのヘッドライトがぼんやりと周囲を照らした。
「グレッグさん。グレッグさん」
軽く頬を叩く。
「うーん……」
返事があった。
よかった。生きてる。息がある。
イルブは、静かに安堵した。
ジグルにグレッグの無事を伝えると、すぐに確認が飛んできた。
「よし分かった。イルブ、お前はその隙間からそっちに行ったのか?」
「はい、そうです」
「じゃあ、お前らはそこで休んでろ」
「こっちからも穴掘りますよ」
「ジッとしてろ。素人が手を出すな。崩落したら全員生き埋めだぞ」
やや大きい声だったが、静かな怒声だった。
イルブは、黙った。
「よしジョルカ、ゆっくり穴を掘ってくれ。後ろから俺が支柱を立てて、崩れないよう坑道を作っていく」
「ああ、分かった。でも親方、そんなことできるのか?」
答える代わりに、ジグルはニヤッと笑った。
そして慣れた手つきで、支柱を立て始める。
その手際の良さに、ジョルカは思わず目を見張った。
「親方、その腕前は……」
「青二才が何を生意気言ってやがる」
ジグルは笑いながら、迷いなく手を動かし続けた。
「俺は、元S級魔鉱夫だぞっ」




