第1章 9話 イルブ=コールマン③
グレートランド歴1772年7月1日 夕刻
スラムにこんな豪邸があるのか——
イルブは思わず目を見張った。
ドレン邸ほどではないが、それでも周囲の家10軒分はあろうかという大きさだ。
数時間前のことを思い返す。
「能力者?」と聞かれた時は、心臓を掴まれたような気持ちだった。
「こんなスラムに能力者なんて珍しいわね。何か訳ありかしら?」と美しい女性は優しく微笑んだ。
藁をも掴む思いで、イルブは思わず言っていた。
「助けてください」
女性は少し驚いたように目を見開いた後、優しく微笑んだ。
「そう。でも少し待ってもらえるかしら」
そう言いながら、紙にサラサラとメモを書きだした。そして
簡単な地図と住所が書かれたメモを手渡される。
「夜、ここに来てもらえるかしら?」
それだけ言って、女性は去っていった。
そしてイルブは、夜7時まで時間を潰した後、言われた住所に向かうと——豪邸があった。
イルブは、玄関のベルを鳴らすと今朝出会った女性が迎えてくれた。そして
女性に案内されて応接室に通され、スラムには不釣り合いなソファーに座っていると——
立派な髭を蓄えた威厳のある男が現れた。
「俺はヨーク市地下スラム統括部長、いわゆるただの公務員のガルドだ。よろしく、えっと」
「イルブです。イルブ=コールマンです。よろしくお願いします」
「イルブ君か。よろしくな」
挨拶を返してくれた。
そしてすぐに目つきが鋭くなった。
「で?妻リアの話では、助けてほしいと言ったそうじゃないか」
「はい。能力者と聞かれて、とっさにお願いしてしまいました」
「そうか。妻はなんとなく能力者が分かるんだよ。どういった能力かまでは分からないがな」
ガルドが続ける。
「スラムに能力者がいること自体、珍しいんだ。しかも助けてくれと言うのは尋常じゃない。何を助けてほしいんだ?」と言うと
ガルドの目つきがさらに鋭くなった。
「信じてもらえるか分かりませんが……」と
前置きして、イルブは事の顛末を出来るだけ詳細に話した。
「ふむ。なるほどな」
ガルドが一息ついた。
「聞いていたかリア」と声をかける。
「ええ、聞いてたわよ」
ドアの向こうから、昼間の女性が現れた。
「で?」とガルドが短く問う。
リアがガルドに近づき、耳元で何かを囁いた。
イルブには聞こえない。
「そうか」とガルドが短く頷いた。
「イルブ君、君を信じることにするよ
そして協力しよう
何よりその現場には儂の息子が働いてるんだ。看過できん」
「本当ですか!?」
涙が零れそうになるのを、イルブは必死にこらえた。
「細かいことは直属の部下ジグルに伝えておく。明日からD地区の魔鉱夫として働いてくれ」
「はい。ありがとうございます」
「いや、礼を言うのはこちらの方だよ
君は私の息子の命の恩人かもしれんしな」
そしてガルドは最後に一言、こう付け加えた。
「何かあったら息子のジョルカにも頼ればいい
ぶっきらぼうな男だが——中身は熱い男だ」




