第五話 同じ夢を見る女たち《中編》
夢というものは、本来、共有されない。
同じ部屋で眠っても、同じ食事を摂っても、同じ一日を過ごしても、見る夢はそれぞれ異なる。だからこそ、それが揃ったとき、人はそこに意味を見出そうとする。
だが、意味とは結果であって原因ではない。
原因は、必ずどこかにある。
(順にほどいていくとするか)
結城記乃は、澄子妃の棟の控えの間に座り、侍女たちを一人ずつ前へ出させていた。
一度に全員から話を聞けば、言葉は混ざる。
混ざった言葉は、誰の記憶でもなくなる。
だから、分ける。
──個別聞き取り。
──時系列確認。
──差異抽出。
紙片にそう書きつけてから、記乃は顔を上げた。
「では、最初に」
ひとり目の侍女が前に出る。
年は二十前後だろうか。手の指先が、少しだけ落ち着きなく動いている。
「名前を」
「浅田、です」
「あさださん。あなたが最初にその夢を見たのは、いつですか」
「……ええと、十日くらい前、です」
「時間帯は」
「夜……寝てすぐだったと思います」
記乃は書く。
──侍女、浅田への聞き取り。
──初回発生、十日前、入眠直後。
「夢の内容を、最初から最後まで、順序を変えずに説明してください」
山村は一度目を閉じ、言葉を探す。
「暗いところに、立っていて……前に赤い階段があって……」
「はい」
「それから、また次に夢を見たときのことなんですけど、それを上ると……扉が三つあって。それ以降の夢では、真ん中を開けると、下りの階段があって……」
覚えているというより、なにか、なぞっているような話し方だった。
(暗記、している……?)
記乃は止めない。最後まで言わせる。
「……最後の夢では、五つの分かれ道の一番右を進むんです。その先に葛籠があって、中に笛が入っていて」
「はい」
「それを吹かないと……死ぬって」
確信めいた〝死ぬ〟という断定形に、違和感を覚える。
「その“死ぬ”という認識は、夢の中で自然にそう感じましたか。それとも、事前に知っていましたか」
浅田が、はっとしたように顔を上げた。
「……知って、いました」
「誰かから聞いた話、ですか」
「そうですっ」
やはり、と確信へ繋がっていく。
「榎本さん、です」
記乃は、紙片に線を引く。
──夢内容、事前認知あり。
「その話を聞いたのは、夢を見る前ですか」
「はい」
「どの程度、詳しく聞きましたか」
「……全部、です」
記乃は頷いた。
(完全な事前情報)
次へ移る。
「夢を見た日は、普段と違うことはありましたか。食事、体調、環境など」
浅田は少し考える。
「香り……」
「香り?」
「部屋で、香を焚いていました」
「いつからですか」
「……その、夢の話を聞いた日から」
記乃は筆を止めずに書く。
──香使用開始、怪談聴取と同日。
「その香は、誰が用意したものですか」
「榎本さんが、そのお香を使えば『よく眠れるから』って」
記乃は、紙片の端を軽く叩いた。
(誘導が二重にかかっている)
情報。
環境。
両方が同時に仕込まれている。
「次の方」
二人目。三人目。
同じように聞く。
内容は、驚くほど一致していた。
だが、完全ではない。
微細な差がある。
──開始日、個人差あり。
──夢進行速度、個人差あり。
──恐怖の強度、個人差あり。
(完全な共有ではない)
つまり、外部から〝型〟が与えられ、内部で補完されている。
記乃はさらに質問を重ねた。
「夢を見る前に、誰かとその話をしましたか」
「はい……皆で」
「どのような内容で」
「ここが怖い、とか……間違えたらどうなるんだろう、とか」
「就寝直前ですか」
「……はい」
記乃は書く。
──就寝前、集団会話による強化。
(誘導が三層)
事前情報。環境。反復会話。
条件としては十分だが、まだ断定はできない。
「夢の中で、匂いを感じましたか」
数人が顔を見合わせる。
「……わかりません」
「気にしたことがありません」
「では、現実でその香を嗅いだとき、安心しますか。それとも不安になりますか」
「……安心、です」
「眠くなります」
記乃は、そこで一度筆を止めた。
(鎮静)
身体が緩む。
警戒が下がる。
その状態で、恐怖の構造だけが頭に残る。
(再現しやすい)
紙片に追記する。
──香、鎮静作用あり。
──夢記憶の定着補助の可能性。
すべての聞き取りを終えたとき、紙片は何枚にもなっていた。
記乃はそれを膝の上で揃え、順序を確認する。
(整理する)
──共通怪談、榎本より流布。
──夢内容、事前に詳細提示。
──就寝前、集団で反復会話。
──同一香、全員使用。
──香、鎮静効果あり。
──夢、段階的に進行。
指で紙の端をなぞる。
(構造は揃った)
あとは、発信源の確認だけだ。
記乃は立ち上がった。
「どなたか、榎本さんの部屋へ案内してください。たしか、榎本さんは女御様付きの侍女、でしたね?」
侍女たちは、どこか不安そうに頷いた。
自分たちが見ていた夢の正体が、いま、現実へ引き戻されつつあることを、感じ取っているのだろう。
廊下を歩く。
湿度は昨日より低い。
だが、香の残り香はまだある。
(この匂いが、毎晩の共通条件)
扉の前で止まる。
記乃は一度だけ、呼吸を整えた。
(害意の有無は、まだ未確定)
決めつけない。
順序を守る。
そうしてから、戸を叩いた。
「記録官補佐の結城です。少し、お話を伺ってもよろしいでしょうか」
内側で衣擦れの音がした。
扉が開く。
そして、同時に──
白檀と薫衣草の香りが、はっきりと鼻を打った。
(ここが、起点か)
記乃は静かに紙片を取り出した。
みなが見る夢は、ここから始まっている。




