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弐拾弐









 官吏になったばかりのころ、慣例として地方を回ったことはある。しかし、さすがのスヨンも北の要塞に来たのは始めてだ。


「今のところは動きはないな」

「抑止力のために来ているわけですからね」


 そう言ったのはチェン将軍だ。長身のスヨンと同じくらいの背丈のある彼は、にやりと笑ってスヨンに言った。

「しかし宰相。まさか自らいらっしゃるとは思いませんでした」

「仕方がない。選択肢が少ないからな」

 王の名代が務まる人間は限られる。ズーシェンがもう少し年を重ねていれば、お前、行って来い、くらい言えたかもしれないが、そうもいかない。

「それもそうですね。しかも、状況が厄介だ。本当にいるんでしょうか? ハオユー様は」

「……どうだろうな」

 実のところ、スヨンもリンフェイも、ハオユーは威族の元にいるだろうと思っている。それが自分の意志なのか、連れ去られてそうなったのかはわからないが。

 スヨンの千里眼も、威族が陣を張っているところまで及ばない。彼の千里眼は、精度を無視すればその名の通り千里の先まで見通せるだろう。しかし、威族の陣の周囲には結界が張ってあるので何も見えない。


「……やはり、リンフェイが来られなかったのが痛いな」


 リンフェイが戦争の天才だからではなく、彼女の直感的予知能力が欲しいな、と思ったのである。そう。彼女の予知能力はかなり限定的で、しかし、限りなく精度が高い。予知能力と言うよりは直感で、一秒から二秒先の未来を感知している……らしい。スヨンにはよくわからないが、リーメイが言うにはそういうことらしかった。

 そのため、波状攻撃などには弱いが、突発的な暗殺などに強いのである。今回も、奇襲を旨とする威族とリンフェイは相性が良かったはずなのだ。リンフェイから見て、であるが。

 まさかこちらから攻撃を仕掛けるわけにもいかず、スヨンとチェン将軍は待機を命じることしかできない。待っている間に復活したリンフェイが到着すればいいが、その前にひと波乱ありそうだ。


「こちらから送った使者は?」

「けんもほろろに追い返されました」

「……そうか」


 要塞についてから、スヨンは威族との接触を試みている。平和的解決を図るためだ。しかし、向こうは交渉をする気はないようだ。

「どうも、王族が出てこなかったので、なめられている、と思っているようですね」

「自分たちでリンフェイを来られないようにしながら、何を言っているんだろうな」

 スヨンはため息をついた。禁軍内にいる『影』に接触を頼んだのだが、見ての通りである。状況に動きはない。リンフェイはまだ来ない。スヨンは早く都へ帰りたい。焦りばかりが募る。

「リャン宰相!」

 伝令兵がスヨンのいる指揮官室に飛び込んできた。焦った様子で、早口にまくしたてる。

「早くおいでください! 威族が……!」

 スヨンはみなまで聞かずに駆け出した。要塞の階段を駆け上り、一番上の物見に出た。


『聞こえるか、爽国を名乗る者たちよ!』


 低い男の声だ。声音からして、スヨンよりいくらか年上、四十歳前後ほどの男の声に聞こえた。

『爽の国王ハオユー殿が、王位を追われたとして我らを頼ってきた! お前たちは俺達に交渉などを求めるが、お前たちがハオユー殿が王に返り咲けるというのでなければその交渉には乗れない! 聞けば、王を僭称する少年は不在だと言うではないか!』

 耳で音を拾っているというよりは、頭に直接響いてくる感じだ。術の一種だろう。精神干渉に近いだろうか。

「……宰相、これは……」

「どうやら、彼らは爽を乗っ取りたいらしいな」

 スヨンは自分の目の前に印を切ると、相手と同じように周囲に聞こえるように声をあげた。


「私は爽国宰相リャン・スヨン。威族の族長殿とお見受けする。確かに、我々は主上を連れてはいない。しかし、私は王から名代を預かっている。交渉する準備はある。どうか話し合いの席を設けてはくれないだろうか」


 近くにいた兵が「そんなに下からでいいのか?」と言わんばかりの表情で不安げにスヨンを見上げている。スヨンは気にせず返答を待った。

『リャン宰相と言ったか。ハオユー王は王を僭称する少年との会談をお望みだ! おっと、こちらの自己紹介がまだだったな。俺は族長のタンだ。宰相殿、交渉したければそちらの王を名乗る少年を連れてくるんだな』

 顔は見えないが、にやにやとしか表現できない口調だった。周囲で兵たちは怒り狂っているが、スヨンは落ち着いて腕を組んだ。ここにいるのがリンフェイだったら、「はあ?」とキレて舌戦を繰り広げてくれただろうが、スヨンはそうはいかない。

「ほう。論点がずれているようだから訂正させてもらうが、私は放し飼いができるのであれば、別にハオユー様を出せと言っているわけではない。つまり、交渉相手はあなたで良いということだ、タン殿」

 スヨンの落ち着いた言葉に、すぐに返答が返ってくることはなかった。

『……なるほど。さすがに宰相と言うだけはある。けれど、こちらも引けないのでね、決裂したと判断させてもらう』

 そこで、術がぶった切られるのがわかった。一応スヨンは「早まるな」と言うようなことを叫ぶが、返答はなかった。


「まずいな……失敗した。攻めてくるぞ」

「何をしたのですか、宰相。いや、聞こえてはいましたが」


 チェン将軍が呆れたように言った。スヨンは肩をすくめた。

「やはり、こういうことは本職に任せるべきだな。防衛線を敷く」

「……わかりました。まあ、こうなるのは時間の問題でしたからね」

 チェン将軍は割り切った様子で防御態勢を整える。スヨンは口を挟まないことにした。王の名代を預かってはいると言え、本来文官であるスヨンに軍事権はないので、黙っている方がいいと思ったのだ。求められれば意見はするが。


 戦いは、唐突に始まった。向こうも、斬りこむ時期を見計らっていたのだろう。ぐずぐずしていれば、戦女神リンフェイがやってくる。しかも、戦に必要な用意をすべて整えて。

「……あの娘は戦略家と言うわけではないが」

 しかし、心得はあるだろう。八歳までは直系公主として帝王学を学んでいたし、リーメイもそれになぞらえて彼女に教えたはずだ。知識があるからこそ、軍備を整えて負けない準備をしてくるだろう。

「宰相。危ないので、中に」

「いや、ここまで攻撃は来ないだろう」

 平然と、落ち着いてスヨンは言った。必要なら、スヨンはこの要塞から攻撃を行うこともできるが、戦場まで届かないだろう。

 平野が続いており、見通しが良い。小高い丘の上に威族は陣を張ったようだ。戦闘は術を多用し、混とんとしている。

 動員してきている兵の数が少ないので、数の上では互角ぐらいか。チェン将軍はうまく威族を囲みこもうとしている。

 そんな彼のもとに、伝令兵が駆け込んできた。なんだか既視感がある。


「報告です! チェン将軍が負傷されました!」

「……」


 たまに、自分は運に見放されているのではないかと思うスヨンだった。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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