第1章:11. 路地の温もりと、親友の探り(3)
翌日、土曜日の午前十時半。
台北の空は依然として鈍色に曇っていたものの、連日降り続いていた激しい雨はようやく上がり、冷たい風の中には冬には珍しいカラッとした爽やかさが混じり込んでいた。
大直再開発エリアの敬業二路に位置する、吹き抜け二階建ての輸入建材・インテリアアートのショールーム。
その空間には、最高級レザーと天然無垢材から漂うエッセンシャルオイルの清らかな香りが心地よく満ちていた。
「朗石国際」と名付けられたこの高級ショールームは、玥映嵐が二年前にイタリアでの研鑽を終えて帰国した後に立ち上げた独立ブランドである。
国内の最高級ラグジュアリーレジデンスやウルトラプレミアムクラスのオフィスビルに向け、特殊ファブリックやオーダーメイド照明、そして選び抜かれた輸入石材のコーディネートを専門に手掛けていた。
ショールームの中央に据えられた巨大なホワイトオークのワークテーブルの上には、何十枚もの重厚なテラゾータイルのカットサンプルや防汚クロス、色見本帳が無造作に広げられていた。
今日の玥映嵐は、ゆるくウェーブがかった長い髪をすっきりと気品あるフレンチシニヨンにまとめ上げていた。
仕立ての良い深みのあるダークグリーンのカシミヤノースリーブタートルネックセーターに、オフホワイトの上質なシルク長袖シャツを重ね、ボトムスには見事な落ち感を描くライトグレーのワイドスラックスを穿きこなしている。
ルーペと高輝度ペンライトを手に、彼女は頭を垂れて、天然の金属結晶を散りばめたチャコールグレーのイタリア産大理石サンプルを熱心に見比べていた。
スラリとしたしなやかな長身と、華やかさと知性を兼ね備えた気品ある目鼻立ちが、ショールームの計算し尽くされたスポットライトを浴びて、圧倒的なオーラを放っていた。
「旧友よ、」
「土曜の朝早くから石材の突き合わせに呼び出すなんて、」
「そのワーカホリックなところは昔からちっとも変わらないな」
落ち着いた足音とともに、闕恆遠が淹れたてのホットアメリカーノを二杯提げて入ってきた。
そのうちの一杯を、玥映嵐の手元のコースターの上にことりと置いた。
玥映嵐はペンライトを置き、瞳を上げた。
その潤みを帯びた切れ長の瞳に、気さくで気心の知れた笑みがきらりと宿る。
「これでもあなたの信義区のプロジェクトのために、品質を厳しくチェックしてあげているんじゃない」
「このイタリア産のテラゾー板、来週には税関の抜き取り検査に入るのよ」
「表面の結晶の均一さが足りなかったら、」
「ロビーの九メートルもある吹き抜けに差し込む反射光にムラができて、」
「あなたが丹精込めて設計したアール壁のパネルが台無しになってしまうわ」
玥映嵐はホットアメリカーノを手に取って小さく一口含むと、ほっそりとした長い指先で石材サンプルの表面をコツコツと軽く叩いた。
「座りなさいよ」
「週末は奥さんに付き添いたいんでしょ、分かってるわ」
「今日はきっかり一時間しか引き止めないって約束するから」
闕恆遠はハイスツールを引き寄せて腰を下ろすと、そのカットサンプルを手にとって自然光にかざし、石の木目を丹念に見つめた。
「このロットの結晶度は、前のものより格段に良いな」
「密度も申し分ない」
「現場で水研ぎの研磨を施せば、おそらく八十度以上の鏡面光沢が出せるはずだ」
闕恆遠は感心したように力強く頷いた。
「ジェノヴァの採石場を君が直々に押さえていてくれたおかげだな」
「そうでなければ、これほど特殊な規格の石板なんて、」
「普通の輸入商社じゃ手配すらおぼつかない」
「私に何を遠慮しているのよ」
「大学の五年間と卒業してからのここ数年で、」
「私たちがどれだけの案件で組んできたと思っているの?」
「あなた闕大総監の求める基準がどれほど常軌を逸して高いかなんて、」
「この私が知らないとでも?」
玥映嵐は片眉をくいっと上げ、同窓の親友同士にしか通い合わない絶対的な阿吽の呼吸を滲ませながら、軽やかな調子でからかうように言った。
二人は頭を寄せ合い、色見本とスケールを手に取りながら、エントランス受付カウンターとラウンジエリアのファブリックリストを手際よく突き合わせていった。
議論の最中、闕恆遠の指先が図面のある継ぎ目を指し示し、玥映嵐もちょうど色見本を取ろうと手を伸ばした。
冷たい図面の端で、二人の指先が不意に、かすかに触れ合った。
玥映嵐の動きが、わずか半秒ほど止まった。
指先から、男の掌が持つ乾燥した、微かにひんやりとした感触が伝わってくる。
彼女は何事もなかったかのように平然とした面持ちで色見本を手に取り、何気ない調子で尋ねた。
「そういえば、」
「信義区の大規模案件、管理会社側の契約条件がかなり厳しいって聞いたけれど、」
「事務所のリーガルチェックのほうは順調に進んでいるの?」
「必要なら、うちのグループが昔から付き合っている弁護士チームを紹介してあげようか?」
「いや、大丈夫だ」
「昨日ちょうど片付いたところなんだ」
闕恆遠はふっと笑みをこぼし、その眼差しに確かな安堵を宿らせた。
「伊凝婉の妹の、伊凝雪がな、」
「昨日わざわざ来て直接契約書を精査してくれてね」
「そこに仕組まれていた理不尽な罠をすべて綺麗に排除してくれたんだ」
「もう正式に彼女と事務所の顧問弁護士契約を結んだよ」
「伊凝雪?」
玥映嵐の瞳に、感心と驚きが入り混じった光が走った。
「いくつかの大手金融持株会社がこぞって頼りにしている、あの企業法務の大物弁護士のこと?」
「彼女、普段は依頼を引き受けてもらうだけでも至難の業だって有名じゃない」
「うちのグループですら、プロジェクトごとのスポット相談をお願いするのに順番待ちをしているくらいよ」
「やるじゃない、あなた」
「まさか直接、年間の専任顧問として契約を結んでしまうなんてね」
「凝雪弁護士が、姉の凝婉の顔を立てて破格の条件で引き受けてくれたんだ」
「そのうえ仕事ぶりも極めてプロフェッショナルで客観的だし、」
「うちの事務所にとっては、本当に喉元に刺さっていた大きな骨を抜いてもらったようなものだよ」
闕恆遠はそう言って、肩をすくめながら穏やかに笑った。
玥映嵐は、仕事の話をする際に闕恆遠の瞳に宿る少年のように純粋な輝きを見つめ、無意識のうちに口元を微かに綻ばせた。
彼女はこの男のことを、あまりにもよく知悉していた。
どれほど重い重圧に晒されようとも、ひとたび自らの専門領域に足を踏み入れれば、彼はいつだって決して揺らぐことのない巌のように泰然自若としている。
沈着で、研ぎ澄まされた集中力を保ち、そして己の周囲にいる者たちに対して、どこまでも誠実な責任感を背負い続けるのだ。




