第1章:1. 緑痕初めの同窓会(3)
深夜十一時半の台北市。
市民大道の高架道路を、黒いセダンがナビゲーションの放つ青白い光を頼りに疾走していた。
窓の外では、等間隔に並ぶ街灯の冷たい黄色い光が尾を引く残像となり、車内の二人の横顔を絶え間なくかすめていく。
エアコンの温度設定は適温に保たれているはずなのに、車内の空気はまるで鉛のように重く沈殿し、息を吸い込むことすら苦しいほどだった。
助手席に身を縮めた舒玟妤は、太ももの上でシートベルトの帯をぎりぎりと握り締め、背もたれの端にへばりついていた。
車内には、彼女の纏う微かな香水の匂いとわずかに残ったアルコール、そして闕恆遠から漂う氷のように冷たいシダーウッドの香りが満ちている。
ステアリングを握る闕恆遠の表情は張り詰め、ナイフで削り出したかのような鋭い顎のラインが、影を落としていた。
漆黒の瞳は真っ直ぐ前方の車線を捉え、両手は微動だにせず、呼吸のリズムすら恐ろしいほど一定を保っている。
だが、舒玟妤には痛いほど分かっていた。
闕恆遠が一言も発さず、一切の感情を表に出さないときこそ、その胸中で渦巻く怒りと失望が極限に達している証なのだと。
大学時代の連昊成との恋など、とっくに四年も前の過去の話だ。
今夜、彼女は胸いっぱいの誠意と誇らしさを抱いて彼を連れて行った。
深く愛する夫を自分の友人たちに受け入れてもらい、自分がどれほど幸せなのかを誇らしげに見せびらかしたかっただけなのだ。
連昊成がちょうど離婚したばかりだったことも、あそこまで酒に任せて下劣極まりない醜態を晒すことも、彼女には夢にも想像できなかった。
舒玟妤は深く息を吸い込んだ。
激しく上下する胸を押さえ、張り詰めた沈黙を破ろうと、震える声で呼びかける。
「あなた」
「お願いだから、もう怒らないで?」
闕恆遠は横を向こうともしなかった。
インパネの青白い光がその冷ややかな横顔を照らし出す中、瞬きひとつすら動かさない。
舒玟妤の瞳に、じわりと涙の膜が張り始めた。
その声には、濃密なやるせなさと機嫌を取ろうとする焦りが滲む。
「連昊成は本当に飲み過ぎてただけなの」
「離婚の手続きが終わったばかりで」
「精神的にもすごく不安定になってて」
「だから個室であんなデタラメを言って暴れただけなのよ」
「私とあの人のことなんて、とうに過去のことなんだから」
「大学を卒業してからは」
「一度だって個人的に連絡を取ったことなんてないの」
「お願いだから、あんな酔っ払いの寝言を真に受けないで……」
闕恆遠の右足が、アクセルペダルをわずかに深く踏み込んだ。
黒のセダンが高架橋の下り勾配を滑るように加速していく。
タイヤとアスファルトが擦れ合う低いロードノイズが、車内の見えない摩擦のように響いた。
男の沈黙は鈍い刃となって、舒玟妤の張り詰めた神経を少しずつ削り取っていく。
どれほど言葉を重ねても一片の反応すら返してこない彼を前に、彼女の胸の動揺は、次第に焦りと苛立ちへとすり替わっていった。
取り乱した彼女は、我知らず言い訳の言葉を口走る。
「あなた」
「みんな大学で丸々四年間を一緒に過ごした仲間なのよ」
「黃詠芯たちだって、普段から冗談が好きで少し節度がないところはあるけれど」
「あんな風にみんなの目の前で連昊成をきつく責め立てたりしたら」
「これから先、学部の集まりで顔を合わせる時にすごく気まずくなっちゃうじゃない……」
その言葉が落ちた瞬間、ステアリングを握る闕恆遠の指の節が、微かに青白く浮き上がった。
それでも彼は横を向くことなく、ただ恐ろしいほどの平静さを保ったまま車速を維持し続けた。
波紋ひとつ立たない深淵のような夫の横顔を見つめ、舒玟妤の胸に渦巻く恐怖は、やがて底知れぬ無力感へと変わっていった。
彼女は必死になって話題を逸らそうとした。
何か喜ばしい吉報にすがりつき、この同窓会がもたらした最悪の空気を少しでも洗い流したかった。
舒玟妤は取り乱した手つきでバッグからスマートフォンを探り出した。
画面には先ほどの通話履歴が白く点滅している。
その声には、機嫌を取り、自らの手柄を誇るかのような必死の期待が滲んでいた。
「あなた……」
「実はさっき外に出て受けた電話ね」
「本当に、新しい会社からの二次面接の連絡だったの」
舒玟妤は運転席の方へと恐る恐る体をわずかに寄せ、震える声で優しくささやきかけた。
「私、最近ずっと転職の準備をしてたでしょ?」
「さっきの信義区にある大手外資系投資会社ね」
「人事の責任者の方が直々に電話をくださって」
「求人システムで私のブランド企画書を見てくれたらしくてね」
「私の経歴が企画部門の求める人材にすごく合致してるって言ってくれたの」
「それで、来週の月曜の朝九時に二次面接に来てほしいって」
舒玟妤は焦燥を滲ませた眼差しで、強張る闕恆遠の横顔を見つめた。
未来への憧れを語ることで、いま目の前に広がる亀裂をどうにか繕おうとしていた。
「もっと良い環境に移って」
「今より高いお給料や福利厚生をもらえたら」
「毎月の住宅ローンの返済だって楽になると思うの」
「私は本気であなたと一緒にこの家庭を築いて」
「二人で良い暮らしをしていきたいって、そう思ってるのよ」
そう言葉を紡ぎながら、舒玟妤は震える右手を伸ばした。
すがるような微かな祈りを指先に込め、シフトレバーの上に置かれた闕恆遠の右手の甲へと重ねようとする。
しかし、その肌が触れ合うまさにその瞬間――
闕恆遠は車内のエアコンのつまみを何気なく調整するかのように、極めて自然に、しかし身を切るほど冷淡に右手をすっと引き抜いた。
そしてそのまま手を上げ、エアコンの吹き出し口の角度を二度ほど静かに動かした。
舒玟妤の伸ばした右手は、行き場を失ったまま虚しく空中に取り残される。
指先が触れたのは、かつて感じていた夫の温もりある広い手のひらではなく、吹き出し口から吐き出される、乾燥した機械じみた冷気だけだった。
舒玟妤の顔に貼りついていた笑みが、この瞬間に完全に凍りつき、紙のように真っ白へと血の気を失っていった。
車は市民大道の高架ランプを静かに下り、基隆路交差点の赤信号の前で滑らかに停止した。
赤いシグナルがフロントガラスへと血のような光彩を投げかけ、車内の凍てつくような狭い空間を照らし出す。
闕恆遠は、ゆっくりと顔を向けた。
底が見えないほど深淵で漆黒の双眸が、微かな夜光の中で舒玟妤を静かに見据える。
波紋ひとつないその眼差しは、魂までも凍りつかせるほどに冷ややかだった。
「外資系の投資会社だと?」
低く掠れた男の声には、怒りも喜びも宿っていなかった。
舒玟妤は息を呑み、溺れる者が浮木にすがるように勢いよく頷いた。
「うん……」
「信義区にあるの」
「すごく規模が大きくて」
「待遇も抜群に良い外資系の資産運用会社で……」
闕恆遠は三秒の間、ただじっと彼女を見つめていた。
やがて視線を外し、前方の信号へと再び目を向ける。
その面持ちは、まるで取るに足らない他愛のない挨拶を聞き流したかのように平静だった。
青信号が点灯する。
闕恆遠がアクセルを踏み込むと、黒いセダンは何の揺らぎもなく、台北の深夜の閑散とした街並みへと静かに溶け込んでいった。
沿道のネオンの残像が猛スピードで背後へと流れ去っていくが、車内に広がる死寂の影を照らし出すことはできない。
舒玟妤は空中に取り残されていた右手を力なく引き戻し、太ももの上の布地をぎゅっと握り締めた。
車窓を流れていく夜景を見つめる彼女の胸の奥で、強烈な不安と恐れが棘のように狂い咲き、心臓を深く突き刺していく。
車を走らせる闕恆遠は無表情のまま、その端正な顔立ちを夜の闇の中で氷の彫刻のように冷たく研ぎ澄ませていた。
この荒唐無稽な同窓会は、この誇り高き男の心の底にすでに消えない深い亀裂を刻み込み、運命の歯車を未知の深淵へと音もなく狂わせ始めていた。




