第1章:9. 泥濘の現場の姿と、深夜の温かいお茶(3)
タワーの第二十八階、カイシェン・アセット・マネジメント台北支社。
ここには高価なシームレス吸音カーペットが敷き詰められ、室温二十四度に保たれた空気の中には、ハイエンドディフューザーが漂わせるホワイトティーの幽かな芳香が満ちていた。一階現場の砂埃が舞う光景とは、まさに天国と地獄ほどの差がある。
ビルの動線は厳格に分離されているため、高層階のテナント関係者は普段、東側に設けられた専用の高速エレベーターでダイレクトにアクセスし、低層階の工事用仮設通路とは一切交わることがない。
マーケティング&PR戦略企画部の中で、舒玟妤は温かいカフェラテを片手に、すっきりとした面持ちで自らの個人デスクに腰掛けていた。
ここ最近、彼女と千慕羽との連携はまさに円熟の域に入りつつあった。
千慕羽が卓越した論理的思考とデータ分析力を活かして名だたるグローバルブランドのターゲット顧客像を鮮やかに整理し、舒玟妤が持ち前の繊細なテキスト構築力と鋭い審美眼を発揮する。
二人が提出した年間統合マーケティング企画案はアジア太平洋地域のエグゼクティブ会議で満場一致の承認を受け、極めて高い評価を勝ち取っていた。
「玟妤、」
「ディレクターが予算配分の報告に、あなたも私と一緒に同席するようにって」
千慕羽は手元のチャコールグレーのレザーファイルをパタンと閉じ、舒玟妤のデスクの脇へと静かに歩み寄った。
そのすらりと伸びた背筋からは、トップクラスのキャリアウーマンならではの冷静さと揺るぎない落ち着きが漂っていた。
「わかったわ、」
「添付資料を持っていくわね」
舒玟妤はすぐに立ち上がり、身体のラインに美しく沿った淡いピンクのダブルフェイスカシミヤのスーツを整えた。ピンヒールを軽やかに鳴らし、自信に満ちた足取りで千慕羽の後に続いてディレクター室へと足を踏み入れた。
広々として重厚感の漂うオフィスの中、連昊成は濃紺のストライプ柄スリーピーススーツに身を包み、非の打ち所のない端正さでネクタイを締め、巨大なブラックウォールナットのデスクの向こうで書類にペンを走らせていた。
二人が入室してきたのを認めると、連昊成はふっと視線を上げ、穏やかな笑みを浮かべて正面の本革アームチェアを手で示した。
「座って」
「ちょうどさっきシンガポール本社からメールが届いてね、」
「君たち二人がまとめた企画案を絶賛していたよ」
「今回のプロジェクトの執行予算だが、」
「本社側は一元たりとも削ることなく、」
「満額で承認を下してくれた」
千慕羽は椅子へと優雅に腰を下ろした。
その面持ちには過度な動揺や浮かれはなく、理路整然とした口調で言葉を紡ぎ出す。
「本社への働きかけ、ありがとうございます、ディレクター」
「その後の実務的な落とし込みについては、」
「私と玟妤でガントチャートのスケジュールに沿って、」
「三段階に分けてメディアバイイングとオフラインイベントの連携を進めてまいります」
連昊成は微かに頷き、その視線を自然な動作で舒玟妤へと向けた。
その口調には、惜しみない賞賛の色が滲んでいた。
「特にコピーのコアコンセプトである」
「『温もりある帰属感』という切り口は」
「実に見事だったよ」
「感情に訴えかける強い説得力がある」
「玟妤」
「君が市場リサーチの分野で見せてくれたそのポテンシャルは」
「当初、会社が君を異例の抜擢で迎え入れた判断が完全に正しかったことを証明しているね」
舒玟妤の顔元に上品で節度ある笑みが浮かび、彼女はわずかに会釈を返した。
「すべて慕羽がデータを丁寧に読み解き、導いてくれたおかげです」
「連ディレクター、買いかぶりすぎですよ」
「これからも期待に応えられるよう精進いたします」
報告のプロセス全体を通じて、連昊成の立ち振る舞いはまさに完璧だった。
その眼差しは澄み切って仕事に集中しており、語られる言葉はすべて業務のスケジュール管理や部門間調整といった、エグゼクティブらしい大所高所の思考で満ちていた。
一線を越えるような気配など微塵も見せず、舒玟妤が紙の報告資料を手渡した際も、彼の指先はあらゆる偶発的な身体的接触を礼儀正しく避けていた。
その極限までのプロ意識と抑制された態度は、舒玟妤の胸の奥にわずかに残っていた最後の警戒心さえも、跡形もなく消し去ってくれた。
彼女は心の中で、当時の自分はいくらなんでも過敏になりすぎていたのだと苦笑した。
今の連昊成は多国籍企業のエグゼクティブという要職にあり、その視野も器の大きさも、青臭く浮ついていた昔の青年とは比べるべくもない。
彼は純粋にビジネスの現場において自分を高く評価し、引き立ててくれているだけであり、あの高価な万年筆にしても、かつての同級生に対するスマートな気遣いに過ぎなかったのだ。
報告を終え、二人はディレクター室を後にした。
千慕羽は手元のブラックコーヒーを口元へと運び、隣で肩の力を抜いた舒玟妤に視線をやると、淡々と釘を刺すように言った。
「予算は下りたけれど、」
「この先は巨額のマーケティング経費の精算やサプライヤーとの契約が絡んでくるわ」
「すべての請求書や証憑書類は、コンプライアンスの手順に従って厳格にファイリングすること」
「公私をきっちり切り分けておかないと、後で自分の身に火種を残すことになるからね」
「安心して、」
「慕羽、」
「一筆一筆、確実に照合していくから」
舒玟妤は笑顔で応じ、その瞳の奥には心の底からの安らぎと満足感が満ちていた。
彼女は自席へと戻り、窓の外に広がる信義区の煌びやかな街並みを見つめた。
その胸中には、穏やかで満ち足りた静けさが広がっていた。
彼女は、家庭とこの輝かしいキャリアを完璧に両立できていると信じ切っていた。
高収入がもたらす体面を享受しながら、同時に闕恆遠の至れり尽くせりの庇護のなかに浸っている。
虚栄と油断によって紡がれた見えない蜘蛛の網が、今まさに彼女を優しく、しかし強固に絡め取ろうとしていた。
その奥底に潜む、濃厚な危機の匂いなど、今の彼女には微塵も感じ取ることができていなかった。




