第1章:6. 宿命が交差する面接室(2)
「次の面接者は何時の予定だ?」
闕恆遠は手元の腕時計に視線を落とした。
「十一時だ」
江睿宇は手元の資料をぱらぱらとめくった。
「こっちは学校を出て間もない新人だな」
「悦清禾という子で、」
「応募してきたのはジュニアアシスタントデザイナーの枠だ」
「大きな案件の経験こそないが、」
「手描きのスケッチ力とポートフォリオには独特の瑞々しい感性がある」
「お前の目に適うかどうか、直接確かめてみてくれ」
その同じ頃、信義区にそびえる高層ビルの二十八階、英領ヴァージン諸島籍のカイセン・アジア・アセット・マネジメントの社内。
舒玟妤は自席のパーテーションデスクに向かい、提出を目前に控えたブランドマーケティングの完了報告書をまとめようと、キーボードの上で指先を忙しなく躍らせていた。
この二週間というもの、家庭内の空気にはこれまでにないほどの穏やかさが戻っていた。
あの金曜日の朝、闕恆遠が自ら温かいミルクとトーストを用意してくれて以来、半月にもわたって続いていた冷え切った対立は、まるで春の風に吹き払われたかのように溶けていったのだ。
闕恆遠は同窓会のことなど一言も蒸し返さず、毎朝家を出る前には道中気をつけるよう優しく声をかけ、夜更けに帰宅する際には決まって彼女の好むスイーツを買い求めてきてくれた。
先週末には、シャワーを浴び終えた闕恆遠が背後から自然に彼女を抱き寄せ、首筋に顔を埋めて柔らかく口づけを落とした。
二人はそのまま、広いダブルベッドの上で久しく途絶えていた情愛に身を委ね、温もりを確かめ合うように深く絡み合った。
その夜、闕恆遠は避妊の処置を一切取らなかった。
その仕草の一つ一つには、彼女を慈しみ、この冷えかけた絆を繋ぎ止めようとする執念が満ちていた。
乱れる息の合間に、彼は耳元で低く切なげに囁きさえしたのだ。
「玟妤、」
「この忙しさが一段落したら、」
「もっと広いマンションに引っ越して、」
「穏やかに暮らそう」
その瞬間の温もりは、闕恆遠にとっては壊れかけた絆を取り戻したという確かな安らぎであった。
だが、舒玟妤にとっては、魂の深奥を切り刻まれるような責め苦であり、哀しい自己欺瞞に他ならなかった。
彼女は、一度は失いかけた夫の深い愛情と細やかな気遣いに執着し、ベッドの上では必死になって夫を求め、その肌の温もりによって自らの内を苛む罪悪感を麻痺させようとしていたのだ。
家では従順で非の打ち所がない良き妻を演じ、外では懸命に働いて手厚い年間賞与を稼ぎ出しさえすれば。
この欺瞞は永遠に闇の中へ葬り去ることができるのだと、彼女は盲目的に信じ込もうとしていた。
午後四時、パソコン画面の右下にメッセージ通知とカレンダーのポップアップが同時に現れ、チーム全員宛ての社内メールが届いたことを知らせた。
差出人は総務アシスタントであり、件名には企画部が毎期恒例で行っている歓送迎ディナーの文字が躍っていた。
場所は市政府地下鉄駅の近くにある高級フレンチビストロに指定されており、メールの末尾には部門責任者である連昊成のアドレスがCCに入っていた。
開放的なオフィスフロアからは、デスクの上を手早く片付け始める先輩社員たちの話し声が聞こえてくる。
隣のブースに座る千慕羽はブルーライトカット眼鏡をかけ、帳票の数値に目を走らせながら、カレンダー通知の「承諾」ボタンを迷いなくクリックした。
そして、画面を見つめたままぼんやりと物思いに沈んでいた舒玟妤へと顔を向け、淡々と声をかけた。
「玟妤、」
「今夜の歓送迎会の案内メールが届いたわよ」
「マーケティングチームの今期の企画初稿は、もうPDFにして送っておいたから」
「食事会の前に、軽く目を通しておくといいわ」
舒玟妤はようやく我に返り、慌ててメールを開いた。
「うん……」
「わかったわ、」
「ありがとう」
舒玟妤はメールの末尾にある、連昊成の端正な英字の署名を見つめ、無意識のうちに胸の鼓動をわずかに速めた。
けれど、宛先にはチーム全員の名前がずらりと並んでおり、これが部署全体を対象とした公式な親睦会に過ぎないことは明白だった。
連昊成もこの数日というもの、社内では常に上司としての節度を完璧に保ち続けている。
その事実に、一週間にわたって張り詰めていた舒玟妤の神経は、ようやくすうっと解きほぐされていった。
彼女はスマートフォンを手に取ると、闕恆遠に向けてメッセージを一通送信した。
『恆遠、』
『今夜、部署の定例の食事会があるの』
『少し帰りが遅くなるかもしれないから、』
『夕飯は待たずに先に食べていてね』
数分後、スマートフォンの画面が淡く光り、闕恆遠からの短くも温かな返信が届いた。
『わかった、』
『酒は飲みすぎないようにな』
『終わるのが遅くなりそうなら、』
『メッセージをくれ』
『迎えに行くから』
画面に映し出されたその思いやりに満ちた文面を見つめ、舒玟妤は深く息を吸い込み、スマートフォンをそっと胸元に抱きしめた。
すべてが良い方向へ向かっているのだと、彼女は信じて疑わなかった。
夫の取り戻された優しさと温もり。
職場の順風満帆な滑り出し。
そして、元恋人が見せる紳士的な一線の引き方。
だが、彼女は微塵も気づいていなかった。
自らがすでに、周到に張り巡らされた生ぬるい罠の深奥へと足を踏み入れてしまっていることに。
そして、運命の過酷な暴風雨が、このオフィスビルへ、そして危うい均衡の上に立つ彼女の結婚生活へと、音もなく狂気のように迫りつつあることに。




