人の心
三回目の人生です。
今度こそ、やり直せるといいんですけど、でも、現実って厳しい。
ていうか、運命って厳しい。
一体、どうやったら運命を打ち破ることができるのでしょうか?
今度は、現世で、舞台は普通の居酒屋での合コンですね。
時間の感じ方というのは、年齢とともに変化するというのは有名な話だ。それに、楽しい時間ほど短く感じて、辛い時間ほど長く感じるというのも、よく聞く話だろう。
でも、実際のところこれって時計を見る回数によるんじゃないかと思う。まあ、逆も言えることだが。
「内田くんは、休日とかは何をしてるの?」
「え?っっと、」
「こいつ、ずっと部屋こもってんだよ」
「え〜、意外」という信じられない言葉が返ってきた。全くもって見た目どおりだろ。よりルッキズムが助長されているこの時代にそんなことを抜かしやがるとは。それに、この男も割り込んできやがって。だがまあ、女性と喋る能力のない俺からしてみれば、非常に助かったは助かったのだが。
「え、家で何してるの?」
「え、まあ、アニメ見たりゲームしたり、」
「ヲタクじゃんww」
クソが。ヲタクだったらこんなところ来ねぇだろバカどもが。
「こいつ、まだ実家に住んでるんだぜ。もう、お前いくつなんだよ」
女子たちが「自立しないと」と男を通して俺に言ってくる。今日あったばかりの他人に馬鹿にされるのは非常に腹立たしい。こっちだって、理由もなくそんなことをするわけがないだろ。
だが、理由が思い出せない。なぜだろうか。理由なんてあったのだろうか。そもそも。
「ちょっと、俺達トイレ行ってくるわ」
女子たちが「了解」と言って軽くこちらに手を振ってくる。
「お前は、どっち狙ってるんだよ」
あんまり男二人で抜け出すことって無いんじゃないか、と思いつつ、俺は男の顔を見る。すると、なぜだか情報が流れ込んでくるような感覚になる。脳のどこに入口があるのかわからないが、もしかしたら出口なのかもしれない。脳の引き出しが全部開いたような感覚とも言えるだろう。こいつは俺の高校の同級生で、川口というらしい。今は、地元に就職している。それで、同じく地元で今のところはバイトをしてなんとか生活している俺を生贄として合コンに召喚した、ということだ。
どうも、情報を並べられたときは冷静になってしまう癖があるように感じる。一度整理しているうちに、怒りが冷え切ってしまう。
「え、お前の前にいる子だよ」
「それは、俺のだ。だから、狙うなら隣にしろ」
まあ、最近の女子はそんなに見るからに「ブサイク」という子は結構少ないよな、と思う。それに、こいつと取り合うのもあまりよろしくはないだろう。
「じゃあ、いいよ」
「よかった。じゃあ、戻るぞ」
作戦会議ではなく、もう戦争は俺の無条件降伏により決着がついていたようだ。
「あ、ごめんごめん」
「あ、頼んでたの来てるよ」
「ありがと」
俺は川口の後ろからひょっこりと顔を出して、届いたという料理を眺めながら席に座った。
改めて俺の目の前に座る女性を観察する。金髪で、化粧は少し濃いがギリギリ、ギャルとは言えない風貌である。なにしろ、服が地味だ。普通のTシャツに普通の黒いズボン。シャツは胸にワンポイントよく知らないロゴが入っているだけだ。カバンも、スポーティーなもので実用性がある。いや、実用性は無いか?
だからまあ、実に微妙なラインだ。話し方は、ギャルっぽくない。積極的に会話に混ざってくるタイプではあるのだが、なんだか音程が低いのでどうも違和感がある。
彼女は、俺がじっくりと観察をしても気づかないくらい三人での会話に熱中しているようで、俺は味のしなくなった焼き鳥の串をただただ舐めていた。まあ、自分でも気持ちの悪いことくらいは分かっているのだが、不意にこちらを向いてきた相手に不快感を与えたかったのだ。
もちろん、十分に一回くらい俺のターンは回ってくるがそれを俺は軽くトスするだけなので、周りに迷惑がかかるだけだ。
「前の彼氏が、性欲ヤバくてさ、まあ、彼氏の部屋行ったりするじゃん。すぐに、押し倒してくるんだよ。あと、朝起きてすぐとか、」
「マジで?!さすがに、それはありえないわ」
川口に続き、その後に小さく「俺はそんなことしないけど」と言ってみる。俺の前に座っている女子が一瞬周りをキョロキョロと見回した。そして、不思議そうに会話に戻っていった。
俺は串を舐めるのをやめて、彼らの輪の中に文字通り顔だけ出した。
「もう、別れてるんだよね?」
「そりゃ、さすがに」
「そういえば、私の彼氏もヤバかったんだよね」
俺の目の前に座っている女子(Bとしよう。川口の前に座っているのがAだ。自己紹介くらい真面目に聞いておけばよかった)が喋りだした。
「あのさ、アニメとかで町中で突然ナンパされることってあるじゃん。そんなのフィクションだと思ってたんだけど、元カレと歩いているときにそれされたんだよ」
「一緒に歩いてたのに?」
「まあ、奪えそうだと思われたんじゃない?」
「ダメダメじゃんww」と女子Aが笑う。俺も、少し面白いと思ったのでほんの少し口元をほころばせていたら「まだ続きがあってさ」と女子Bが続けた。
「まあでも、彼氏と歩いてるのにナンパされたこともムカついたし、相手も酔っ払ってそうだったから一発くらいぶん殴ってやろうと思って、カバン、あ、これね。このカバン彼氏に預けようと思ったらさ、」
わざとらしく彼女は間をこちらに意識させるような話し方をしてきた。なんとなく気に食わなかったので、俺はオチを予想してやろうと頭を回転させた。
まあ、この手の話題はだいたいゲイオチだろう。ナンパされてたのは彼氏の方だった、とか。
「そしたら、彼氏がいなくなってて、で、ナンパ男の方見てみたら、なんか遠くの方をボーっと眺めてんの。で、私もそっちの方を見たら、私の彼氏が他の女の子にナンパしてたんだよ」
「え、どういうこと?ナンパされてたんでしょ?」
「だから、私がナンパされている隙に、他の女の子に声かけてたの。その、私の彼氏が」
さすがの俺も、一瞬困惑してしまった。
「え、なにそれ?そんなことあるの?ていうか、そのあとはどうなったの?」
「最初に私にナンパしてきたやつがどっかいったから、私が彼氏の首掴んでそのまま帰ったよ。恥ずかしかったよ。それで、なんでそんなことしたのか聞いたらさ」
「聞いたらさ?」「それでそれで」二人の声が重なる。俺も彼らと同じタイミングで、心の中ではあったが、同じようなことを考えていた。
「理由を聞いてみたらさ、「負けたくなかった」って言ってきたの」
「え?どういうこと?負けたくないって、ナンパ男に奪われると思ったってこと?」
「その、ナンパ男に「俺だってお前と同じことくらいできるんだぞ」って威嚇する意味でやったたしいんだよ。私を置いてだよ?!信じられる?」
「マジで、そんなことホントにあったの?」
これは、一生困らないエピソードなんだろうな。羨ましい限りだ。
「マジだよ。マジで。マジだから。いっつも情けないくせに、そんなときにだけ変な勇気出しちゃってさ」
「面白い子じゃん。別れちゃったの?」
「ま、まあねえ、・・・別れるよ、そりゃ」
なんだか、ちょっと照れくさそうに言った。まあ、酒で体温が上がっているだけかもしれない。
「二人とも、大変だったんだ」
「だから、当分恋愛は懲り懲りっていうか、」
女子Aが言うと、川口が一瞬たじろぐのが確認できた。戦争再開か?まあ、俺としてはできる限り平和に片付けたいが。
「私は、まあ、別に」
川口の砲台が右に四五度回転した。
お前は、やっぱり正直なやつだ。正直、というか手段を選ばないタイプなのだろう。妥協は、彼の作戦の範囲内らしい。
彼の正直エピソードなんて知らないのに、なぜだか頭の一番手前からそんな言葉がポロっと落ちてきた。川口は、正直者だ。他人にではない。自分に、正直な奴なのだ。
きっと、この理論で行くならこの世にいるほとんどの嘘つきは正直者に分類されるのだろう。
「川口くんは、どうなの?なんか、タイプとか教えてよ」
「俺、マジで明るい子がいい。あと、面白い子」
「じゃあ、ブサイクだけど面白い子か可愛いけどつまらない子ならどっちなの?」
まあなんとも下らない。でも、これって道徳だよな、と思った。
「もちろん、可愛くて面白い子」
「どっちかだってww」
そりゃ、俺だってそうだ。いや、俺はそんなに面白いは重要ではないな。かわいけりゃ、いいさ。
「そっちこそ、その質問はずるいよ。どっちとっても、俺のイメージダウンだよ」
下らないと表層で思いつつも、どうも会話についていきたくなってしまう。
「内田くんは、どうなの?タイプとか」
「え、・おおお俺は、まあ真面目な子がいいかな」
「真面目ねえ、」
「もっと、正直に言えって。おっぱいデカくてケツもでかい子がいいんだろ?もっと、正直に生きろ!!」
お前のような正直者にはなりたくなんてない。
それに、貧乳の方が好きだし、ケツも小さい方が好みなのだ。
「いや、別にどっちでもいいよ。そんなのは」
俺が特に照れたりするでもなく困ったように言うと、「そんなんじゃモテないよ」と囃し立てられる。俺みたいなやつがボソボソと「ロリがいい」とか言ったら気持ち悪いだろうが、と声に出せない反論をするが、もちろん彼女たちには届かない。
そんなこんなで、俺が流れに身を任せているうちに、他の三人がかなり酔っ払ってきたようだ。俺は、あまり酒を飲まなかったので彼らの呂律が回らなくなるのをただただ眺めていた。
なんで、人間はこんなものが好きなのだろうか。
「あ、そろそろあえろーお。んゔぉっ、」
「ギャハハ、汚えwww」
帰ろうよ、と言いたいのだろう。
俺は「帰らせてくれ」とずっと言いたかった。
「じゃあ、またね」
女子二人がゆっくりとした足取りで帰っていった。
と、ここで金をもらってないことに気づいた。
「お、内田あと頼んだぞ!!!」
無駄にでかい声で川口が俺に言ってきた。
ああ、やってしまった。彼は正直者でも、薄情者でもあるのだ。薄情どころではないな。いや、もとはと言えばあの女子二人が悪いのか。
おごり奢られ論争も「もう、割り勘でいいじゃん」という意見に染まりつつあるというのに、こういうのをされてしまっては、火に油を注ぐというやつだろう。平和主義者なのだ、俺は。火には、油を注ぐな。でも、油を取り上げることが出来ないんだよな。
仕方なく、俺が全てを払った。そして、川口は大学の同級生なのでさすがに連絡先をブロックすることは気が引けたので、女性二人の連絡先をブロックすることにした。
が、俺は気づいたらまた彼女たちとなぜだか合コンをしていた。
なぜなんだよ。
思い返そうとすると、見に覚えのあるようなないような記憶が浮かんでくる。
あのあと川口からLINEで「ごめん、彼女たちも謝りたいって言ってるし、お金も返すって言ってるからまた来てよ」とLINEが送られてきた。
あの場所に行かなきゃいけないような、行かなくてもいいような、一体なんなのだろうか。
でも、お金はもちろん回収しておきたいし、まあ彼女たちも酔っ払ったらそんなことをするくらい有り得る話だろう。と、思ったのだろうか?
いつの間にか俺は、また同じ場所に来ていた。見覚えのある光景だ。ただ、彼女たちの服装は前回と違ったし、女子Bの方は、今日は本格的にチャラい恰好をしていた。ヘソの見える服にダメージジーンズだ。目のやり場に困る。し、ある意味困らない。女子Aの方は、そもそも前回の服装を覚えていないが、前回と違うなぁ、という感覚だけはあった。
「内田くんは、どんな音楽聞く?」
「え、まあ、アニソンとかだけど、知らないと思うよ」
「何の曲が好きなの?」
「ホントに知らないと思うんだけど、いいの?」
「早く言ってよ」
なぜ名前も知らない女子に催促されないと行けないのか。まあ、自分が悪いんだろうなとわかりつつも、どうも嫌な気持ちになる。よくよく考えたら、彼女たちが俺の名前を覚えていてくれてるなら、俺も覚えなければ駄目か。
「ホントに知らないと思うんだけど、川田まみの「No buts!」っていうあの、「とある魔術の禁書目録」っていうアニメの曲なんだけど」
「へ〜、・・・知らないわ」と女子二人の声が重なったところで彼女たちに同時に笑いが起きた。川口は、興味なさげにその様子を見ていた。
「どんな曲なの?」
どんな曲なのかって、どういうことなんだよ、と思った。素人に説明ができるか?曲なんて、大抵の人は「なんとなく」で聞いているじゃないか。きっと、俺が女子A,Bに同じ質問をぶつけても彼女たちは言葉に詰まらせて「とりあえず聞いてみてよ」とスマホを取り出すだけだろう。
まあ、そんな言語化が必要なのかどうかもわからないが。
「どんな曲って言われるとあれなんだけど、好きな歌詞があって」
俺の言うことへの期待値が低いことは重々承知しているが、彼女たちは自分で俺に聞いてきた割にはあまり興味がなさそうだった。
やっぱり、モテるやつは薄っぺらいやつなんだよどうせ、と思った。
「イントロがあって、歌の一番最初の部分なんだけどさ、」
俺は若干恥ずかしかったけれど、一応は俺の唯一の長所と言うと過言になる歌声を、仕方なく披露した。
まあ、その部分は割愛させてもらおう。
「その、「指で弾くコイン見つめて、表ならGO裏ならSTAY、まず答えを聞かせて」って、自分で言ってるんじゃないの?って思ってさ。自分で言ってるんだから、それはずるいよって思うの」
「あ、確かにww変じゃね?」
女子Bが俺に呼応してくる。まあ、変に「アニメのあの映像とマッチしていていい」というよりはいいかな、と思ったのだ。しらけさせるのが、一番罪深い行為なのは重々承知している。
「そうだよね!!他人が言ってるにしても「そのくらい待てばいいじゃん」って思うし」
「ホントそうだよね。だからさ、夕飯カレーとシチューどっちにするとか聞かれて、どっちでもいいよって言ったときに「どっちでもいいってなに?どっちか決めて」って言われるけど、じゃあ自分で決めてくれよって、思うもんね」
まあ、大抵の人は「どっちでもいい」なんて投げやりな答えを返されたら嫌だろうな、と思いつつも「ホント、それそれ!!マジで、ましてや、どっちか答えの出るコインに委ねてるんだから、そんな急がなくてもいいじゃんって思ってさ」
「え、でも私はどっちでもいいって彼氏とかに言われたら、多分殺してると思うよ」
おいおいおい、せっかく今いいところなんだよ。邪魔しないでくれよ、と俺は女子Aを睨む。
「俺も俺も。早く答え聞かせろよって思うよ」
川口は素直なやつなのだ。多分、「どうでもいい」と思いながら眺めていたところに女子Aが入ってきたから、そっちに呼応したのだろう。
「え、でもどう?親とかこんな感じじゃない?「どっちでもいいってどういうこと?」って怒られたよ」
「それは、親がヤバいでしょ」
俺は、親の顔を思い浮かべていると自然と「俺の親もそうだったわ」と口走っていた。
「ほらほら。内田くんも私と同じだったんだ。よく言われるよね」
俺の気持ちとしては「これは引くに引けないな」という思いだったのだが、どうも体中の細胞はそう思ってはおらず、「ようやく精算の時が来た」と感じていたらしく「ホントにそう。機嫌悪いと怒られるから最悪だったよ」と言っていた。
「私は、親の気持ちの方が分かるわ」
「え、でもさ、自分でどうでもいいときに「どっちにする?」って聞かない?それか、答えが決まっている時に」
「いや、「今日は喜んでもらいたいから、希望の物を作りたい」って思うときもあるじゃん。だから、わざわざ聞いてるのに、それで「どっちでもいい」っていうのは最悪だって。はっきりしてほしいもん。それこそ、元彼がそんな感じだったもん。性欲強いくせに、優柔不断で」
二人ともそういう男に引っかかりやすいのかな、と俺は勝手に前回の会話と合わせてざっくりと総括していた。
「俺、なんでもすぐ答えます!!」
「マジで、男はそうでなくちゃ!!優柔不断は、男じゃない!!」
「時代に合ってないってwww」
そういうってことは、そう思っているんだろうな、という思いも込めて俺は女子Bの方を見た。
そこで、俺のスマホにピロン、という通知が来た。
俺は、あまりこういう場でスマホをイジるのはよろしくないのでは、と思いつつもLINEの通知を確認した。
そこには「SAKI」という人から「二人で抜け出さない?」というメッセージが届いていた。
これは、まあ女子Bのことなのだろう。いつの間に彼女のLINEのブロックを解除した、というかそもそも友達でも無かった気がするのだが、まあ今はそんなことどうでもいい。
こんな、合コンで女性と二人抜け出すなんてありえない話だと思っていた。どうせ、都市伝説の類だろう、と。しかし、この目、いや、この身で体験してしまえば、それを否定することはできない。
俺は、女子B(SAKI)の方を見る。目が合う。そして、彼女の顔にエクボが現れた。これは、さすがにそうだろう。Aの方が俺を呼ぶのは理解しがたい。それに、彼女は川口と談笑しているし。
俺はLINEに「そうですね。そうしましょう」とメッセージを送った。通知の音こそしなかったが、俺がメッセージを送るのと同時に彼女がスマホの画面を覗き込んだ。
そして、彼女から日焼けしたハローキティが目を輝かせているスタンプが送られてきた。「そんなスタンプがあるんだな」と思ったが、その気持ちはただのカッコつけにすぎない。
そして、程なくして俺は彼女に手を引かれて合コンから脱した。以前俺に払わせてしまった分、今日は払わなくても良い、と言ってもらえたことは純粋に「やっぱりこの子たちもいい子なんだろうな」と思った。
だが、こんなに堂々と抜け出すんだな、と恥ずかしくなった。前回はそんな感じを出していなかったのだから、「こいつやっぱりムッツリじゃねえか」と思われるのは心外だった。が、今は結果が全てだ。
「私の家まで来ない?そんなに遠くないし」
ネットで、こういうときに良かれと思い勇気をだして断った結果、何もなせなかった先輩たちの体験談を致死量浴びてきていたのだ。
皆さんの犠牲は、無駄にはしませんよ。
「じゃあ、・・・いい?」
「実はさ、彼氏とまだ別れられてないんだよ」
おいおいおいおいおいおいおい、どういうことだ?
「別れたいんだけど、なかなか許してくれないから。束縛キツくて」
「・・・合コンは大丈夫なの?」
「今、彼氏が出張でいないんだよ。だから、全然いいよ」
あ、全然いいんですね。私、初めてなもんでして。
「あの、浮気ってこと?」
「・・・どうなんだろう」
一対一になったら、そんなに喋り方はギャルっぽくないな、と思いながら彼女のことを眺めていた。いや、元からそんなにギャルっぽくはなかったか。
これは俺の勝手なイメージだが、ギャルの方が裸とかを想像しにくいんだよな。性に奔放なイメージなのに、どうもそういう妄想が全くはかどらない。なぜだろうか。
「彼氏って、変な人なんでしょ?」
「変な人だよ。最初は「面白いから、まあいいか」って思ってたけど、もう嫌になっちゃった。改めて彼氏のこと見てみると、良いところが全く無いんだよ」
「・・・そうなんだ」
なんとコメントすればいいのだろうか。心が動かない俺にはわかりかねる。ただ「困ったな」という感情だけは人一倍強い自信はある。
「あ、こっちこっち」
心臓がドキドキと音を立てているのは聞こえるが、心はそれに呼応することはあまりない。俺はただ彼女の腹を見て「細い」と思うだけだ。
さて、ここからどうなってしまうのだろうか。
まあ、女性がここまで誘ってきているのに思わせぶりだなんてことはないだろう。家にまで誘ってくれているんだぞ。
「彼氏とは、同居してるんですか?」
「別居だけど、鍵は渡してる」
まあ、そういうものなのだろう。それにしても、鍵ということはアパートか?マンションだと勝手に思っていたけど。
「あれ、俺と同い年なんだっけ?」
おそらく、最初の自己紹介で年齢を言い合ったはずなのだろうが、俺は覚えていないのでそれとなく質問を投げかける。年齢を聞くことは失礼らしいが、一度聞いたことをもう一度聞くことも、同じくらい失礼なのではないだろうか。
「そうだよ」
まあ、その年齢ならマンションはまだ早いか。それに、ここは大して都会でもないし。
「内田くんは、今彼女とかいないって、・・・最初に言っていたか」
最初になんて言ったかを思い出さなくても今の自分を顧みれば答えなんてわかる。
「ホントね、彼氏が嫌なやつでさ。まあ、結構おじさんだし」
「俺もいずれおじさんになるけど、大丈夫?」
「一緒に成長していけば、別にいいんだよ」
それなら、よりいっそう今おじさんと呼ばれる分類の男性が不憫に思えてくる。
まあ、俺もそうなっていくんだろうな。上手く想像できないけど。
「あのね、あのアパートなの」
俺は彼女の指さす方向を見る。その指先には、古ぼけたアパートがあった。
「私、今看護師やってるって言ったじゃん。そこの、寮なんだよね」
「へえ」と初耳にも捉えることのできるリアクションをしておいた。実際、初めて知ったし。
「なんか、大変なんだよね。仕事が思ったよりさ」
「なんか、元気そうだなっていうのが俺の初対面のときの印象だったけど」
「え、私に対してのってこと?まあ、明るいのが取り柄だったっていうか、」
「まあ、明るくていいことあるのか知らないけど、いいんじゃないの?」
「え、どういうこと?」
俺は一応先ほどの発言を自分で顧みる。ああ、あんまりよくなかったかな、と思い「いや、その、素敵な個性だなって思ったんだよ」と弁解した。
ぶっちゃけ、どうでも良かった。
「・・・そう?でも、正直無理してるっていうか、」
「正直?無理しているの?なんで?正直なんでしょ?」
「いや、なんか自分らしくないなって思って」
「自分らしくないと、いけないんだっけ?」
「でも、辛いっていうか、」
「辛いと、なにかいけないんだっけ?」
「ちょっと、これは人の心がなさすぎるんじゃないかな」と思いつつも、どうもそういった言葉が出てきてしまう。俺だって、辛いよ、と微量ながらに思う。
「・・・あ、まあここなんだけど、・・・もしかして、無理やりついてこさせちゃった?」
「っていうか、寮なのにいいの?」
「・・・え、まあ、・・・」
「バレなきゃいいよね。わざわざありがとう。それに、こないだタダメシ食べられてるんだからねぇ」
「・・・」
ああ、多分その彼氏にもこんな感じで丸め込まれたんだろう。まあ、これに及ぶとは思っていないが。
俺は彼女に前を歩かせて、彼女の住んでいる部屋まで案内させた。まあ、地方の看護師の寮なんてたかが知れている。
「あれ、もういいの?」
「・・・ああ、どうぞ」
「どうしたの?急に元気失くしちゃってさ」
「いや、・・・え?別にそんなことないよ」
取り繕う?というのか?よくわからないが、彼女の精神状態が安定していないことだけは確かだ。精神って揺れるのかな?とふと疑問に思ったが、別に振り子運動をしているわけじゃなくても揺れているという言葉は使うよな、と反論を見つけた。
「あ、そこ座っていいよ」
まあ、自分から誘っているのだから、少しくらいは俺に余裕を見せたいのだろう。俺も、最初はそのつもりだったのだが、どうももう飽きてしまったらしい。
女性の家なんて初めてだと思うのだが、特に思うこともなく、なんのために俺はここへ来たのだろうか。先に教えてくれたら、もっと楽しめると思うのにな。
「あのさ、アニメとかよく見るの?」
「ああ。見るよ」
「私も、結構見るよ」
これが、ヲタクに優しいギャルという奴なのだろうか。その、根の部分はギャルじゃなくて、無理してやっている感じもまさしくそれなのだろう。
でも、こんな御託を並べられていたらこのあと何も起きずに終わってしまうのではないだろうか。それは、避けたいと思うのだが。確かに、このまま童貞で人生が終わってしまうのはあまりにももったいないような気がする。「No buts!」の歌詞を思い出す。「「これは天国行きのチケット?」 道化師は聞かぬふりでおどけた」
やっぱり、答えを教えてくれよ。ぶっちゃけ、このまま何も起きないなら俺は帰りたい。
そういえば、前回女子Aの方が彼氏の性欲が強くて困るっていう話をしていたな。もしかして、そうすればいいのか?もしかしたら、これは「乗り越えなきゃ見えてこない」なのか?
俺にあるのは、きっと合理性だけだ。まあ、もちろんそれ以外もあるんだけど、でも、こういう時に俺の心を動かすのは合理だけだ。
「あのさ、・・・なんで俺をここに呼んだの?」
無愛想に言うつもりだったが、どうも感情がこもってしまった。俺も、まだまだだな、と思った。
「なんか、趣味とか合いそうだなって思ったからさ」
あ〜、わからない。
駄目だ。何をすればいいのだろう。押し倒すべきか?
prrrrr prrrrrr prrrrrrr prrrrrr
電話の音が聞こえた。
「もしもし」
彼女の方だった。まあ、俺に電話をかけるようなやつはそういえばいなかったじゃないか。
「・・・・・」
彼女の顔がどんどん青ざめていく。
俺は、それを眺めている。青ざめるってこういうことなんだな、と素朴な感想を抱いていた。
「・・・・・・・・・」
長い沈黙のあと、彼女は電話を切り、ゆっくりとこちらの方を向いた。
「・・・やばい」
「やばいんだ」
「・・・・・いや、マジでヤバい」
答えを聞かせてくれよ。まあ、あのときは「べつにいいじゃん」なんて言ったけどさ。
「ちょっと、・・・マジで、ハアッ、ハアッ」
彼女が明らかに落ち着きを失っていることがわかった。さすがに、彼女を助けてあげようと思った。
・・・もしかして、寮の管理人みたいなやつに「男連れてきてるじゃねえか」って言われたのかな?それなら、もう少し待ってくれよ。俺にとってどれだけ大切なことだったことか。
「あの、電話の内容だけ教えてよ」
ゴンっ、バアンッ、
突然、部屋の中に大きな音が鳴り響く。さすがの俺も、突然の音に驚き、ビクっと肩を震わせた。
「あの、彼氏にバレた」
なんだ。簡単にまとめられるじゃないか。いや、この状況だからこそ理解できたのか。この扉の音がしなかったら、「彼氏にバレた」だけじゃ危機感を感じられなかったかもしれない。
いや、だからこそこの六文字だけでよかったのか?
「あのさ、包丁とかある?」
彼女は、俺にものすごい力でしがみついていた。動こうという意思が、その場で固まってしまっている。
俺は立ち上がったが、彼女が俺の手を強く握っている。
俺は、思わずため息をついてしまった。
「その手を引く者などいない」んじゃなかったんかよ。
しかしまあ、どうしたものか?彼氏、怒ってんじゃん。前回彼氏の話を彼女から聞いたからな。変なやつなんだ。俺よりも。
・・・・・・
負けたくねえな。
まあ、負けるなら負けるでいいけど、俺もそれなりにやってみたいな。
今は、なんとかドアガードで持ちこたえているけれども、そろそろやばいかもしれない。なにしろ、彼氏の状況が見えない。
prrrr prrrr prrrr prrrr
しつこいな。こいつは、俺のようなタイプではないのはわかった。
俺は彼女の部屋を探し回り、包丁を見つけて、そして座り込んで動けなくなっている彼女にそれを突きつけて、立たせた。俺は彼女の喉元に包丁を突きつけて歩かせ、そして彼女にドアガードを開かせた。
彼氏にそこを攻撃される可能性はあったが、まあ可能性は低いだろうしどうせ、死にはしないんだろう、と判断したので俺はその役目を彼女にやらせた。
先ほどまではただ座り込んでいるだけだったのに、包丁を突きつけるとこんなにも思い通りになるとは。彼女は震える手でドアガードを解除した。
ゆっくりと扉が開いて、彼氏が現れた。
あれ?
なんか、ガタイがいいな。
俺は、一歩二歩と後ずさりする。いくら、彼女を人質に取っているからって、これには敵わねえな、と思った。俺が小さめだからだろうけど、彼氏は一八〇センチくらいはありそうで、それに加えて肩幅もデカい。
こりゃ、無理じゃね?
そうだ、俺は合理的な男だ。でも、今のこの状況が一番安全な気もするんだよな。
「ごめん。でも、これ、違うの」
まあ、この状況なら俺がただの強盗だと思われてもおかしくはない。
「おい、お、おおおおっ俺はずっと見てたんだ。さ、っさささ咲ちゃんがこの男を持ち帰る様を、」
駄目じゃん。そこは、ちゃんとしててくれないと。それに、こいつはこいつで気が弱そうだな。
行けるか?
いや、絶対に無理だ。弱肉強食という言葉がなんで人間界で発明されたか甚だ疑問だったけれども、よくわかった。
あれか?「神が下すその答えは不幸だった そう それこそ神からの贈り物」か?
不幸ってやつですか?
でも、その不幸を乗り越えたら見えるものがあるっていう歌詞だったはずだ。
そういえば、そもそもこの曲はどこで聞いたんだ?
まあ、いいか。
「おい、お、おおおお前はなんだ!?」
「知らん」
「そ、それをおけよ。そして、咲ちゃんを離せ」
一応、俺が彼女を束縛彼氏から守るっていう構図だったはずなのにな、と思いつつも、俺は包丁を握る手を強めた。ハッタリかますのだって、かなりの勇気が必要だ。
「お前こそ、武器とか持ってないよな?」
「は?!もももももももも、持ってない!!」
これだと、ウソついてんのか区別つかねえな。
これは、ヤバい。まあ、似たような場面に出くわしたことがあるような、ないような。どうもさっきから記憶が曖昧で困る。なんか、時間の感覚も曖昧だし。感覚が曖昧っていうのか?多分、時計を見てないからなんだよな。幸か不幸か。神がくれたっていうなら、これを不幸と呼んでいいんだよな。
「おい、そこで土下座しろ」
「おい、お前こそ、離せよ」
「ごめん。一回、二人とも落ち着いてよ」
ここで俺も落ち着いてしまったら、きっとこいつに殺される、のだろう。癖なのか、足元になにか武器になるものがあるんじゃないか、と見回した。もちろん、そんなものはないし、それがあったとしても、それを拾うという行為は俺の唯一もらっていたハンデを手放すことになってしまう。
「俺の、おおおお俺の咲ちゃんになにしてんだよおおおお!!!」
それは、そうなんだよな、と思いつつも、俺はこう見えて死ぬほど焦っているんだ。ヤバいぞ、と。
前は、相手が動かなかったからな。
・・・・・
なんの話だ?
前?
まあ、いい。
「おい、ハアッハアッハアッ。ははは、離せよ!!!」
男がこちらに向かって突進してきた。
俺は、まあ傍から見れば本当に情けない行為だったのだろう。でも、そんなに後悔していないのだ。俺は、男が突進する途中でポケットから刃物を取り出してきたのが見えたから、つい、やってしまったんだ。
俺は、持っていた包丁を投げ出して彼女を盾にした。身をかがめて、彼女の影に隠れる。
男はどうやら、俺の行動があまりにも謎で、少し怯んだらしい。
男が、急ブレーキをかけた。
あれ、これってチャンスなのか?
俺は、男の手から刃物を奪った。彼女を目隠しにして、見事に男の不意をついたのだ。男は、刃物を失うと、尻もちをついて床に座り込んだ。
俺は、頭に刺さるのかが疑問だったので、できれば違う場所を狙いたかったが、仕方がない。他に的がなかったのだ。
俺の突き立てた刃物(刃渡りおよそ一〇センチほど)は男の首に突き刺さった。男から血が吹き出す。せっかくなら、これが動脈血か静脈血かくらい分かる程度の知識を覚えておけばよかったな、と思った。
男は、よくわからないけれども、血を吹き出しながら倒れた。
俺は、ゆっくりと彼女の方を振り向く。
「あのさ、これからヤラせてくれるの?」
カチッ、という音が聞こえた。
と、思う。多分。
また次回もよろしくお願いします




