転生
はじめまして。
結構、哲学的なことを考えることが好きなんですよね。
昨今、犯罪者の問題とか色々ありますけど、結局「罪」ってどこに行くのかなって思ったんですよ。
それを、みなさんと一緒に考えていけたらって思ってます。
比較的短い連載で終わると思いますので、ぜひよろしくお願いします。
あ、哲学は好きですけど、勉強するのは苦手なので、もし至らぬところや間違いがあったら、すいません。
「おい、お前は人生が本当にあっという間だと思っているのかよ」
これは、俺が死ぬ前に最後に彼からかけられた言葉だった。
おぼろげながら、彼のことは非常に気に食わなかった。なぜ気に食わなかったのかは、覚えていない。
正直、俺の人生はあっという間だったし、今の俺に残っている死ぬ前の記憶っていうのは、俺が死ぬ前に抱いた後悔だけだ。死にたくない、と思った。
なぜなら、
あっという間過ぎたからだ。
あと、彼が続けてこう言っていたのも覚えている。
「お前が生きている間に、世界中で何人の人が死んでいると思うんだよ。仮に、お前が生まれた瞬間に死んでいたとしても母親の腹の中にいる間の十ヶ月の間に何人死ぬんだよ。一応な、一日に一六万人って言われてるんだから、十ヶ月三〇〇日だとして、三〇〇×一六万で四八〇〇万人だぞ。それなのに、人生はあっという間だって言えるのかよ」
と、不謹慎かどうかはともかく、彼がそう熱く語っていたことを俺は覚えている。
なにか、もう少し彼が言っていたような気がするのだが、そこはどうしても思い出せない。
俺は、一六歳で死んだのだ。それを、あっという間と思わずしてどうするのだ。きっと、彼だって俺が一〇〇歳くらいまで生きる想定でそんなことを言ったのだろう。
「あ、お疲れ様です。大変な人生、って言うんですかね?まあ、これからも人生長いですから、頑張ってくださいよ」
俺は、今よくわからない空間にいる。確かに両足で立っているのに、感覚も無ければ、下を見たときに地面が見当たらない。きっと、浮き足立つという言葉も、本来はこういう意味だったのだろう。足が浮いているのに、なぜか立っている状態のことだ。
「それで、まあ、私としてはこんなサービスしたくはないんですけど、これは上から言われてることですので、仕方なくやらせてもらいます。でも、まあ最近はそちらの人口が増えすぎたせいでこっちも残業続きで、休みがもらえないんですよ。転職すればいいじゃないかって?こちとら、生まれたときからこの職業しかないって決められているんでね。そっちは、いいですよね。生まれ変わるときに、そんなサービスしてもらえてねぇ」
声が聞こえてくるので、その声の主を探そうと思っても、体が言うことを聞かない。ただ、声色から女性の声なのだろうな、という予測はできるのだが、それ以外のことは何一つわからない。
「その、転生の前に一つこちらからプレゼントというか、能力を差し上げるっていう話になってまして、でも、後から文句言わないでくださいね。返品の対応を受け付けてはいるんですけど、本当に面倒くさいので。基本的には、無しです」
立ったまま、動くことが出来ない。
何か喋ろうと思っても、上手く息が吸い込めないような感覚になる。横隔膜が動く感覚なんて感じたことはないけれども、横隔膜が多分動いていないのだろう、という予測はできる。
「え〜と、なんで死んじゃったのか、・・・なにこれ?あ、・・・そういうことですね。まあ、・・・そういうことですか。じゃあ、あれでいいか」
もしかすると関係あるのかもわからないが、俺の意思とは関係なく彼女の一人喋りが進んでいく。
彼女の言っていることも、ぼんやりとしか理解できていない。 聞いたことのある言葉のはずなのに、意味が上手く理解できない。自分で思う言葉は、なんとなく理解することができているのに、どうも、耳から入ってくる情報の感度が明らかに落ちている。
「じゃあ、そろそろ次の方の対応をしなければなので」
体が、浮いた。
いや、逆か?
でも、逆ってなんだ?沈んだのか?そうではない気がする。世界が沈んでいるかのような、違うような。
とりあえず、自分の感覚を信じてはいけないということだけわかった。抵抗もできないので、俺はされるがままだ。
「それでは、良い人生を」
なんだか、修道服のようなものを着た女性が俺に手を振る様子が頭に浮かぶ。もしかしたら、本当にそうだったのかもしれない。
そして、俺の意識が沈んでいった。
等活
常識っていうのは、いつの間にか形成されているものだ。それを邪魔だと思うこともきっとあると思うが、常識というもの自体を受け入れないことは、きっと難しいのだろう。だって、時間とともに、いつの間にか形成されていってしまう。時間が流れる限り、抗うことはできない。
意識が浮かび上がってから、俺はずっと空を眺めていた。太陽のようなものが、俺の視界の右端の方にずっといるのだ。どのくらい時間が経ったのかはわからないけれども、それにしても、もっと動いていいだろうと思う。
「おい、お前何やってるんだ?」
後ろの方から声が聞こえた。
今度は、俺の体は俺の言うことを聞いているので後ろを振り向いて確認することができる。
「あ、お前男かよ」
俺の周りには、かなり背丈の高い草が生い茂っているのであまりわからなかった。いや、本来はすぐにでも気づくべきだったのだろうが、俺は服を着ていなかった。
「おい、ちょっと待ってろ。服持ってきてやるから、それ着ろよ」
男が来た道をもう一度戻っていった。そして、草をかき分けながら、またこちらに近づいてくる。
体は言うことを聞くはずなのに、それを眺めながら俺はその場にただ立ち尽くしていた。
男が戻ってきて、俺に
「ほら、着たらこっちに来いよ」と言う。
俺は、とりあえず男の言う通りにすることにした。
男との物理的な距離が縮まったので、男の全貌がようやく確認できた。男は、おそらく四〇代くらいだろう。結構がっちり目の体格をしていた。生い茂っている草も相まって、アメリカの農夫みたいだな、と思った。まあ、実際アメリカでは農業の機械化が進んでいるのだから、きっとこんな感じの農夫は絶滅寸前なのだろう。
俺は、男から渡された服を着た。明らかにオーバーサイズだったが、とりあえず着た。よく見ると、太ももの辺りや腕には、切り傷のようなものがいくつかあった。気になりだすと、痛く感じてくる。
なるべく、このもらった服に血がつかないように、手足に力を込めて服と肌が触れ合わないようにした。
「まあ、とりあえず家に来てくれよ」
「あ、ありがとうございます」
俺は、男についていった。
「なんかな、急に人が現れるようになったんだよ。あそこ、俺の畑なんだけどな。兄ちゃんは、なんであんなとこに立ってたの?」
俺は、一応できる限りの記憶を遡るが、思い出すのは、あの空間でただ立ち尽くしていたことや、前世だと思われる場所での後悔だけだ。
「それが、・・・俺もよくわかんないんですよね」
「なんか、そんなことを言うやつばっかりなんだよな。家とか、あるのかい?」
「家・・・ないですね」
「じゃあ、俺の家に当分泊まってればいいよ。その分、働いてもらうけどな」
「・・・・・わかりました」
俺は、裸足のまま彼の畑から彼の家までの道のりを歩いた。やはり、靴の大切さがよくわかる。現代の舗装されつくした道路の上を靴でしか踏みしめたことのないこの足には、地獄だった。
「名前は、わかるかい?」
「名前、・・・名前・・・あ、内田健一って言います」
「え?なんか、みんな変な名前なんだよね?ウティダ?」
「ち、です」
「ウチダ?」
「はい」
「ウチダね。よろしく」
男は、こちらを向くこと無くそういった。
「あ、あれ俺の家ね」
まあ、予想した通りとでも言えばいいのだろうか。それこそ、アニメなんかで見るような、アメリカの農夫の家そのものだ。白い壁に赤い屋根。きっと、その中に作物を保管しているのだろう。
その隣に、同じ色合いだが少し小さめの家があり、きっとそっちの方に寝泊まりできるのだろう。
「奥のちっこい方なんだ。手前の方には色々と保管しておいてあって、扉を開けると色々と問題があるから、なるべく触らないようにしてくれよ」
男がこちらの方を向いてきたので、俺はそのまま「はい」と言って大きく頷いた。彼の顔を間近で見ての第一印象というのは、怖いだった。
「その、家の奥の方は家畜を飼っていてな、まあまた今度案内してやるよ。でも、大事な商品だから傷つけないでくれよ」
男の説明を聞いているうちに、彼の家までたどり着いた。実際近くへ来てみると、隣にある倉庫よりは小さいのだが、結構大きいことがわかった。二階建てだが、横幅もかなり広い。
「そういえば、足を洗ってもらわないとだな。ちょっと、井戸の方まで来てくれないか?」
俺は言われるがままに男についていく。
家の後ろには、井戸があった。歴史の教科書で見るような、石のアーチ状のものだ。なぜ、そんな形状をしているのかは知らない。
「そこで、足の汚れを洗ってくれよ」
今思えば、どうせ土足のまま家に上がると思うのだが、足を洗う必要はあるのか?と思ったが、自分の足を見てみると、思ったより汚かったことがわかった。泥に塗れていて、葉っぱや小石がかなり付着していた。
井戸の底の方から桶のようなものが出てきて、その水で足を洗われることには若干抵抗があったけれども、とてもひんやりとしていて案外気持ちがよかった。
「どこから来たの?」
「その、地球っていう星から」
「地球?聞いたこともないね。それに、星なの?」
なんとなく、状況を飲み込んでいたつもりだったのだが。こういう感じの話は、以前によく読んでいた、・・・ような気がする。なんとなく、体に記憶が残っているように思える。
「そのな、俺も何人かキミみたいに俺の家の畑で立ち尽くしてたやつに会ってきたんだけど、そいつらはみんなニホン?とか言ってたんだけど」
「あ、それです。俺も、ニホンから来ました」
俺と、同じような人もいるものだな。
「ああ、そうなんだね。もう、俺も納得し始めてるっていうか、なんか人が来る場所なんだろうな。理由はわかんないけれど」
ここに転生?してくる条件というのがきっとあるのだろう。まあ、予定より早く死んでしまったことがあまりにも不幸なのだからそんな人のためにきっとこんなことをしてくれているのだろう。
「彼らは、どこに行ったんですか?」
「え?あ〜、まあ、街の方に出ていったよ」
「そうですか」
それなら、きっと俺もいずれは街へ出ていくべきなのだろう。
それにしても、結局ここがどんな世界なのかがわからない。よくフィクションで見るような、文明の遅れた世界なのだろうということだけはわかる。が、魔法があるのかとか、魔獣がいるとか、こことここの国が争っているだとか。あまり期待しすぎるのもよくないのかもしれないが、俺に授けられたであろう特殊な能力もあるはずだ。
前世での記憶が虚ろで、なぜ死んでしまったのかもわからない。でも、きっと神が俺の記憶を消してくれたのだろう。と思っている。それならば、俺はこの世界を満喫するだけだ。
「じゃあ、ついてこいよ。まあ、今日のところはゆっくりしてってくれ」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらって」
俺はまたこの男の後についていく。
家の中は、ほんとうに、いかにもという感じだった。
廊下の壁には、鹿と思われる動物の頭の剥製が飾られていた。それ以外にも、動物にまつわる毛皮やら骨のインテリアがそこら中に置かれていた。
「これ、俺が捕まえたんだぜ」
しらんがな、という気持ちを抑えて「そうなんですね」と相槌を打った。
「まあ、いったんここに座っててくれ。お茶でも持ってくるよ」
そういって、俺はリビングと思われる部屋に置かれていたソファの上に座った。ソファの座り心地は良かったが、俺の半透明の記憶の中にあったソファとは別物だった。おそらく、動物の毛皮が使われているのだろう。馬の上にでも乗っているような気分だった。
しかし、ここで一つ疑問が浮かび上がってきたのだが、案外前世との科学力に差はないのではないだろうか。銃くらいないと、このような動物を仕留めるのは難儀だろう。井戸はあったが、別に水道水を引っ張ってこなくてもいいだけなのかもしれない。農場を作れるくらいの水源がきっと他にあるのだろう。
せいぜい明治時代とか、そのくらいだろうか?ソファって結構前からあるものなのか?
「兄ちゃん、ここに来る前の記憶とか、無いの?なんにも覚えてないの?」
「いやぁ、・・・思い出せないんですよね」
思い出せないと言っても、固有名詞とかはわかるし、自分の名前とか家族構成と家族の顔、くらいは分かるのだが、思い出がなにもない。死ぬ直前と思われる、あの記憶しかない。
「なんか、殺されたような気がするんですよ」
「え?・・・逃げてきたってこと?怪我とかしてないの?ここまで、走って逃げてきたってこと?」
「・・・どうなんですかね?」
男はこんな話を聞いても、特に不思議がるような様子は見受けられない。きっと、こういうやつらにばかり会ってきたのだろう。
「俺って、これからどうすればいいんですかね?」
なんのビジョンも浮かばない。人生をもう一度与えられたからといって、俺は何をすればいいのだ?
「大丈夫さ。とりあえず、当分ここにいて、手伝ってもらって、もちろん給料だって払ってやるよ。そこからは、自由に生きてくれればいいんだ」
男は、本当にいい人なんだろうな、と思った。さきほど会ったばかりの俺に、そんな先のことまで見据えて心配してくれるなんて、前世でもそうそういない善人だ。
「ホントに、いいんですか?そんな、」
「大丈夫大丈夫。それに、外には猛獣もいるし危ない。当分、ここで暮らしてくれたらいいんだ。俺も助かるし、あんまり人と会うこともないからな」
どこに行っても、結局人同士の繋がりだよな、と思った。人の温かみを感じたことがあるのかどうかわからないけれども、ここまで暖かくしてもらったことはきっと、初めてだろう。感じずとも、客観的に見ればわかる。
「結構大変ですよね?毎日ずっとやってて」
「まいにち?まあ、確かに大変だけど」
「街って、どこらへんにあるんですか?結構、遠いんですかね?」
「馬を走らせれば休憩挟まずに着くくらいかな。そこまで遠くはないよ」
「そうなんですね。街は、どんな感じなんですか?」
「とりあえず、人がいっぱいいるな。あと、俺も街の中心の方まで行ったことはないからそんなにわからないんだよな」
街か?なんとなく、都会のビルなどを思い浮かべる。まあ、このくらいの技術レベルならば、都会というのはどの程度なのだろうか。人はきっと沢山いるのだと思うが、建物はきっとレンガ造りのせいぜい四、五階まであるくらいだろう。高い建物は少ないはずだ。
しかし、街に出たからといってなにかやることがあるわけでもない。俺は、この人生で何をすべきなのだろうか。
「疲れてないかい?」
「何もしてないので、大丈夫ですよ」
実際、疲れのようなものはないし、だからといって元気なわけでもないが、これから世話になるというのに特になにもしないのは、きっと傍から見ればあまりいいことではないのだろう。と思い俺が「さっそく手伝いますよ」と言おうとしたところで男の方が「大丈夫大丈夫」と俺の言葉を打ち切ってくる。
「まあ、ゆっくりしていてくれ。ああ、兄ちゃんに部屋を用意してあげるからまあそこでゆっくりしてて。便所は、部屋出てすぐのところにあるし、あと、外は危ないから出ないようにしてくれよ」
「猛獣とかが、こんなところまで出没するんですか?」
「まあ、・・・・・神出鬼没だからな」
前世でも聞いたことのある言葉だ。まあ、前世からの天下り先みたいなものなのか、きっと。
「そうなんですね」
「だから、外は危険だから家の中にいてくれよ。手伝ってもらうときは、俺もいるからいいけど、一人では行かないでくれよ」
しかし、せっかくなのだからもらったであろう能力というものも試してみたいものだ。もしかしたら、俺には世界を一撃で吹き飛ばせるような強力な能力が備わっているのかもしれない。
・・・まあ、そんな都合がいいことはないだろうな。
それこそ、家の中でやるわけにはいかないだろう。
「腹は減ってないか?」
俺は腹に手を当てて考えてみるが、何もわからない。きっと空腹ではないのだろう。
「大丈夫です」
「大丈夫か?兄ちゃん、だいぶ痩せてんじゃんねえかよ。もっと、男なら食べなきゃ駄目だぞ!!」
そういって、男が自分の腹をポン、と叩いてみせた。俺は、黙ってそれを眺めていた。
「まあ、兄ちゃんの部屋こっちだから、案内するよ」
俺はコップに注がれたお茶を飲み干す。今思えば、何のお茶だったのか気にせずに飲んでしまった。まあ、人に出したものなのだから害はないとは思うが、異世界の料理、今度からは注意するようにしよう。
俺はまたもや男の後についていった。廊下は男が歩く度にギシギシと悲鳴を上げている。そして、穀物の匂いがほんのりとしてくる。それに、肉?といえばいいのだろうか。なにか、血なまぐさい匂いもしてくる。
流石に、小屋もあるのだからここで解体なんてしないだろう。それに、牛は解体して肉として売るのではなく、街までそのまま連れて行って売る方が、きっと主流なのではないだろうか。きっと、現代だけなのだろう。牛が欲しいと言うと死肉が出てくるのは。
「ほら、ここ使ってくれていいから」
俺が案内された部屋は、非常に生活感のある部屋だった。ベッドや机、椅子が置いてあって、クローゼットのようなものまである。窓から農場で風にたなびく麦?が見える。それらは全て綺麗にされていて、ついこの前まで人が住んでいたように思えた。もしかしたら、俺のような人が本当についこの前まで住んでいたのかもしれない。
「俺は、仕事してるけど、兄ちゃんはここで自由にしていてくれよ。また、俺が戻ってきたら飯でも食べよう。家から、絶対に出ないでくれよ」
そう言って、男は部屋から出ていった。
俺は、とりあえず部屋を漁ることにした。
しかし、漁るほどでもない。情報も少ないので、なにか刺激が欲しい。この部屋にずっといると、頭がおかしくなりそうだ。
俺は、ベッドの上に寝転んだ。ベッドがもっと反発してくるかと思い、倒れ込むようにしたら、腰を痛めた。触ってみると、こちらも獣の皮で作られており、毛の感触がクセになる感じだ。が、寝ているときは邪魔になりそうだな、とも思った。
今度は、ゆっくりとベッドの上に寝転がる。ふかふかとは程遠い感触だ。硬かった。一体、何が詰められているのだろうか。気になるが、今は腰が痛いので動く気にもなれない。
とりあえず、天井を眺める。異世界に来ても、こういうことするんだな、という気持ちになる。懐かしさといえばいいのだろうか。なにやら、頭の中がむずむずとしてくる。
それにしても、やることがない。疲れてもいないから、眠くもないが、とりあえず俺は目をつぶった。目をつぶっていれば、案外すぐに眠りにつけるものだ。
なんだろうか。違和感、というか、やはり記憶が思い出せないことがどうも気になってしまう。
なんとか思い出せる景色には、人は一人も映り込んでいない。家とか自分の部屋とかも、頑張って思い出そうとすると、薄っすらと浮かんでくるが、それを掴もうとすると、どこかに逃げられてしまう。
そもそも、死んだのか、ということ自体あやふやに思えてくるが、死んだときの痛みだけははっきりと思い出せる。腹が裂けるように熱くて、いっそ死んでしまいたいと思ったくらいだ。まあ、図らずしも希望が叶ってしまったわけなのだが。
俺はまあいいか、と思い眠りについた。
目が覚めた。
体中が痛い。やはり、こんなベッドで眠るべきではなかったのかもしれない。俺は、ギギと音のなる体をベッドから無理やり起こして周りを確認する。窓の外は、まだ明るい。もしかすると、また明るくなるまで寝過ごしてしまったのかもしれない。
服は、俺の汗でビチョビチョになっていた。おそらく、毛皮のベッドのせいなのだろう。汗を吸わない素材のせいで、汗が全て服に吸収されてしまったのだろう。
俺は、服を一度脱いでパタパタと仰ぐことで、気休め程度に服を乾かす。仕方ないのでもう一度着るが、やはり気持ちが悪い。服の素材も、何が使われているのか皆目見当がつかない。技術的に、綿花や生糸の類なのだろうとは思うが、それが化学繊維とは比べ物にならないのだろう、という考えのもとで、きっとそういうので作られているんだろうな、と決めつけていた。
俺はクローゼットの中から服を取り出してそれに着替えることにした。やはり、なんの素材が使われているのかがわからない。見た目は前世でもとくに違和感のないようなジーンズのようなパンツに、上は、・・・なんと表現すればいいのかわからなかった。強いて言うなら、イヌイットとかが着ているようなものだろうか?やはり、毛皮で作られているのだろうか?だが、ソファに使われているような毛皮とは違う感触だ。牛とかか?
まあ、そんな疑問だらけの服そ着て、俺は家にあの男が返ってきていないか調べることにした。もし、勝手にこの服を着ていることを怒られても謝ればいいだろう、と思っていた。
すると突然、リビングの窓の外からものすごく強い光を感じた。思わず、目を閉じた。
眩しくて動けないのは、初めてだ。
腕で顔を覆う。眩しいこと自体は毒ではないと思うが、なぜこうも顔を覆ってしまいたくなるのだろうか。失明する、ということなのなら、光を感じることは目の本来の役目なのに、なんで駄目なのだ。それは、あまりにも弱くないか、と思ってしまう。視覚を任されたのだから、その専門分野で負傷することなど許されないはずだ。他の部位ですら、あまりにまぶしいからと言って機能しなくなることなんてないのに。
もうそろそろいいかな、と目を開けようとすると、まだ光っていることがわかる。こちらの世界に来てから時間の感覚がどうなっているのかわからないが、それでも一、二分は光り続けていたと思われる。
ようやく目を開ける。が、なにが見えるわけでもない。窓の外を眺めても、特に変化はない。
俺は、ずっと家の中にいるのもな、と思ったので、何か武器になりそうな物を持って外に出ることにした。それに、あの男だってまともにあの光を見ていたら、失明して動けなくなっている可能性だってある。
俺はとりあえずキッチンらしきところに置かれていたナイフを持った。水道がないと、キッチンかどうかわかりにくいな、と思った。
俺は眠るときに靴を脱いでいたことを忘れていたので、一度自分の部屋まで戻り、靴を履いてから家の扉を開けた。
やはり、とくに変わった様子は見受けられない。
俺は、一応周りを警戒しながら、自分が立ち尽くしていた畑とは逆の方へと歩いた。
近づくにつれて、ケモノ臭さが強くなってくる。なるべく呼吸の回数を減らしながら、牛舎に近づく。昨日かどうかもわからないが、牛舎の全貌を確認するのは今回が初めてで、正直「こんなものか」と思った。確かに、現代の牛舎はかなり牛にとって過ごしやすいものなのだろう。ただ、柵で区切られた空間に牛がいるだけだ。でも、これで十分なんだろうな、と思った。
牛たちの鳴き声が聞こえる。知っている声だ。天下り先なだけあるな、と思った。非常に、過ごしやすそうだ。言葉が通じなかったらどうしようか、と思っていたところだったから、非常に安心できる。こちらの方には、男はいなさそうだ。
奥の方にもなにかあるのだろうか、とは思ったが、猛獣にナイフ一本で立ち向かうのはあまりにも無謀だな、と思ったので、次に畑の方を確認しにいくことにした。そこに男がいなかったら、家に戻ろう。
牛の近くにいたので、段々と彼らの匂いにも慣れてきたな、と思っていたところで牛成分ゼロパーセントの空気を吸うと、全身を洗われたかのような感覚になった。呼吸がしやすい。きっと、先程までは肺が萎縮していたのだろう。
俺はスッキリとした気持ちで畑まで向かった。
そこら辺の植物のほとんどが、緑色をしていなかった。農場だから、というのも関係しているのかもしれないが、もしかしたら今は秋なのかもしれない。程よい暑さ、といった感じだ。人も少ないので、多少暑いくらいが心地よい。
俺はナイフを握っていることを忘れて、ぶらぶらと手を前後に揺らしながら歩いた。
畑に生えているこの名も知らぬ植物は、やたらと草丈が高く遠くが見渡せない。まあ、昨日?も思ったことだ。ここで倒れられていたら、かなり探すのが困難だ。
俺は一応「大丈夫ですか?」と声を上げながら歩いた。が、大きな声を出すのはあまり性に合わないと思ったので、せいぜい半径三メートルくらいにしか届かない声で索敵していた。
すると、何か違和感というべきだろうか?なにか、匂いがした。それは、アンモニアのような、でも弱々しい匂いだ。もしかしたら、牛の匂いが俺に移っただけなのかもしれない。
茂みの中にほんの少し開けた場所があるのも薄っすらと見える。
俺は、ゆっくりと歩を進めた。思い出したので、ナイフを構えながら前に進む。あまり、恐怖は感じない。いや、さすがにこのまま死ぬのはもったいない、という損得勘定は強く働いていた。
まだ、一日経ったかどうかも怪しいのだ。さすがに、このまま死ぬのは情けない。もしかしたら、前世でも情けない死に方をしたのかもしれないが、それにしても情けない。二度も同じ失敗をしたくはない。
でも、多分俺が立っていたところなんだろうな、となんとなく予想はついていた。が、声が聞こえてきた。
声、ではないのかもしれないが、唸り声のようなものだ。ゥ゙、とかグ、というような声が聞こえる。
俺は、身を屈めた。猛獣か?でも、音程が高く、人の声のようにも思える。声にはバリエーションがあったし、人の声だと仮定したら、感情も少し読み取れる。
俺は、近づいてみることにした。
「おい、おらっ!」
男の、迫力のある声が聞こえてきた。それに、聞き覚えがある。
「おら、どうだ!」
その声と一緒に、パンパンというなにかがぶつかり合うような音も聞こえてくる。
俺は、もう、ズカズカと男に近寄っていくことにした。
なんとなく、察したのだ。
「足上げろよ。殺すぞ」
そのあとには、肉と肉のぶつかり合う音とおそらく女性のうめき声のようなものが聞こえてくる。
「あの〜、なにやってるんですか」
俺は、男に姿が完全に見えきらない位置から男に声をかけた。男はズボンを半分ほど下ろしていた。そして、どこから現れたのかわからないが、全裸の女性がそこにはいた。俺と、おそらく同い年くらいなのだろう。すでに、顔には涙の路線図が開通していた。
男が、こちらを向いた。クソ、という捨て台詞が聞こえたので、俺はそれを拾い「なんて言いましたか?」と男に質問した。
すると、男が目線を落とし、明らかに俺のことを恐れるような表情を見せた。おそらく俺の持っていたナイフに気づいたのだろう。
「ちっ、違うんだ。これは、お、俺はなにもしていない」
「なにやってるんですか」
女性の方は、全裸のままそこから逃げ出していった。男が「あ、おい」と彼女を止めようとしたが、俺の目の前でそんなことをする余裕はないようだ。
俺は、きっと男が持っていたのであろう干し草をほぐすためのフォークを手に取った。もしかしたら、女性を脅すための武器だったのかもしれない。男は腰を抜かして、下半身丸出しの状態で後退りしていた。
「すまなかった。でも、もう、こんなことはしない!それに、兄ちゃんとは別になにもなかったじゃないか。そ、その、同じ男のよしみだろ?まあ、このくらいさ、み、みみ見逃してくれよ」
「別に、なんでもいいですよ」
俺はフォークを突き出し、それが男に刺さった。
肉を刺す感覚というのは、思ったよりもはっきりと感じられて、男の体内がどのような状況なのかが、一メートルほどはあるであろう持ち手を通して俺に伝わってきた。
俺は、当分その場に立ち尽くしていた。
どこか、懐かしい気持ちになった。
なぜだろうか。
だが、別に、気持ちよくはない。
どうですかね?
まあ、ここからおんなじような話が続きますので。
何度も言うようですが、ぜひ一緒に考えていけたらって思っています。




