邪教?登場
街の宿屋では、リルとヘレナが取り残されている。
「いったいどうしたんだ?!」と、宿屋の主人と女将さんが駆けつけてきた。
「わ、わかりません。」「急に部屋にいた人たちが、姿を消して…そういえば、リュカとマリーは?!」「ほんとだ、いなくなってる!」
緑色の宝石が床に転がっている。リュカの御守りであるその宝石は、リュカの母からの形見だった。
「大変!きっと連れ去られたんだわ!」「ねえ、リルどうしよう。」
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「おい、どうする…」「厄介な者を連れてきちまったなあ…」
リュカとマリーは、柱に縛られている。あの後、騒擾の混乱のせいで、リュカとマリーは、男たちに拉致されてしまった。
声の主たちは、「俺たちの存在を知ったからには、生かしておくわけには…」という物騒な声が聞こえる。だが、その声は同時に消極的だった。
「マリー?」「なあに、リュカ。」「彼らは僕らをどうしたいんだと思う?」
「うーん」しばらく考えて、マリーはこう言った。
「私達の利用価値を考えているんだと思う…。私達の素性はバレてるから、身柄と交換にカトゥルに要求を吞ませようと考えているんだわ。」
「さすが。帝国のお嬢ちゃんは、違うなあ」と声の主が扉を開けた先から光が差し込んでくる。
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「あなたは!」それは、商人のリーダー的存在だった人だ。
「俺の名は、ハサン 。」
「ハサン?どこかで聞いたような気がするわ。」とマリー。
「思い出した!」とリュカは、頭の中で報告書の内容を反芻した。
「ハサン。ダボク教の教祖と思われる人物。偶像邪神を信仰し、人々を惑わす。」
「教祖とは、ずいぶん持ち上げられてるなあ。ダボク教は、何千年も前に生まれ宗教だぜ。俺が教祖だって?とんでもない。おれは、施主なだけだ。」
「施主?」
「まあ、庇護者ってところよ。」
「施主とは、我々ダボク教の僧に対し、施しをなさるお人を言うのです。」奥から出てきた老人が言う。
「じいさん。こいつらに顔がバレてもいいのかよ。」
「この者たちは、根は悪い人たちではないように見えるからのう…」
「どうなっても知らないぞ。」
「私は、ネンザと申すもの。」
「ダボク教にそんな人がいるとは、聞いたことがないね。」
「当たり前だ、おれたちがずっとひた隠しにしていたからな」とハサン。
リュカは一瞬死を覚悟するが、テレサ皇帝からの「生きて虜囚の辱めを受けよ」という言葉を思い出して、生き残る決意をする。
「ネンザさん?私達を解放してはくれないかしら?この縄はきつすぎるわ。」
「ふむ…」と考えるネンザをハサンが制止した。
「だめだ。虎を縛るのにきつくしないわけにはいかない。」
「虎?」とリュカ。「お前たちをこのまま返せば、必ずわれらに害をなすからな。」
「そんなことはないわ!」とマリーが叫ぶ。
その声におじけづいたのか、ネンザとハサンは奥へと行ってしまった。
「(あいつらどうする。)」
「(カトゥル帝国の宰相閣下とその友人に見受けられる。)」
「(それはわかる。生かすのか?殺すのか?)」
「(無駄な殺生はしたくない。)」
「(そんな悠長なことを言ってる場合か)」
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「あなた方ダボク教は、なぜ民を惑わすのですか?」
「…あなた方は、ルーサク教を信じておられましたかな。」
「まあ、信じるというより、生まれつきその教えしか触れたことがありませんから…」とリュカ。
「マリーもそうだよね?」とマリーに振ると、マリーは首を横に振る。
「いいえ。」「私の故郷は、多宗教国家だったの、私自身は故郷の少数派だったルーサク教を信じているけど、ダボク教の教えを信奉する人々が周りに大勢いたわ。」
「え。」リュカにとって意外な返答だった。僕は、マリーのことを本当に知っているのだろうか。
「ルーサク教は、唯一神を信仰なさるとか。」「あ、はい。そうです。女神・マリア神しか信奉しません。」「そのような、ルーサク教にとって一番の敵とは何ですかな?」
リュカはその質問に戸惑った。マリーをふと見ると、マリーは頷いて僕の代わりに返答した。
「『わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。』この原則に反するものかと、つまり多神教徒や異教徒。」
「いかにも。」「マリー。説明して。僕には珍文漢文だよ。」
「ルーサク教の10の戒律を思い出して。」
「わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。
偶像を造ってはならない。
主の御名を、みだりに唱えてはならない。
安息日を守り、これを聖なる日とせよ。
父母を敬え。
殺してはならない。
姦淫してはならない。
盗んではならない。
隣人について偽証してはならない。
隣人の家を欲してはならない。」だよね?
「で、これに反した者は?」「たしか、地獄に落ちるんだよね。」
「それだけじゃないわ。簡単に言うと、社会的制裁を受けるのよ。」
「じゃあ、他の宗教の人々は…」
ネンザは、こくりと頷く
「排除・排斥、場合によっては虐殺の対象となります。」
「そんな!」リュカは声を上げた。
ネンザさんや信徒の方々は、滂沱の涙を流し、嗚咽を挙げた。
「俺たちは、普通に生きてきたいだけだ。」
「なのに、自分の信仰の核を隠さなきゃなんねえ。」
ふと、リュカが周りを見渡すと、女性や子供たちも集まってきた。聞けば彼らもダボク教徒らしい。
その目には、恐怖と、わずかな希望が混じっている。
「帝国の宰相様……」
一人の女が震える声で言った。
「私たちは、ただ祈って生きたいだけなのです。」
「帝国の宰相様、お願いです。我らに信仰の自由を御認めになっていただけませんか?」
「しかし、人々を惑わす宗教なら、認めるわけには…」とリュカが言うと、
「だから、それは誤解なんだって!」とハサン。
ハサンは、ネンザに提案する。「どうだ。あいつらにあれを見せては?」
「あれは、この教えの秘儀だぞ。」「こいつらを理解させるには、仕方ない。」「ふむ…」とネンザは、紫とピンクの巻物を持ってきた。
「これは、我等の宗教の根本の秘儀に関わる書物で、十三経と申すものです。」
「ネンザ。その言い方ではよくわからぬぞい。」とハサン。
「おお、すまなんだ」
「簡単に言えば、教育カリキュラム総覧だな。」とハサン。
リュカとマリーはその内容を見て驚いた。そこには、報告書にあるような戦と女色と欲望の限りを好む性格とは裏腹の、むしろ静寂と真理の追求を好む学者たちというのがぴったりな性格の宗教である。
「でも、つい最近もクラレットジャグが盗まれたのは、ダボク教の仕業じゃないっけ?」とリュカ。
それに対し、ハサンとネンザは目を丸くする。
「そんなこと、総本山から聴いてましたか?ハサン?」「いいや、ちっとも」
「じゃあ…」「容疑者が嘘をついてる可能性が高いわね。」とマリー。
リュカは、スクっと立った。「提案があります。あなた方にかけられた冤罪を晴らさせてください。」
「どうするというのだ?」とハサン。「カトゥル本国に、ダボク教はクラレットジャグの盗難と無関係だと伝えます。さらに、積年の禁教令を撤回してもらうよう、頼んでみます。」
「そんな無茶な!」とネンザが叫ぶ。
「渡りに船だ。ネンザ、ここで宰相と手を結べば、いいんじゃないか?」と、ハサンは乗り気だ。
「しかし、帝国本国が禁教令の撤回を受け入れるとは思えぬ。」と、あくまでネンザは躊躇する。
「なら、条約を結びませんか?」「条約?」「もし万が一、禁教令が撤回されない折は、私の封土・カナイマでの布教をお約束します。」
ハサンとネンザは、目を丸くする。「いいのか?」とのハサンの問いに対して、リュカはにっこり笑いかける。
「そういうことなら、お願いしたい。」とハサンの依頼を受けたリュカ一行はひとまず首都に帰ることとした。




