№94. ガラス細工の上に
アルスメードは二つに砕け、ガラス細工のように散っていた。聖剣は本来、壊れるものではないのだが……。ロード自身がそうさせたのかな。
(それもあるじゃろうが、そなたが剣聖じゃからじゃ。元より万物を乗り越え斬るための剣、斬れぬものなどない)
(矛盾じゃん)
(もちろん無条件では斬れんじゃろうな。本来は不可壊、それに変わりはない。しかしそれを唯一、斬れるのがそなたじゃ)
結局は矛盾じゃんとは思うが、今大事なのはそこじゃないか。赤く染まったアマテラスを払うように回転させ、綺麗な白銀を取り戻してから鞘に収める。高い金属音が小さく傷に沁みた。
「げほっ、げほっ……はぁ。……死ぬのは、初めての経験だな。……我は——絶望は負けたのか……」
「……そうだな。ボクらの勝ちだ。……地獄で悔いとけ……」
ポツポツとこぼす声を聞きながら、耐えきれずに腰を下ろした。全身が軋み、神経までもが掻き回されているような気分だ。指先は震えるし、左腕の感覚はない。消えた左の指と頬に走る痛みからするに、解放前の傷は治ったわけではないようだ。
「んっ……がふっ、げほっ!」
肺の奥でゴロゴロと何かが転がる音がする。気道は擦りむけたような鋭い熱を帯びている。死ぬほどではないが、気を抜いたら意識が飛びそうなほど。
「……やってくれたな……色々と。……お前のせいで……バラムランデが復興できるか……どうか……」
「……我は悔いてなどない……。人道に逸れていようと……この世界はそういう世界だ」
ボロボロと身体が崩れていく。アルスメードの不老の力を失ったからか、皮膚が砕け、骨も溶けていった。いつしか塵となり、全てが消えた。
昔の友としてみればその光景は耐えざるもの。今のメルナとしては分相応の最期。複雑だ、どこまでも。
「はぁっ……はぁっ……!」
「っ、メルナ。もう終わった。落ち着こう……ゆっくりだ」
倒れそうになったところをアルさんが受け止めてくれて、そのまま丁寧に仰向けに寝させてくれた。真っ暗な空に一つ、金色の月。その美しさが余計にこの世の悲惨さを語っていた。王都は消え失せ、王宮も崩れ落ちた。あるのは残骸と氷の破片ばかり。
「……っ、ダメだなぁ、ボクは……」
無意識に、目から一筋の雫が落ちた。どれだけの人が死んだだろう。シア、ゼノヴィオ、ベルアルド兄さん。……国王様とミリア殿下、他の人達も炎の熱に耐えられただろうか。結局、ロードの言う通りだ。最終的に勝ったところで、得た希望なんて何もない。
「だははははッ! やッと終わッたか、戦争はッ! 長ッたるいんだよ、小娘ェ! とッとと終わらせねェか」
「お前……」
いつになく愉快で、そして傷口を叩くような大声。瓦礫の下から現れたのは黒猫——の姿ではない、本来の悪魔の姿のゼルだった。可愛さを失い、いつも以上にムカつくヤツだ。
「げほっ……お前はさぁ……何で手伝わないかなぁ……っ」
「バカ言ッてんじャねェよ。俺様が危険な戦地に行くわけねェだろッて前も言わなかッたか?」
「んなっ、ふざけた理由で……」
「そもそもテメェとの契約で人様に危害を加えられねェんだよ」
そういえばそんなこと契約したっけか。にしたって……もうちょっとこう、コイツは役に立てるだろうに。魔王級となると戦闘にはならなくても、盾役にはなるだろうし。と、そんなことを考えた矢先。ゼルが出てきた穴からメイド服の少女——ナナが飛び出してきた。
「メルナ様……メルナ様!! ご無事ですか!? あぁ、お怪我が……っ。すぐに回復薬を用意させます! して、その瞳は……?」
「私も気になっていたが……メルナには分からぬだろう。回復薬は待て。メルナはさっき完全回復薬を服用したばかり、そもそもこれ以上使っていいのかどうか……」
確かに、薬を飲み過ぎている。特に完全回復薬を飲んだ以上、見えない負荷が大きいはず。しばらくは使えないか。——いや、今はそんなことは後だ。ボクのことはさておい、ナナはひとまず無事だった。それが大事だ。ゼルと一緒にいたのか。だとしたらゼルも役に立つじゃないか。
「城が崩れたときに、ゼルが部屋を守ってくれたんですよ。なので城にいた者達は怪我は負っていても死者はほとんどいません。上にいた皆さんも、ロードが見ていない間にゼルが引きずり込んでくれたので……」
「げほっ、じゃ……じゃあ……」
「国王様もミリア殿下もご無事です。アナスタシア様と竜王様も……」
その報告にアルさんはパッと顔を輝かせたが、わずかな曇りが見えていた。兄さんはダメだったか。いや、分かってはいた。あの人は目の前で消えてしまったから……他の二人とはわけが違う。わけが——
「なんでっ……胴体を切断されて……生きて……?」
「アナスタシア様は聖剣の力で無理やり回復したらしく、竜王様は自力で身体をくっつけておりました。二人とも瀕死のため、今は例の部屋で眠っております」
「そう、か……」
よく分からないが、そうか。そうか。二人とも持ち前の生命力が相当だったらしい。それで斬られても生きてて……そうか。いや、ボクが言えたことでもないだろうが。
「アルスメードを相手に……生き残れたのだ。それで良い。私達の勝利だよ」
「……はい」
宥めるような甘く柔らかい声に意識が沈んでいく。身体の痛みは取れないが、心はほんの少し軽くなった気がした。気のせいかもしれない。何にしても、ボクらが勝ったことに違いない。
後に聞いた話だが、そのほんの数分後。雷が鳴ると同時にカイロ・サンダースがやってきたらしい。聖紋から聖議会への連絡が行っていたようだ。欲を言えばもっと早く来てほしかったが、彼のおかげで世界中への報せは最速で広がることとなった。
幾百人もの魔導師、医師が送られ、城から順に復興が始まった。もちろん、死者が帰ることはない。弔う余裕もしばらくない。それでも皆が手を貸し、力を貸してくれた。——ボクが目を覚ましたのは、それから五日後のことだった。
第十二章完結、ありがとうございます!
公開済みの設定と本編では語らなかったところを一部まとめてみました!
◇ロード・アルスメード
七〇〇〇前、真世界に生まれた天使。第一の剣『堕天の聖剣』アルスメードの主であり、最初の聖剣持ち。普段は白髪だが、解放するとわずかに変化し銀色に。メビウスやホルネィとは親友だったが死別。しかし当時の復讐心は世界全体には及んでいなかった。
そして数百年前、世話になっていた村が崩壊、村娘達が悪魔と契約した一部の人間に攫われる事件が起こる。彼らの拠点にあったのは弄ばれ、貪り食われた死体。中でも目に入った妊婦の死体が彼の観念を狂わせた。子孫がいるのかは不明。趣味はない(かつての趣味は人の研究を手伝うこと)。
◇アナスタシア・ドラグメイデン
第二の剣『龍狩の聖剣』ドラグメイデンの主。いつもホワホワしているが、ふと表情を堅くすることがある。そういうときは別に何を考えているでもない。メルナを可愛がっているのは単純に可愛いからであり、深い理由はない。趣味はコーヒーを飲めない人の前でコーヒーを飲んでお姉さんぶること。テンヤには成功した。
◇ホルネィ——本名ホルネィ・ワルトファーレ。この世界の主神であり元天使。それより以前にはハルノと呼ばれる神がいたが、詳細は不明。ホルネィ自身は母であると言っているが、普段のズボラな性格が祟って信徒にすら信じてもらえない。信徒は何を信じてるのか、とたまに愚痴る。趣味は特にないが、常に愉快であるため全てが趣味とも言える。
◇メルナ(月の神)——アルナリュートが名付けた際、参考にした神の名前(№02.参照)。神話上に記されている神ではあるが、実在するかは不明。中には月の魔力を持った魔導師のことだとする文献もあるが、それとは関係ない。ホルネィは「創成期より前の神様だよー、確か」と語るも、もちろん証拠には使われていない。
①実はバラムランデ王家は太陽の力を持っている。現代ではその片鱗を見せることもないが、もしかしたら覚醒することもあるかもしれない。しかしそれを知る者は誰一人としておらず、力と呼べるようなものではない。
②この世界における月や太陽は地球のそれとは大きく異なる。月は真海と呼ばれる特異な水を中心に持ち、その表面に氷や大地が浮いている天体。太陽は原初の神が創造したあらゆるエネルギーの元となっている尽きない炎である。
③メルナが真の聖剣解放を使うと悪魔の力が強く表に出て、魔剣ツクヨミを実体化させる。この際ツクヨミに纏ったのは青白い炎『月の焔』であるが、アマテラスに纏った黄緑色の炎は『黄泉の焔』という異なる魔力。本質は似ているものの、より熱量の往復が容易く、加えて防がれづらい力。
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