№93. 月
地下から大地を突き破り、空を駆ける。二つの刀を構えながら地上へと戻ってきた。太陽はもうない。ロードは空中で身を捩りながら黒い翼を背中から生やした。
「ふふっ、はははッ! 良い力だ! これほどのパワー……その変化は一体……ッ!?」
「時間がないんだ……って、言わなかったか……っ!」
尻尾を振るいながらさらに高く跳ね上がり、空に浮かぶロードのすぐ隣まで昇った。視線を向かせるよりも速く、刀を重力に乗せて振り下ろす。依然として防御はされるが、衝撃は殺せない。
「堕天……野郎がァッ!!」
「結構じゃないかッ……!」
二本の刃はただ一点で交わり、力が集約。空を飛ぶロードを叩き落とした。聖剣を伝って炎が引火し、手元と肌を凍らせる。
「はぁっ、はぁっ……疲れるな、コレ……」
「……メルナ、なのか? 下で何があった……?」
「……っ! アルお姉様!!」
死闘の最中だというのに、彼女の声に胸が弾んでしまった。生きていた、その事実だけですっと胸が軽くなったような気がする。他のみんなが散ってしまったからこそ、余計に重い。
「げほっ、げほっ……。怪我は、平気か? 私も何か……」
「……嬉しいですが、アレには近寄らない方がいい。なので一つ、お願いが——」
「ははっ、飛ばしてくれたなァ。首が砕けそうだ」
笑い声を上げながら、彼は重い足取りで歩いてきた。やけに興奮気味なのはそれほど削れているという証拠かどうか。片手でアルさんを制し、後ろに下がらせる。
「——分かった。任せてしまってすまない。死ぬなよ」
「えぇ、お姉様こそ頼みます」
「話は終わったか……ッ!!」
ロードの突進を右手のアマテラスで受け止める。ぐいと力を込め、その方向をボクのすぐ近くに向け。身体が浮いたと同時にツクヨミの太刀を叩き込んだ。
「『日食』!」
「くっ……ふふッ」
高い音を轟かせ、太刀が止まる。アマテラスで抑えていたはずの剣。それが咄嗟に抜かれていた。聖剣を大地に突き刺すように受け止められ、を支柱にロードの燃える右脚が襲いかかる。
「ッ……速いな!」
「はっ……。鈍いんじゃねぇか、ロード……!」
正面から対応するように、右脚に冷気を纏って受け止める。バキ、と砕ける音に乗って鈍痛が走る。一度はゼノヴィオに折られたはずだが、まるで意に介さないのは魔力強化のおかげか。
「『黄泉』……」
「くッ……!」
両の刀を並べて構え、下段から上に刃を向ける。魔力を込め、爆発の手前で固定。その勢いに乗せるように振り上げた。
「『陽光』ッ!」
「ぐあッ!」
爆発が轟き、熱と冷気が衝突。空気を膨張させながら斬撃を天に向かって放つ。地震のように天地が震え、黄色と青の魔力が音を斬り裂いた。
「くッ……ははッ。これはこれは、参ったな。末恐ろしいものだ、主の力……ッ!」
「んなこと言うなら、譲ってくれねぇかな……ッ!」
翼を広げ、また迫る。アマテラスで受け、ツクヨミで攻める。高く鳴る衝突音が次第に加速していた。一太刀、そしてまた一太刀。隙を縫うように蹴りを入れ、身体を回しながら反撃する。
「『剣聖』か……」
「ずっとなァッ!」
「ッ……がふっ」
剣戟の中、ほんの僅かにスピードが上回った。防御されるよりも先にツクヨミがすり抜け、胸を刺す。心臓は外れたが、赤い血液が凍てついた。
「ボクがお前をォッ……!」
「くッ……!?」
突き刺さったままの刀を振り上げ、魔力を爆発させる。その拍子に打ち上げられた身体を見据えながら屈み、二つの刀を構え直す。翼で身体を包み、防御を固めるのを見据えながら。脚を伸ばし、勢いに乗せた斬撃を魔力ごと飛ばす。
「叩っ斬るッ!!」
「づぁッ……ァああッ!」
天地を砕く大嵐。その旋風の一つ一つが刃を孕み、絶え間なく襲いかかった。暗雲を散らし、雷のごとき音を轟かせる。魔力が底を突いたのか、ボクの脚は震えて崩れた。
「はぁっ、はぁっ……げほっ、がはっ」
宙を漂う冷熱を帯びた砂煙。膝をつきながら濁った血を吐き、瞼を細めてギラと睨んだ。荒れる呼吸と鈍い感触。全開の力を叩き込んだが……。
「——天の監獄、地の地獄。主なる天上の唯我独尊。黒き炎は天より堕ちる。鉄の雷は大地を堕とす。砕き、堕とし、焼き払え。森羅万象を無に帰す力。我が力に名を与えん」
「なん、だ……?」
不穏な詠唱と共に煙の中から現れた、翼を広げた大きな影。ところどころが焼け焦げ、そして氷に砕かれている。吐き出す血液は赤黒く、瞳はすっかり霞んでいる。なのに、聖剣を握る手が緩まない。
「万象を堕とし、万理を罰せよ! 天をも揺るがさん天使の裁き!『天誅罰』!」
「ッ——!?」
天が割れ、大地が砕けた。考える暇もなく、全てが強く発光する。全てを焼き尽くす爆炎の熱。全てを分解する雷の威力。その圧倒的なエネルギーが全方位——無差別に炸裂した。
「はッ……はッ……!!」
「げほッ、げほッ。……流石、だ。その傷でなお……はァッ、はァッ。立っているとは……」
左腕の感触がない。ポタポタと、地面に赤いシミができる。腹を貫いているのは聖剣アルスメードか。爆発と同時にボクに投げ、刺したらしい。
右手が掴んだアマテラス、それが無意識に正面に構えられ、爆発の威力を半減していた。ボクより後ろの被害は小さい。けれど見渡す限り、街も消え失せた地平線だった。
「ッ……」
「主は……頑張ったものだ。……これだけの力を見せた、それは事実」
「ぐぁッ!!」
降り立ったロードが剣を抜き取った。鋭い痛みと共に赤い液体が溢れ出す。ドク、ドクと脈をも流した。フラリと頭が揺れたかと思えば、解放状態が終わる。
「かはッ……はッ」
「我の絶望が勝ったまでのこと。……楽しかったぞ、メルナ・アマテラス」
グラグラと揺れる瞳、視界。迫り来る刃が心臓を捉える。殺すための刺突、防御しなきゃ死ぬ。ただそれだけの魔力がない。——小さな声と共に、熱く燃えた。
「がッ……!」
「ッ……!?」
鋭い刃が胸を貫いた。心臓の近く、肺を掠めて。冷たい金属が背中まで通り、その感触のままに一歩、進んだ。
ボクのことをメルナと呼んでくれたアルさんの声。その声が届くと同時に送られた彼女の持つ『月の焔』。ただの一発。ただそれだけの魔力が、アマテラスに新しく宿った。
「ッ……ははっ、天晴れだ」
魔力を一つ、紐解くように。筋力増強の加護で押し、魔力増幅の加護で暴発させる感覚だ。剣聖の加護で学んだ……ロードの剣技。全てをこの右腕一本、アマテラスに懸けて——!
「『月燈』ァ!!」
「ぐッ、はァ……ッ」
右上から、振り下ろす。極限まで下げた熱の炎がその鋭さを加速させ、そして昂る炎熱が斬撃そのものを爆発させた。
凍った赤い粒が散り、丸々と太った月を照らす。——パキン、と。黒い夜空に小さく響く。第一の剣『堕天の聖剣』アルスメード。その刃は二つに斬られ、金色の光を美しく反射していた。




