№95. 地平線の先まで
「はい、口開けてー」
「あ、あー……」
「……うん、傷はおおよそ塞がっております。でも、まだ運動はしちゃいけませんよ。完全回復薬もこれ以上は服用してはなりません。あと一回か二回、本当に死にそうなときだけです」
「はい……。分かりました」
そう残すといくつかの薬を置いて、医者の婆さんは部屋を後にした。ロードとの戦いがあってから一週間、城の復旧はそこそこといったところ。寝泊まりができるだけの部屋がいくつか用意されただけだ。
「メルナ様、お身体は痛みませんか? いえ、痛むでしょうが、たとえば呼吸するだけで苦しい、とか」
「ふふ、そんなことはないよ。ところどころに違和感はあるけど」
「違和感で済んでいるだけ上等だろう。喋れるようになったのも今日から。まだ休め」
部屋にいるのはいつもの二人、ナナとアルさんだ。ゼルはどこかに遊びに行ったのだろうが、まぁアイツはどうでもいいか。ゼノヴィオやシアは他の部屋で療養中だというし、国王様達は兵士や国民を引っ張っているらしい。
「……やっぱり、左腕は動かせないのか?」
「そうですね……残念ながら。解放中はまた違うとは思いますが」
アルさんの言葉に視線を落とした。命は助かったが、やはり払った代償は多い。左手は親指以外は斬られたまま、右頬も裂けた跡が痛々しく残っている。
悪魔の力を引き出した代償として左腕の感覚は失ってしまったし、頭からは小さな角が生えたまま消えない。聖剣を解放して戦うときはまた元に戻るだろうが、日常生活には困ったものだ。……アルさんこそロードに右腕を飛ばされたはずだが、治っているのを見るに完全回復薬でも使ったのだろう。
「それに、メルナ様の眼も変わってるんですよ。鏡、見ましたか?」
「眼が? そんなことも言ってたっけ……」
ナナが持ってきてくれた手鏡を覗き込む。なるほど、確かに変異しているな。獣のように鋭い赤い瞳。目元や頬の傷、それから首筋には鱗の跡も見える。悪魔——というより龍の特徴が出てきてるな。
「これはじゃな、龍の瞳じゃよ。これといって力も害もあるわけではないが、そなたが悪魔の因子を引き出して解放したからじゃな」
「わっ、ヨミちゃん。……じゃあ、これからは解放しない方がいいの?」
「そりゃあそなたの体力では勧められんが、別に悪魔になったり、その変異がこれ以上進行することもない。そなたの本来の力が染みついた、といったところかのう」
幸い、悪魔になることはないらしい。つまり危険なのは最初の解放だけ。二回目からは負荷があるだけでこれといって悪化することはない。そうなると気が楽というか、色々と軽くなる。
「……とはいえ、これからも魔剣を出すのはいざというときだけじゃぞ。できるだけ今までの解放に留めておくんじゃ」
「うん、気をつけるよ。死にそうだもん、あれだけの力を出すと」
そう呟くとツクヨミは満足げな笑みを浮かべながらふわふわと浮き、ボクの上に腰を下ろした。よほどボクのことが大事なのか。いや、ボク自身進んで無茶をしたいとは思わないし、あんな戦いは二度とごめんだ。
「あっ、メルナちゃーん。久しいかねぇ。怪我は平気と?」
「あ、シア。うん、ボクは平気だけど……シアの方こそ平気なの?」
「うちはちかっぱ元気ばい! 有り余っとるよ」
元気いっぱいに部屋を訪ねてきたのは他でもない、シアだ。ロードに胴体を切断されつつも生きていたのには驚いたが、どうやら彼女の聖剣・ドラグメイデンにはこれまでに狩った悪魔の生命力を一部蓄える力があったらしい。それでなんとか生きてたとか。はいそうですかと頷ける内容でもないが、ボクが一回蘇ったことを考えればそんなものなのかもしれない。
「うちもこの国の後片付けは手伝っちゃろう思っとるけん、しばらくはまた居候するばい。他の聖卿達もちょくちょく来てくれるらしいしね」
「そっか、それは助かるな。……ね、お姉様」
「そうだな。聖議会も忙しかろうに、ありがたい限りだ」
シアは「いいばい、いいばい」と笑い飛ばしながら、また部屋を出ていった。自由気ままと言うべきか、嵐のようだと言うべきか。ボクらには彼女を止める術がない。
しばらく、また部屋は静かになった。遠くから騒ぎ声と大きな魔力の波を感じる。国王様が戻ってきてるのだろうか。
「……国は、元に戻るんでしょうか」
「さぁ、難しいだろうな。王都がこのザマだ。父上はまたここを都にすると気張ってはいるが……ふふ。無茶を申すものだ」
この街は滅び、市民のほとんどは塵に消えた。運良く生き残った者もせいぜい一割以下、重傷で自由は効かない。言葉にすれば簡単だが、自然災害でもこうはならなないだろう。幸いなのは先の天変地異であらかじめ遠くに避難を始めていた者達が多かったことか。
「……お二方はまだお休みになっていてください。私が何か、お飲み物でも持って参ります」
「あぁ、悪いな、ナナ」
そう言って、パタパタと音を立てながら部屋を出ていってしまった。あれほどのことがあって、なおもみんなは強いな。いや、だからこそなのだろうか。生きてる者にできるのは未来を見ることだけ。過去はすでに乗り越えたもの。捨てるとは言わないが、こういうときこそ精算する必要があるのかもしれない。
「……アルさん。ボク、アルさんには話しておこうかなってことが、一つあるんです」
「ふふ。どうした、改まって。……言ってみろ。想像はつく」
「ボクの前世についてなんですが——」
空は快晴、数刻後には日も沈む。夜になれば月が世界を照らすだろう。先のことなんて分からないが、それでも。地平線の先まで、今日は平穏だ。
『転生TS少女の異世界譚』を読んでいただきありがとうございました、作者のわらびもちです。
さて、№95.をもちまして祝・完結でございます! 毎日投稿していましたのであっという間でしたが、文字数にしてみれば20万字を超えた作品になっていました。正確には24万字でしょうか。いやぁ、早い!
思えば最初はなんとなくTSモノでも書こうかなぁで始まった適当な作品。私が思っていた以上にあっちこっちに転がってしまいどんな最終話を迎えるのか、ずっとヒヤヒヤして見守っておりました。メルナ達がうまく着地してくれたようで嬉しい限りでございます……!
さて、この話は第十三章として公開されているのでしょうか。恐らくそうだと思いますが、ここで一つ疑問ですね。そう、終章とかではないのか、と。
もちろん終章ではございませんよ。だってまだ書いていないじゃないですか。『アイツ』の話とか、『アイツとアイツ』の話とか、はたまた『アレ』の話とか。全ての構想が確立されているわけではありませんが、まだまだ引き出しは残っているのです。
とはいえ、ロードとメルナとの決戦も終え、一つの終わりであるのも確か。これをもってしばらくの完結とし、また気が向いたらメルナには走ってもらおうかなと思います。あるいは公開されたときにはまた続きを書き始めているかもしれませんね!
さて。というわけで、完結にはなりましたがまだまだ続く未来もあるわけです。ぜひブックマークをそのままに、評価や感想等も頂けたら幸いです。もしも反響があればまたすぐに続きを書くかなぁといったところで。
ではここらで終幕といたしましょう。ぜひに、ぜひにアクションをいただきたいと思っておりますので、よろしくお願いします。ではまた、いつか続きでお会いしましょう。




