№91. 極限凍結
「はぁっ、はぁっ……」
(メルナ……!)
ボクは立っていた。心臓が止まったと思ったが、むしろ今は活発に拍動している。なぜかを推測できるほどの頭はない。けれど確かに、一度止まった命がまた吹き返していた。
「思った通り、やはり死ななんだか」
「……あぁ、生きてるな」
相変わらず、身体の熱さも痛みもある。ある気がする。実際、左手の指はないままだし、裂かれた右頬もそのままだ。つまり夢だったというわけでも、治ったというわけではない。——蘇った、とでも言うべきか。
(適応じゃよ。剣聖の加護の成長、それが適応したんじゃ)
(……適応って、何にさ?)
(『死』にじゃ。そなたがこの世に転生したのが一度目の死。そこから度重なる戦闘での瀕死状態を学習し、数多の人死にをも学習した。その末の成長というところかの)
死への適応、そう来たか。やけに冷静なのはそれこそ一度死んだ——死にかけたからか。熱い頭も妙に冷えている。ボクが見てきた死……恐らく心に深く刺さった命。
(十七秒じゃ。そなたの死んでいた時間は。気を抜くなよ。たとえ死に適応したからと、二度も三度も乗り越えられるものではない)
「ふぅーっ……」
複雑な気分だ。生きていたのは良し、けれど人の死を超えての生。まさに繋がれた命だ。無駄にはできない。負けも許されない。許す気もない。
「おいで、アマテラス」
「おう、行くぞ、メルナ!!」
すっかり元気を取り戻した声に呼応し、魔力が底から溢れ出す。姿が変わり、残された右手で刀を掴む。しかし……うん。悪くはない。元より刀を片手で振ることは容易い。魔力も体力もかなり回復した今、さっきのような醜態を晒すこともない。
「行くぞ、ロード……」
「来い、メビウス! ここで世界の決着をつけるぞ!」
魔力を纏いながら突進、魔力は氷点下よりぐんぐんと下げていく。熱も風も静止し、ただボク達だけが突き進む。刃を光らせ、振り上げ——一閃。
「『氷結月燈』!」
「くっ……ははっ! 良いぞ、良いぞ!」
全霊の魔力と腕力、そして鋭さを叩き込む。ロードの燃える聖剣が受け止めるが、止まるのは刃のみ。そこから溢れる『月の焔』が全身を包み込み、大地ごと燃やし始めた。
「ふふっ……この冷気、我の魔力をゼロにしてしまうとは……。死に瀕してまた格段と成長したらしい」
「高音の焔は無駄だろうな、お前には……!」
そのまま目一杯の力で叩き込み、大地に沈めていく。メキメキと音を立て、崩れた地面がさらに沈んでいった。その地面を次々に凍らせ、また砕き。ボクのフィールドが完成していく。
「何を、企んで……ッ!」
「お前に勝つ計画だよ!」
一瞬、刃の接触箇所を氷で固め、不意を突く。その硬直の最中に身体を捻り、横に回転。勢いを加速させて地下深くへと蹴り飛ばした。頬からは血を飛ばしながら、痛みも忘れて下降する。
「ぐっ……くくっ!『天翼』!」
「熱ッ……!!」
地中を砕いて落下しながら、振った剣が見えない刃を飛ばした。一つ一つは小さな、けれど霧雨のような斬撃。加えて太陽の熱を纏ったそれは、掠めただけで皮膚も何もを溶かした。
「っ……。ははっ、落ちてきたな」
「互いにな……!」
キン、と高い音が鳴る。洞窟の更に下。地上からは何十、何百メートルも地下深く。剣が交わり、火花を散らす。圧倒的な熱と冷気がせめぎ合い、空気がバチバチと激しく揺らいだ。
「ふはっ、一太刀ごとに剣筋に磨きがかかっているな。良いぞ! メビウス!」
「良かねぇよ……っ!」
「ッ……!?」
刀を掴む右手に力を込め、そして交わる聖剣を押さえつける。ロードのガラ空きの右半身、そこに指を失った左手を打ち込み、魔力を爆発させた。
「『火炎氷結』……」
「くっ、ぐぁっ……!」
腹の底から湧き上がる『月の焔』の魔力が左腕の魔力神経を通り、外界へと放出された。太陽の熱を吸収し、その全てを冷気に変換。彼の身体を氷に呑ませ、一瞬の停止時間を作る。すかさず剣を弾き、もう一つの魔力を刀に込めた。
「『御光陽炎』!」
青白い炎が周囲を凍てつかせながら一閃、斬り開く。シアが負わせた傷を上書きするように、肩から袈裟斬りに、地下空間ごと斬り裂いた。
「はぁっ、はぁっ……化け物が。……っ!」
「己を……棚に上げるのか……? ふふ……」
左手で顔を押さえながら片膝をつく。決壊したように、鼻から溢れる赤黒い液体。——限界、か? そろそろ……確かに一度死んだ肉体だ。元より動けるものじゃない。
「楽しかったぞ、メビウス。……死の危機を感じた」
「げほっ、げほっ……。はっ、ボクはメルナだ……」
聖剣アルスメードが首に当てられると同時に目から熱い液体が伝い落ちた。視界が赤に滲み、鉄の匂いでいっぱいになる。成長する剣、なかなか良かったが……届く前に限界が来たか。見上げてもここは地下空間。確かな光は見えないが、ロードの太陽は消え失せたか。
「さらばだ。……メルナ」
「……言っただろうがよ、お前に勝つ計画だって」
「なに……!?」
ボクの首を刈り取るだけの力が剣に伝わるより早く。垂れ流しにしていた魔力を集め始めた。キラリと、一帯が輝いた。——小さな氷塊。落下しながら作っていた氷のフィールドが牙を向く。
「まだまだァ……戦えるってんだよ、こっちはさァ!!」
「はっ、良い目だ……!」
「『極限凍結』!」
氷の破片が嵐のように渦巻き、突風を巻き起こした。熱を剥ぎ取り、岩を削り。ボクの魔力に従って下から氷を張っていく。視界が白み、揺れる黒髪も白くなる。ふと一息、空気を染めると瞬きの次。目の前には高い高い——天まで穿つ巨大な氷の柱がロードの姿を呑んでいた。




