№90. 二回目
空に浮かぶ太陽はシアによって斬られ、二つに分かれている。不安定になり光を降らせることができないのか、大人しくはなってるものの、その熱量は変わらない。
「はぁっ、はぁっ……ぅ、ぐぅ……っ!」
熱い、痛い。一体、この短時間に何人死んだ? 誰が殺された? なんで、こんなことに。ボクがロードのトドメをしくじったからか。あのときちゃんと殺しておけば。思考が右は左へ、痛みのせいでまとまらない。戦う、なんて場合でもない。
「メルナっ、これを飲め。完全回復薬じゃ。逃げるも戦うも、このままじゃ何もできんぞ」
「はぁっ、んっ……」
ツクヨミが瓶を握り、液体を口へと流し込む。ロードは見ているばかりで手を出そうとはしてこない。不思議ではあるが、今は関係ない。痛みと傷を癒やすために、必死に喉を動かした。——が。
「んっ……んっ!? あっ、いだっ、痛い……っ!? あっ、はっ……!?」
「メルナ!? なぜ……完全回復薬じゃぞ!?」
ジュウ、と短い音と共に指先と腹部に激しい痛みが走る。回復しない。どんな傷も治すはずなのに。死んでさえいなければ全てを治癒する代物なのに。治っていないのか、いや、これは——。
「太陽の熱に焼かれているのだ。主の身体は確かに、今まさに回復している最中だ。そして同時に、その再生する肉体は焼かれている。熱が残るしばらくは治るものではない」
「っ……先に、言いやがれ……ッ! 趣味が悪い……!」
しかし魔力は回復した。なんとか『月の焔』を引き出し、傷口を凍らせる。熱を奪い、痛みを麻痺させ。——遅かったのか、完全回復薬の効果は終了した。
「はぁっ、はぁっ……くそっ、無駄にした……ッ!」
(っ……すまぬ、メルナ。余が逸った)
「いや……仕方ないさ……っ」
「相変わらず……興味深い力だ。さっきの今で魔力が跳ね上がっている」
余裕に分析するその顔を、ボクはただ見上げるだけだ。痛みはいくらか収まった。熱も引いたし、失血もない。身体中に穴が空いて左の指がないという歪な状況ではあるものの、さっきよりはずっとマシになっている。
だとしても、剣を振れる状態でもない。右手は必死にアマテラスを掴んではいるが、身体を起こそうとすると目の前が暗く感じてしまう。あまりに強大すぎる。ボクの右手が何をできるのか。
「……お前はっ、何がしたいんだ!? かつてのメビウスもホルネィも確かに死んだ……だけど魂はあるだろう! 復讐か!? もういいじゃない——っ!」
「復讐、とも言えるか。しかし主は勘違いしているな。我は恨みで動いているわけではない」
ロードの熱い聖剣がボクの口の中に入り込み、声を上げることもできなくなった。少しでも動けば舌を斬り、喉に刺さるだろう。ガチガチと歯が震えるだけで熱が口内に篭っていた。
「むっ、ぐ……ッ!」
「人の生涯はほとんどが絶望だろう。希望などほんの僅か。その小さな希望のために誰もが絶望を積み重ね、またある者は無残に死ぬ。それが世界の在り方だ。事実、メビウスもホルネィも絶望の中で死んだ」
「うぐ……ッ!」
押しつけるように、刃が頬の内側に触れる。熱が粘膜を溶かし、神経を殴りつけた。弱い顔なんて見せたくないのに、勝手に涙が出てしまう。剣を振ろうにも、剣を刺された状態では動けない。
「我は七〇〇〇年という時間を生きてきた。歪だとは思わぬか、この世界は。なぜ絶望してまで命を繋ぐ? なぜ絶望の命を産み出す?」
「うっ……」
「繁栄とは絶望の連鎖か。あるいは希望の継承か。どちらかではあろうが、我の目には前者にしか映らなかった。それが我の答えだ。我の見てきた世界はそうだ」
喉奥に焼けた血が流れ込む。こっちは答えられないっていうのに、ロードは勝手に話を進めやがる。この男のことだ。何かしらの意図はあるだろうが。
「ゆえに我は世界を終わらせる。『スサノオ』も失われてしまっては仕方ない。苦痛で飲み込むのは不服ではあるが、我は世界を終わらせる」
「がっ……勝手、な……っ」
「そうさ、勝手さ。しかしそれが絶望。我を止められなければこの世界は絶望が大きいということ。主が我を止められれば、それは希望が大きいということ——ッ!」
「ッ、あぁァッ……!!」
血飛沫を上げながら、聖剣が振り抜かれた。右の頬が内側から裂かれ、同時に熱に焼かれる。必死に魔力を回して冷ますけれど、顎の重さに傷が開きそうだ。
「はァッ、はァッ……! がぁっ、ァッ……!」
「しかし、我はどこかで判断しかねている。だから主に期待している。主が我を殺せるのか否か。むしろ、殺してほしいとすら思っているやもしれんな……!」
「がふッ……!?」
ロードの足がボクの胸を潰し、そのまま蹴り飛ばした。氷の瓦礫を突き破り、そのまま血を吐きながら崩れ落ちる。右手はアマテラスを手放さないが、それは執念か、それともツクヨミが支えてくれているのか。
「しかし、我と比べればあまりにも主は弱い。同じ土俵にも立てぬ。ならばどうすべきか。——ここからは運だ。主が生きるか死ぬか。死なないでくれよ、メビウスよ」
「かはっ……!?」
再び胸を蹴られ、心臓が圧迫させた。肋が砕け、めり込む。メキメキと音を立て、胸が凹む。絞り出されるように、あるいは押し出されるように血が吐き出された。
「かふッ……かひゅッ、ひゅッ……!」
——ドク、ドク。次第に心音が鈍くなっていく。頭に響くツクヨミの泣き声。呼吸が浅くなり、ドロドロとした熱が肺に、そして口から溢れ出す。
——トク、トク。響く声も遠くなった。熱を感じる気力もなくなったのか、四肢の末端がひどく冷えていく。熱のない氷の上、まるで雪の中にいるようだ。
——トッ……トッ……。視界が暗転し、そして白む。熱が頭から流れ、そして視界を完全に塞ぐ。紅の色も判断できない。静寂の中に落とされる。
——。
——ドクンッ。




