№89. 堕天の聖卿
理解が追いつかない。熱さのせいか、脳が回らない。ロード・アルスメード、天魔の樹海で確かに殺した。凍結させてその身体を崩壊させたのだ。間違いない、はずだ。
「なんで……お前が生きてるんだよ……っ!」
「難しい話ではない。我が魂を直前で避難させたのだ。消耗をするゆえ乱用はできぬがな」
「そんなん……っ」
ズルじゃねぇかよ、そんなもん。魂を肉体から切り離したってことか? メビウスの記憶にもないが……それも堕天の聖剣の力なんだとしたら、一体ロードはどれだけの力を扱えるんだ。
「くそっ、やるしかねぇか。……おいで、アマテラス!」
「ふふ、そうだ。我と敵対する道を選んだのだからな。その刃を我に振るうがよい」
髪が伸び、尾が跳ねる。白銀の刃が赤色を反射し、同時に『月の焔』を纏った。幸い、ボクの傷は深くない。問題はシアやアルさん達がどうなったのか、だ。何が起こったのかが分からない以上、もしかしたら、という可能性もある。
「メル、ナ……ッ」
「お姉さ——っ!!」
掠れたような、潰れた声。反射的に視線をロードの背後、その周辺に走らせた。崩れた王宮のその下、いくつもの姿があった。血を流し、焼けた身体。シアもゼノヴィオも、兄さんも——みんな、先の一瞬で何があったのか。……いや、違う。一瞬じゃない。ボクの意識が飛んでいるうちに、短い戦闘があったのだ。
「……ッ、ロード!!」
「怒るか? それも良しだ。『天烙』」
「ゔっ……!?」
ロードが剣を掲げたと思えば、それに呼応するように真上の太陽が強く発光した。その光がエネルギーとなり、まるで雨のように降り注ぐ。避けられる速さではなかった。だからせめて、距離を詰める。
「くっ……『月燈』!」
「……まだ成長は足らぬか?」
「この……!」
剣を握り、斬りかかる。互いの炎を纏った刃が交差し、押し合った。けれどそのほんの短い時間にも光が降り、ボクの身体を焼き貫く。腕、肩、脚。魔力の防御もまるで通用しない。
「『氷結世界』!!」
「ふふ、守りか」
全身に薄い氷を纏い、王宮跡全体を氷に包んだ。極限まで温度を下げ、防護する。溶けない氷、強大なエネルギーには壊れはするが、熱線に溶かされることはない。
「お前はっ、斬る……っ!」
「そうしてみろ。主との決戦のために力を見せているのだ」
「ッ……!?」
啖呵を切ってもまるで気にも止めず、むしろ恐ろしい笑みを浮かべている。そして剣を握ったままその左腕でボクの手を掴み、引き寄せた。
「何を——」
「まだ足りぬ」
「がはッ……!」
握力で氷の保護膜を砕かれ、その隙間を熱線が貫いた。腹部を焼き、焦げた肉から血が滴る。そしてさらに上から思い膝蹴りが襲う。呼吸が浅くなりながら、容易く解放状態が解除された。しかしまだだ。まだ希望はある。——ロードの背後、アルさんが魔力を抑えたままに龍剣を抜いた。
「我は主の力と衝突したいのだ。我が魔力を解放した以上、止まるつもりは毛頭ない。……主が我を止めるのか、あるいは我に打ち負かされるのか。ゆえに——」
「……なっ! くぁ……ッ!!」
「舞台に我ら以外はいらぬのだ。この腕は返礼と思え」
「アルさん……!!」
ボクと同じ『月の焔』を纏った龍剣。それが降り注ぐ光を弾きながらまさに、ロードの首へと迫ったそのとき。まるで羽虫でも落とすように刃を回し、目にも追えない速度めアルさんの右腕を斬り飛ばした。彼女の腕は弧を描き、そのまま光に焼かれた。
「はぁっ、はぁっ……アル、お姉さ——がふッ!」
腕を失い、また光の雨に貫かれていく。なんとかしないと、その一心で這い寄ろうとしてもボクの方にも光は来る。一本、二本と光に焼かれていった。
「動け、ボクの身体……動け、うご……ッ」
剣を握る強さはまだある。痛みに耐えればまだ防げる。だというのに、まるで圧倒的すぎた。ロードはその気になれば触れさえせずにボクらを焼き殺せる。
完全回復薬は——まだ、今じゃない。いや、そもそも誰に使うべきかも現状では判断しかねる。とにかく今、死ぬ直前まで戦いを続けるべきだ。魔力を奮い立たせ、全身に激しく巡らせた。
「はぁっ、はぁっ……。みんなで戦えば……ロード一人、負けんばい……っ!」
「臭いことを言うでないわ! 出し切って勝つ! それだけだッ!」
いつの間に起き上がったのか、シアは解放した聖剣——雷を纏った刀を握り、ゼノヴィオは半竜化と言うべきか、鋭い爪と鱗を纏って高く跳躍。そして触れなくとも氷を崩壊させるほどの魔力を迸らせ、ロードを挟み撃ちにした。
「っ、主らは大人しく死んでいてほしかったがな……ッ!」
「げほっ、げほっ……クハハッ! 死ぬならせめて置き土産、そうだろう!?」
「そのっ、通りばい! うちらはただじゃ死なんよ!『鳥の囀り』!!」
剣が交差し、拳と蹴りが衝突する。メキメキと音を鳴らしながら、ゼノヴィオの拳がロードの脚を砕く。シアの一撃が剣の上から衝撃を貫通させ、大地を二つに斬り裂いた。それが天上の太陽を割り、ロードの胸を袈裟斬りにする。
「ははっ……参ったなぁ」
「はぁ、はぁ……『天落』」
「まだっ……!」
まだこれだけの力を残しているのか、ロードは大地を覆う氷砕き、崩壊させた。重力に逆らえず、身体も瓦礫も落下していく。高台にあるはずの土地は消え失せ、落下中に彼の一閃が飛んだ。
「っ……」
すぐ近くにいた二人の影が飛んだ。大地を融解するほどの熱を纏った斬撃が飛び、切断したのだ。シアとゼノヴィオ、二人の胴体が斬り裂かれ、血飛沫と共に二つに分かれる。呼吸の音が、ボクの耳に届かなくなった。
「今だ。今っ、今しか勝てない……ッ!」
「次から次へと……ッ!」
火傷と斬り傷が深いままに、ベルアルド兄さんが剣を抜き、持ち前の速さで斬りかかった。一回、二回。片手の消耗したロードを斬り刻み……けれど浅い。いや、兄さんの剣が太陽の熱で溶けているのだ。だから届かない。
「……アマテラス、出し切るよ……!」
熱には慣れた。痛みにも。この程度ならまだ戦えるだろう。無理矢理に魔力を引き出し、解放しようと。焔を纏って柄を握り、立ち上がる。——そこに、ロードの前に。胸を刺され、血を垂れ流した兄さんがいた。
「ベルアルド……兄さん……?」
「……すまない、メルナ。……俺はここらが限界らしい」
「待っ——!」
影が——消えた。半分に斬られた太陽が、その減ったエネルギーの中で光を作り、熱を降り注いだ。兄さんの身体は炎に包まれ、そして悲鳴もなくただ静かに焼ける。ロードは……あの悪魔は。ただひたすらにボクしか見ていない。
「ッ……このォ!」
「……ふぅ。今の主では届かぬよ。……主だけでなく、誰も、か」
「ッ……!?」
ギリギリと歯が鳴り、昂りのままに突撃しようと、その瞬間。一瞬、ロードが剣を振ったように見えた。ズキ、と小さな痛みが手先に走る。何が起こったのか、コンマ一秒にも満たない刹那、反射的に視線を右の指先に向けた。
四つだ。親指を除いた四つ。聖剣を支える、小さな——龍の左手。そのボクの指が焼き斬られ、ボクの手から離れていた。
「がッ……ぁっ、あぁッ!?」
「メルナ・アマテラス。メビウスの魂を持つ者。主はまだまだ伸びるだろう。まだまだ、まだまだだ」
右手でアマテラスを握りながら、抱え込むように膝をつく。鋭く、小さな痛み。指という弱い部位が焼かれる痛みは腹部の熱とはまた違う恐ろしさだった。全身に冷たい汗が浮かび、肌が粟立つ。薄っすらと熱い涙を浮かべながら、今のボクはロードを見上げることしかできなかった。




