№09. 療養中の大嵐
「はい、あーん」
「……あ、あん。……もぐもぐ。……ん。あの、ボク……別にもう怪我してないんですけど」
「ダメですー。無茶ばっかりするメルナちゃんは大人しくしなさーい」
大きなベッドの中で、ボクはアルさんの差し出すスプーンを咥えていた。ボクの借りた部屋ではなく、アルさんの部屋に連れられているんだ。完全回復薬を飲んだのだから、後遺症も何もないのだが……。
「まぁ、私のためにしてくれた、っていうのは分かってるからさ。それは嬉しいんだぞ? ただそれはそれとして。どうして確認を先にしないかな」
「だって……ボクが原因なのに、確認するのも……その、気まずくて。完全回復薬は高級だって言ってましたし」
「……あのねぇ。ここは王家なんだよ。そりゃあ溢れるほどあるわけじゃないけどさ、高級止まりなものくらい、あるに決まってるだろ」
ぐうの音も出ないほどの正論だ。思えば騎士の方達も魔導医師の方達も、さほど慌てた様子ではなかった。……いや、王族が重傷を負ったというだけあってそりゃあ大騒ぎではあったのだが。けれどパニックにはなってはいなかった。最初はてっきり、ボクに心配をかけないためかとも思ったけれど、今考えれば治す術があったからか。
「すみません……。次からはもっと、慎重になります……」
「よろしい。でも、メルナが動いてくれたおかげで良いこともあったよ。ほら、やっぱり一部は私を殺そうとしたんじゃないかって輩も少しいたからさ。命を賭けて助けようとしたんだ。彼らも口を閉ざすしかない」
「……それは、良かったです」
「良くないからな! 私は気が気がなかったんだ。一歩遅れたら死んでたんだぞ!」
額を突かれ、ボクは愛想笑いしかできなかった。ボクが彼女の怪我を心配していたように、彼女もボクの安全を心配していた。申し訳なさと、何とも言い切れない嬉しさが半々だ。
「何事もなかったから良かったものの……。それにしてもメルナ。君はなかなか、聖剣を使いこなしていたみたいだな?」
「あ、はい。分かりやすい加護はすぐに体感できたので。剣術なんかもそれなりに……。魔法は根本的な理屈しか分かりませんが」
「へぇ……要は聖剣の力ってわけだ。スゴいじゃないか!」
こう真っ直ぐ褒められると、ボクもむず痒いというか……。嬉しいけどね。堪らなく嬉しいけど、心地良く居心地悪いな。慣れてないからかな。と、そんなとき。コンコンと、扉を叩く音が響いた。
「……アル、いますか?」
「っ! は、母上! いかがなさいましたか!?」
「『母上』……!?」
アルさんの母上、つまり王妃様が今、扉の向こうに……。心の準備も驚きを収めるだけの時間もなく、その扉は開かれた。その姿はアルさんを思わせる美しさに、そして彼女と同じ銀髪が輝いていた。
「あ、えと……っ!」
「君がメルナちゃんね。いいわ、座ったままで。ここはアルの個室だもの」
「うぇ……。は、はい……」
立とうとしたところに額を優しく小突かれ、そのまま、また寝転がされた。この一族は額を突く癖でもあるのだろうか。なんか、その……ボクの方も癖になりそうで怖い。
「母上、何かご用が? わざわざいらっしゃるなんて……」
「おらぁー。堅いなぁ。ここは私室だぞ?」
「ぶぇっ……」
おおう……なんていうか……。ボクばかりではなく、アルさんもその柔らかそうな頬を包まれ。モミモミと弄られていた。割と愉快な方というか……大人びた雰囲気とは少しズレてるような。そんな方に遊ばれているアルさんが可愛いな、なんて口が裂けても言えない。……可愛いな。
「ま、遊びは置いておいて。メルナちゃん、聖剣持ちなんだって?」
「はい。……聖剣持ち、です」
「十本目の聖剣なんてねぇ……いつぶりかしら。九本目が確認されたのは……百年は前よね」
そんなに前なのか……。いや、最近なのか? 聖剣は基本的に壊れることはない。となると、歴史上十本だけなんだ。百年、となると……いよいよボクの価値が大きく感じる。
「そこで、なんだけどね。良かったらメルナちゃん、私の養子にならない?」
「お、王妃様のですか!?」
「母上の養子となると……帝爵の?」
「個人的な養子だから、帝爵というよりは……準王族の扱いになるわね。私の娘になるから、地位は実質、王家みたいなものだけど」
帝爵……。爵位でありながら帝の名を冠する位。アルさんから聞いたことがある。バラムランデ王国で唯一、王家の祖よりも長い歴史を持つ家であり、王家を手助けした盟友。王妃様は元々、そこの令嬢だったとか。そんな王妃様の養子に……?
「王族の権力……それこそ王位継承権とかはないけど、王宮では動きやすくなるはずよ。アルと仲が良いのでしょう? 護衛としても……聖剣を持つ戦力としても。この上なく便利だと思うけど?」
「まぁ……そうね。母上からの提案は確かに理に適ってるわ。それにメルナが気兼ねなく王宮にいられるなら私も嬉しいし楽だわ」
養子……か。国王様の養子、とは違うんだよな? 王位継承には関係しないとなると、確かに良いかもしれない。特にこれから、もっと力が必要となれば……アルさんを支えるためには……。
「あの、ボク……養子って言われてもよく分からないんですが……。知識もなく」
「大丈夫よ。ただ一つ、気をつけてくれればいいから」
「一つ……?」
「そう。私のことをお母様と呼べばいいだけ!」
その顔は確かに、新しい娘を愛でるような……いや、溺愛するようなものだった。そこには策略も謀略もなく、ただ純粋な……そして厄介そうな愛。確かに断る理由もないが……ないのだが……。
「さぁ、私のことをお母様と呼んで!」
「じゃあ私のことはお姉様と!」
「え、えと……。あの……。お、お母様……と、アルお姉、様……」
「まぁ、なんて可愛い子なの!」
そのままキツく、息が止まるほどにキツく抱きしめられ。もはや気恥ずかしさすら湧かない圧と勢い。考えさせてください、なんて。ボクが言えるところではなかった。




