№10. 母は強し
「それにしても可愛い子ねぇ。どこから来たの?」
「え、えとぉ……」
ボクの柔らかい頬をモニュモニュと揉まれながら、そんな問いを投げかけられた。どこから……まさか異世界からなんて言えない。いや、言ってしまってもいいかもしれないが……それこそどんな目を向けられるか。この世界における異世界人がどのような扱いなのか、それが分からない以上、リスクが大きすぎる。
「ボクもよく分からなくて……。親はいないんですが……神様、ホルネィ様から聖剣を与えられたと思ったら、気づいたら樹海の洞窟にいて」
「そう、主神ホルネィ様と……。啓示もあったから分かってたことではあるけど。そうなると、いよいよウチで保護しないといけませんね」
よし。嘘は言ってないぞ、嘘は。この世界にはボクの親なんていないし、転生直後はそこがどこなのかも分からなかったんだからな。……あれ、じゃあボクの遺伝子の元って一体……? 肉親が存在しないっていうのもおかしな話だな。
「さて……そうは言っても、やることができたわね。まずはみんなとの顔合わせ、それからお披露目会も必要ね」
「えっ。ボク、礼儀とか……」
「だから気にしなくていいんですって。簡単なところは教えますから。そうね……まずは一人称を『わたくし』にしましょうか」
「へっ!?」
そ、そんな、あんまりだ! ボクはボクなんだから、そんな……口調までお嬢様になったら一体何が残るのか。ええい、ここは引いちゃダメだぞ。
「あ、あの、王妃様」
「お母様」
「……お母様。その、今どきは一人称がボクの娘というのも……その、萌え萌えな感じですよ……?」
「……確かに。じゃあボクでいいわ。いえ、ボクにしましょう。その方が可愛い」
……良かった、のだろうか。結局可愛さに落ち着くなら変わらないんじゃ……。まぁでもいいか。ボクならまだボクがボクだ。……よく分かんなくなったな。
「決めることと言えば……。メルナちゃんは聖剣の力をどう使いたいか、決めてますか? ……まぁ、養子になるならある程度決まってるのですが」
「うーん……。ボクは自分を守るために強くなりたい、って最初はそう思ってました。でも……なんといいますか。強くなったボクの力で助けられるなら。……ボクは目の前の人くらい。アルさんくらいは守りたい」
「まぁ! 可愛いことを!」
王妃様は半分ほど冷やかすように、手を合わせてそう言った。ボクは死にたくない。死にたくないから強くなりたい。なのに、どうして命を賭けて魔女の森に入ったのか。
「じゃあそうね。アルの補佐官だったり護衛をできる地位も用意しましょうか。騎士団……はメルナちゃんには向かなそうね」
「お恥ずかしながら……形式なんかには疎いので。でも、そんな簡単にいいんですか?」
「構いませんとも。むしろ聖剣を持ってて、ただの養子で収めるのももったいないもの。実力を行使できる立場、騎士団長に準ずるものがいいわね。旦那と実家に掛け合えばスムーズに行くわ」
「旦那……ですか」
国王様は言わずもがな。帝爵家の協力があれば新しい役職を作るのも簡単なのか。帝爵といえば国内で最高の法の審判、執行権を持つらしいし……。なんか……大事になってきたな。ボクはそんな……うん、聖剣のせいか。神様のせいだ。
「母上、メルナの姓はどうするおつもりですか? まさかバラムランデの名を名乗らせるわけではないでしょう?」
「えぇ。そんなことはしませんわ」
おぉ、それは良かった。王家の名前なんてボクには重すぎる。王妃様の養子というだけで驚き桃の木だというのに……。ただ、この世界では養子になっても姓は与えないのか? なんて、見当外れも甚だしかったらしく——
「いかに王家とあれど、聖剣と比べればあまりに矮小ですから」
「……へ?」
「メルナちゃん。あなたの聖剣の銘は?」
問われたことがイマイチ分からず、三秒ほどフリーズしてしまった。王家の姓、矮小、聖剣の銘。それらの要素が結びつくようで結びつかず。いや、ボクの理性が結びつくことを拒んでいた。
「い、いえ、分かりませんが……。王家の名が矮小だなんて、ご冗談を……」
「ふふ、何が冗談なものですか。聖剣はこの世に九本、あなたが十人目なんですから。王家なんて、世界を探せばいくらでも見つかりますよ」
「あはは……はは」
「うふふ」
……。じょ、冗談じゃないぞ。つまりどういうことだ? ボクの存在に、名前に王家以上の価値があると? いや、そりゃあ数で比べればそうかもしれないが……。いやいや、でもボクだぞ? ついこの間転生したばかりの、なのに……。
「聖剣持ちはみなさん、そうしてますよ。それだけ特別なんです、当然でしょ? 銘が分からないなら教会にでも行くといいですよ。ホルネィ様からお聞きになれば」
「……王妃——」
「お母様」
「……お母様。分かりました。この世界のことがよく分からないので、しばらくは言う通りにしておきます」
よろしい、と満足げに微笑み、彼女は部屋を後にした。もう……ダメだな。なんかよく分からんくなってきた。つまりなんだ? 養子になれって話だよな。うん、そういう話だよな。
……こんな広い城に住む権利も、王族に準ずる権力も約束されたんだ。これ以上嬉しいことがあるか。……そうだ、気楽に考えよう。少なくとも良いことではある。
「……アルさ——」
「アルお姉様」
「……アルお姉様。ボクは少し……胃に穴が空きそうです」
「だろうね。母上は強引でマイペースな方だ。疲れるのも無理はない」
やれやれといった風だけど、ボクからしたらあなたも強引ですよ。やっぱり血筋なのかな、似たとこあるよ。……本当に疲れた。話しただけなのに。
「しかしいいのか? たぶん、特別騎士かなんらかの武官の地位を持ってくるぞ。メルナ、君は戦いが好きというわけでもないのだろ?」
「まぁ……そうですけどね。改めて痛感しました。聖剣を持ってる以上、ボクには良くも悪くも運命が集中しそうです。強くなること、地位を得ること。それがボクの身の安全に繋がるのも事実でしょう?」
「……ふふ、そうだな。妹となればいよいよ、私も手放せなくなった」
王家の権力にも、トレントを真っ二つにするような化け物じみた実力のアルさんにも守ってもらえる。多少の苦労はするだろうが、この世界を生きるなら断る理由がない。
「立て、メルナ。疲れを落としに行こう」
「? どこにですか?」
「風呂だよ」
……? この世界に来て何度目か、ボクの頭は情報の処理を拒み出した。風呂。それ自体に問題はないが。ボクの身体、これまでの経験、そしてアルさんの性格。導き出した答えは——
「ボ、ボク。一人で入ってきますね……」
「バカを言え。せっかく姉妹になるんだ。身体くらい洗ってやろう」
「か、勘弁してください! ボクは、ボクはぁ〜……」
抵抗も虚しく、抱え上げられ。こんなに身体が小さく、そして軽いことを悔やんだことはない。こ、こんな美少女と、二人きりで風呂なんて……天国、もとい生き地獄じゃないか。ボクは男だぞ。倫理観が吹っ飛ぶわ。
「やだー、やだー! 一人で入るー!」
「はいはぁい。あんまり駄々をこねると母上も呼びますよ」
「……」
「はい、良い子ね」
肩に担がれながら、そっと大人しくなった。ここに加えて王妃様はダメだ。あの人は絶対ダメだ。絶対……ボクの身体で遊ばれる。そういう確信があるから。ただ静かに連行されることにした。




