№11. 九つの聖剣
白い湯煙が立ち上り、視界を軽く揺らす。温かい熱が肌を優しく包み込み、湯船はそこらの銭湯よりも広く、お湯は湧き水よりも澄んでいる。まさに極楽浄土のような空間。ただ一つ、大きな試練がボクに付き纏う。
「ふぅー。心地良いな。城の浴場に入るのは初めてか?」
「……は、はい。今までは少し、忙しかったので……」
「このこのー! 何を緊張してるんだ」
「ひゃい!」
脇から滑り込んだ両の手に、らしからぬ高い声を漏らしてしまった。我ながら、ボクの身体は肌荒れの一つもなくモチモチしていて、触り心地もいいのだろう。
「や、やめてくださ……っ」
「なんだ、恥ずかしいのか。安心しろ。君の裸は着替えさせたときに見てる」
「……っ、もう!」
別にボクの身体が見られるのは恥ずかしくないんだよ。見るのが恥ずかしいんだよ。こんな……スタイルも良くて、濡れた髪には色気もあって……。見てんじゃねぇよ! しっかりしろ!
そのまま理性も何もかもが崩れ去る音を聞きながら、やっと一息落ち着いたのはそれから十分以上経ったころ。半ば強制的に身体を洗われ、すでに一息つける息が残っていたかは不明だが。
「ふぁぁ……」
「可愛い声出しちゃって。それにしてもメルナは着痩せするタイプなんだね。思ったより胸あるじゃやい」
「あっ、ちょっ! 触らないで……っ!」
こう……色々と揉まれたりするのは不思議な気分だ。普段はもう慣れたと思っていたが、こうも弄られると自分の身体に改めて違和感を覚える。これ以上は色んな意味で危険だ、そう判断したボクは、湯に肩まで沈ませた。
「セ、セクハラですよ……」
「あら、嫌?」
「……」
正直悪くない。なんならイチャイチャできるのは嬉しいよ。けど、それはそれとして。ボクの男としての尊厳というか、倫理観というか。そういうものも大事にしないと……。
「はは、まぁいいよ。嫌がることはしないであげよう。私達もまだ会って数日だ。慣れていけばいい」
「慣れさせていくつもりではあるんですね」
いよいよ危機感もあるが……。美少女の身体を持つおかげで、男では経験できないようなことも経験できる。というのは嬉しいところでもあるのだが。今はひとまず話題を逸らしたい。
「……あの、聖剣ってボクが持ってるので十本目なんですよね? その話、聞いてもいいですか?」
「あぁ、知らないのか。……そうだな。私も名前しか知らないが、じゃあ……一番目から順番に、教えてやろう——」
最初の剣、『堕天の聖剣』アルスメード
第二の剣、『龍狩の聖剣』ドラグメイデン
第三の剣、『破壊の聖剣』アークバスター
「数ある聖剣の中でも、この三つは特に原初の聖剣と呼ばれるものだ。ええと……まだ悪魔が大陸を支配していた時代のこと。強大な力を持つ悪魔に、対抗する力として現れたのが始まりだな」
悪魔、か。……よく分かってないんだよな、そもそも悪魔って何なのか。魔物や魔獣とは違うらしいが……。とはいえ転生時しか遭遇してないし、その知識を急いで求める必要もないだろう。
「その後の六つ、そこにメルナのを合わせて七つ。それが森羅の聖剣と呼ばれる種になる」
第四の剣、『火炎の聖剣』オルフレイム
第五の剣、『氷結の聖剣』フラムパラード
第六の剣、『雷天の聖剣』サンダース
第七の剣、『暴風の聖剣』アランレーム
第八の剣、『重引の聖剣』ラグナロク
「そして第九の剣、『伏魔の聖剣』ガラングレイロード。そして君のが第十の剣だ。聖剣持ちは皆、この聖剣の銘を姓にしている」
「へぇ……なんかそう聞くとスゴそうですね!」
「スゴいんだよ、実際」
確かに世界に今まで九本しかなかったという点、そしてその銘の重さからいかに偉大かが分かる。王家の名が霞むというのも、よくよく考えれば分からないことでもない。
「でも、ボク自身はそんなにスゴくないですよ。……だって、剣の腕だってアルさ……お姉様には及ばないし、魔法も魔導師と比べると……」
「考えすぎだよ。剣を握って数日だろう? 抜かれたら私の方こそ折れちゃうだろ。まだしばらくは私の方が強いぞ」
「……はい」
ワシワシと頭を撫でられると、弱気を言うだけの気力も霧散してしまう。どうしてこの人は、こんなにもボクの心を溶かしてしまうのか。どうしてこうも、包んでくれるのか。
「ボクの聖剣……どんな銘でしょうか」
「カッコ良いといいな。明日の朝、教会に向かうぞ」
そう簡単に神様と会話できるものなのか。……できそうだな。あの神様のことだし。それくらいの暇はあるだろうし。
「……ボクはそろそろ上がりますね。これ以上はダメになりそうです」
「おぉ、じゃあそうしようか……」
並々と溜められていたお湯が溢れ、床を水没させていく。気のせいか、あるいは事実だろうか。力が前世よりもずっとあるからか、リラックスしているときは無駄に疲れやすく、眠くなりやすい。だから早く休もう。そう思ったのに……。
「あ、団長ー! メルナちゃんとお風呂ですかー?」
「あ、あわわ……」
「おぉ、お前達も訓練が終わったのか」
騎士団の、女性の面々が浴場に入ってきた。誰も彼も、若くピチピチで……。ここの人間は立場も問わず風呂に入るのか……? それともアルさんが団長だから? いずれにしても、どうしてボクが入ってるタイミングなのか……!
「ボク……出ますね……」
「えぇー! せっかく一緒になったんだから、もっと仲良くしようよー。ねー、団長?」
「……そうだな。まだのぼせないだろ」
「アルさん!?」
それからのこと、男としては天国のようなものだったが。ボクの身体が女になってるということを踏まえると、やっぱりそれは地獄にも近しいもので。夢に見る分にはいいのにな、と思いながら。幸せとも不幸とも取れない時間を、ボクは楽しんだような……遊ばれたような……。




