№12. 姓と銘
あんな経験をすれば、流石に男としての意識が薄れるというか。女の子として目覚めるものが目覚めちゃうというか。まだボクはボクだけれど、いつか変わり果てるんじゃ、と。そう思わずにはいられない。
「お、おはよー。メルナ、よく眠れたかい?」
「おはようございます、アルお姉様。おかげさまで……はい。良い夢を見ましたよ」
「そうか、それは良かった!」
城の玄関、アルさんは声高らかに笑った。こちらの苦労などどこ吹く風なのだろうが、眠れたのは事実だ。……本当、おかげさまで。
しかしお城というだけあって、食事は豪華も豪華。朝からこれほどシャキッとできるのは、あのベッドと朝食のおかげだ。そういえば、この世界は十五から飲酒が可能らしいが……ボクのこの肉体は何歳なのか。前世は十七だったが、自分の身体のことなんて意外と分からないものだな。
「さぁ、じゃあ早速行こうか。教会」
「はい、お願いします!」
一歩、外に踏み出して。改めて見るとなかなか活気づいた街だ。一つ国境を越えれば争いが起こっている世界で、こうも子供達の声が響くとは。
「はっ、はっ……あ、暑い……」
「ふふ、そんなにか? 鍛え方が足りないんじゃないか?」
い、言い返せない。日本の夏ほどの熱量でも湿気でもないと思うのだが、どうしてか、余計な疲労が溜まってしまう。戦闘中だったり、やる気が入ってるときはよほどのことでも疲れないのに……。気でも溜めてんのかな。
「……そ、そうだ、アルお姉様。あなた、王族なんですから……護衛とか、要らなかったんで……?」
「護衛となると騎士団か? その騎士団長は?」
「あ……。そっすね……」
そりゃそうか。現状の国の戦力では彼女がトップなんだ。聞いたところによると王太子のベルアルド様はそれ以上だが今は国を空けている。第一王女のミリア様は魔法の腕は確かだが、武力となるとアルさんが一枚上手なんだとか。
「勘違いしないでほしいんだが、街や国を出るときは護衛……と言っても部下だが、つけるものはつけるぞ? それにこれからは君もだ。王都内、任務でないならまだ構わないが、自分の立場と価値を理解するのだぞ」
「は、はい……。気をつけます」
言われてみればそれもそうだ。王族ほどの価値や立場というわけでもないが、それに準ずる、あるいは聖剣のことも加味すれば並ぶのかもしれない。王太子がすでに決まっている現状、加えてボクに王位継承権がない以上は暗殺者の類は多くないかもしれないが……。他国のことも踏まえれば狙われやすい立場になることに変わりない。
「まぁ、その辺りはまた改めて話すとしよう。ほら、見えてきたぞ」
「おぉ、なんか……」
見えた教会はまさに教会らしい建物だった。白い洋風建築、何かの紋章だろうか。十字に似た形が飾られている。
この世界、神様の数は一つや二つではないらしい。主神ホルネィ様が基本的な信仰の対象ではあるものの、太陽神や月の神、豊穣や海、厄災の神など。それらのあらゆる神様に対しても信仰と願いを届けるのだとか。
「お邪魔します。大司教様、空いていますか?」
「これはこれは、アルナリュート様。お話は伺っております。こちらへ」
白い衣装を身に纏った優しそうなご老体。大司教様の案内に従い、ボク達は礼拝に向かった。少し廊下を歩いた先に礼拝堂があるのだとか。大司教というと……ここは大聖堂なのか? まぁ王都だもんな。見たところ、普通の教会としての役割もあるだろうが……。
「メルナ、大司教様には失礼のないようにな。啓示の際にはホルネィ様から言葉を預かるお方だ」
「ふふ、王家の方に畏まられるのも苦しいものですな。そう気になさらないでください。我々、聖ハルノ教会はただの言葉の架け橋にございますから」
「聖ハルノ……?」
「はい。昔のこと、ホルネィ様はそのように呼ばれていたのです。我ら人間がその真名をお呼びするなど畏れ多いと。もっとも、ホルネィ様がその……とてもお軽い神様だと知られてからは、むしろ敬意を持って真名で呼ぶようになりましたが」
へぇ……。なんか、あれだな。この世界にも歴史を感じるな。そりゃそうか。ボクが知らないだけで、ずっとこの世界は生きてるのだから。……しかし『聖』か。……らしくないな。あの神様はなんていうか……『駄』のイメージしかない。
「ときにメルナ様。あなたは聖剣をお待ちだとか」
「あ、はい! ええと、新しい聖剣持ちが現れるって、ホルネィ様からの啓示があったんですよね?」
「えぇ。ですが、あの啓示を受けたのは教皇様でしてね。そこから私のような世界中の枢機卿へ、各地の神父へと伝えられました。……あぁ、私は枢機卿と大司教を兼任しておりまして。別に、わざわざ意識する必要もございませんが」
お偉い様ってことか。枢機卿って言うと、たぶん教皇のすぐ下の位だよな。失礼のないように言うわけだ。公的な場面なら呼び方も気をつけないと。
「……と、話している間に着いてしまいましたな。どうぞ、こちらからホルネィ様にご挨拶を」
「は、はい……」
そこにあったのは聖母のような女神像。凛々しく優しそうなその佇まいは、とても本物のホルネィ様のものとは思えないが……。まぁいいか。ボクはその像の前で膝を折り、手を合わせる。十字を背負った窓ガラスから、暖かい光がボクを包んで……。
「……あれ、君また死んだん? 流石に早くない?」
「……死んでないですよ。礼拝に来たんですよ」
「おぉー! 私の信徒になったのか! それはそれは。敬いたまえ」
「いや、信徒というわけでは……」
いつか見たような、真っ白な空間。寝転びながらボクを見上げるその様は、確かに転生時に会った神様に違いない。こんな神様が世界中で信仰されるなんて……。いや、この神様が主神というのがなかなか信じ難い。
「君、失礼だな。前より図太くなったんじゃないか?」
「え、あ、すみません。あの、今日は用件があって」
「分かってるよ。聖剣の話だろ?」
なんだ。なんだかんだ言ってボクの動向は知ってたんじゃないか。……いや、知ってたんじゃなくて知ってるのか? 見てたわけじゃなく、知ろうとしたから、だろうか。
「その通りだとも。私は偉大な女神様だからね。で、本題の前に。気になってたろ。君の身体は十六だぞ」
「……なんで一年だけ若返らせてるんすか」
「私の好みだよ」
……遊ばれてるのか? ボクの身体は。ただでさえアルさんや騎士団にも遊ばれてるというのに、冗談じゃない。……まぁでも、若返ってるならまだ良しとするか。
「で、君の聖剣だが——」
「はっ! ……はっ、はっ……?」
「メルナ! 良かった、意識が戻ったんだな」
突然、ボクの意識は現世に戻された。十字、窓……アルさんと大司教様。寝てたのか? 向こうにいた間。……まぁそうか。少なくともこっちに意識はなかったよな。
「で、お話できた?」
「うん……できました」
「それは良かった。それで、どんな銘だった?」
矢継ぎ早な質問責め。気持ちも分かるが、ボクとしても呼吸を整えたい。もっと聞きたいことはあったんだけどな。人の話を聞かないというか……いや、少しは聞いてはもらえたんだけど。言いたいことだけ言って……もっとゆっくりさせてくれよ。
「……第十の剣。『剣聖の聖剣』アマテラス。……らしいです」
「ほう、なかなかカッコいい響きじゃないか。じゃあ君の姓はこれから、アマテラス。メルナ・アマテラスだな」
色々と不可解なところではあるが。そうだと言うならそうなのだろう。気にするのはまた別の機会に。メルナ・アマテラス、その名が轟くのはそう遠くない未来のことだ。




