№85. 静かな一日
王宮に帰ってから数日。日が差すと同時にボクはゆっくりと目を覚ました。関節がところどころ痛むし、完治したわけでもない。が、数の痛みは癒え、ずっと楽になってはいる。
「あっ、おはようございます、メルナ様。本日はお早いですね」
「うん。まだ眠いんだけど、目ぇ覚めちゃった……」
渋々と身体を起こし、右手をすぐ隣につく。——ムニっと、柔らかい感触に思わず飛び跳ねた。そうだった。すっかり忘れていたが、シアが寝てるんだった。やけにボクに懐いて、それはそれで嬉しいところだが。
「んぅ……メルナちゃん……」
「……ナナ、ボクもうちょっと寝てるよ」
「えぇ、そうしてください。お食事とお召し物の準備をしておきますね」
ナナはガチャリと音を立てながら部屋を後にした。それを見届け、ボクもふぅと息を吐いてまた寝転がる。腕や脚にシアが絡みつき、なかなか離してくれない。柔らかくて、甘い匂いが流れてくる。でもボクの理性は鍛えられてるからな。こんなんじゃ動じないさ。
「どうしたんじゃ、メルナ? 浮かない顔じゃな」
「ヨミちゃん。……いや、どうしたもんかなぁって思ってさぁ」
真世界でのあれこれがあって、ロードの脅威もなくなって。七大覇王のジハークも倒したことで、正直言って今の世に敵という敵がいない気がする。
もちろん、悪魔はいるし大魔公だって残ってはいる。誰が強大な魔剣を持っているのかも分からない。とはいえしばらくは問題も出ないだろう。そう思うと目標がなくなってしまった。
「鍛錬は続けるよ。何があるか分からないしさ。でもなんかこう……平和だと腕が鈍りそうだなって」
「確かに、意識が下がりかねんな。しかしそなたは強い子じゃ。何もかも、守り生きるには力が必要じゃ。平和なんぞ関係ない。余と共にテッペンを目指そうではないか」
「ははっ、頼もしいな。これからもよろしく頼むよ」
ツクヨミはボクのお腹の上に座り、嬉しそうに尻尾を振っている。結局、やることは変わらないか。どうせバラムランデのことやら何やら、やることは多いんだ。気ままに、けれど引き締めていくとしよう。
「む……おはよう、メルナちゃん」
「起きたんだね。おはよう、シア」
見上げながら瞬きを繰り返すシアを眺めて、そっと絡まっていた手を引いた。穏やかな朝だ。空気も良いし風もある。——そんな穏やかさを吹き飛ばすように。
「おっふ……!」
「おい小娘。俺様は少し出掛けてくる」
「勝手に行きやがれ……っ」
容赦なくボクのお腹に飛び込んできた黒猫。顔は良し、身体も小さい。しかし中身は下賤な悪魔。ゼルはぴょこぴょこと跳ねながら部屋を出る。もう二度と帰ってくんなと、思わず心の中で叫んでいた。
「メルナ様、朝食をお持ちしました。シア様も、起きていらしたんですね。お二人分ございますよ」
「わぁ、ありがとね! 遠慮なくいただくばい!」
「……ボクも食べる。ナナ、ありがとうね」
「ふふ、お気遣いなく」
ベッドから起き上がり、ナナが準備してくれた席に着く。ベーコンがたっぷり入ったスープ、焼きたてのパン。甘い香りの果物とミルクプリン。なんて豪華な朝食だろう、と、思わず涎が垂れそうになる。
「うまかうまか! 流石は王宮の料理っちゃんね!」
「……あれ、シアっていつまでここにいるの?」
「ん? 聖議会があるけん、一緒に行こうって思っとるばい」
なるほど、それまではここで過ごすするつもりか。まぁ愉快なのは良いことだし、となるとゼノヴィオもか。……ん、あれ? あの人って聖議会には入ってなかった気がするな。ってことは居候か?
「そういえばメルナ様。アルナリュート殿下がお呼びでしたよ。急がなくていいとのことですが」
「おっ、そっか。じゃあコレ食べ終わったら会いに行こう。シアは……」
「うちはここで昼寝でもしてるけん、気にせんとって」
そっか、と呟いてプリンを掬った。気にしないでとは言うがボクの部屋なんだけどな、一応。まぁいっか。別に減るものじゃないし、どこかの黒猫みたいに部屋を荒らすこともないだろう。朝起きた直後に昼寝というのは気になるが。
「ふぅ、ごちそうさま! 着替えよっか。服は?」
「武官服は痛むかもしれないので、緩い部屋着を用意いたしました。お話ということなので、これくらいでいいでしょう」
「うん、助かるよ」
いつもの制服はウエストや胸元を締めてるから若干の圧迫感がある。もちろん、普段はそれで良い——というより引き締まるからその方がいいのだが、こんな身体じゃあそうもいかない。ナナが渡してくれたものを手に取り、腕や脚を通していった。
「……ナナ、これは……」
「まぁ、大変お似合いです!」
彼女は手を合わせてまるで感動しているかのように瞳を揺らしている。ゆったりとした大きなズボン。上は肩が出て、胸元も少し開いている。締め付けはなく快適だが、何か……趣味を感じる。
「……まぁいっか。アルさんは部屋にいるのかな?」
「いえ、中庭にいるようですよ。日光を浴びてるんですって」
「なるほど。じゃあ一緒に行こうか。シア、もしゼルが帰ってきたら悪さしないように見張っててくれる?」
「りょうかーい!」
傍らに置いていたアマテラスを腰に差し、ナナと並んで部屋を出た。急ぎでないということは重要な話というわけでもないのだろう。雑談か、あるいは何かちょっとした報告か。どんな話かなと胸を弾ませながら、ボク達は城の中庭へと向かった。




