№84. 太陽の子
「メルナ様ぁ! ごめんなさい、ごべんなざい! 私、メルナ様になんて酷いことを……っ! こうなったら私ナナリア、腹を斬ってお詫びを——」
「ダメだよ!? ナナ、落ち着いて! 結果オーライってヤツだから!」
真世界でナナを回収してほんの数分。ゼノヴィオの上で彼女は暴れていた。もちろん、雲の上で物理的に暴れているわけじゃない。よほどボクを忘れたこと、そして刃を向けたことに参っているらしく……。分からないでもないが、こんな反応をされては怒ることもできない。いや、元より怒ってはないのだが。
「うぅ……ぐすっ、ぐすっ」
「んな謝るようなこたァねェだろうがよ。別に小娘が死んだでもねェ、そもそも忘れるのは仕方なかッたんだ」
「ゼル、お前はもう少し申し訳なさを感じろよ。いっつも戦闘の役に立たねぇじゃねぇか」
「ッたり前ェだろ。俺様の趣味は殺戮であッて戦いじャねェんだ。なんで命を懸けて戦わなきャならねェんだよ」
このクソ猫は相変わらず……元から期待なんてしてないが、いつでもゼノヴィオの背中から突き落としてもいいんだぞ。そしたら国まで歩かなきゃならねぇってのに。……まぁいいや。
「しっかし、ロードを倒したっちゃあ驚いたばい。詳しく聞かせてくれん?」
「ええっと、言葉の通りだよ。オルトレイが隙を作ってくれて、そこをブスッと。剣聖の加護の成長もあったし、時間を稼いでもらったからかな。ロードは結局聖剣を解放しなかったし、運が良かったところもあるよ」
「そっか。よう頑張ったっちゃんね。うん。オルトレイも、誇らしいはずばい」
ナナを抱きしめながらそう話すと、シアはいつにない穏やかな顔を作った。正直、ボクがメビウスじゃなかったら死んでたとすら思う。情報を与える理由がないのだから。アルさん達が戦えたのも、最初の一撃で腕を飛ばせたから。ロードが油断した理由は結局、ボクがメビウスだったからだ。
「その……危険だというのは分かるのだが。メルナがずっと言っている『解放させてはならない』というのはどういう意味だったんだ?」
「あ、えっと。聖剣『アルスメード』の解放は力が大きすぎてロード自身も使わないっていうのはご存知だと思うんですけど。彼の魔力属性って太陽なんですよ。炎と雷、それから光。メビウスの記憶で見たので知ってるんですが、まさに焼き尽くす力でして。解放するとそれも引き出されるんです」
かつて真世界を燃やしたのもその魔力、太陽の魔力はこの世界を形成する天地を、そして真樹を焼き尽くしかねない。だから自ら封じていたのだ。
「む……? それじゃあ最初から『スサノオ』を使わなくとも良かったのではないか?」
「そう言ってしまえばそうですが、彼自身、その力に慣れていませんでしたから。アレは壊したくないものも問答無用に壊す力。世界そのものを無に帰すという意味でも、『スサノオ』の方がずっと適しています」
「ふむ。よく分からぬが、色々とあったのだな」
実際、メビウスの記憶でも解放状態はほんの一度か二度見ただけ。それでこの世界を壊すつもりならとっくの昔にやっていただろう。長い時間をかけて『スサノオ』を手にし、そして起動した。それも思えば、運が良かったと言えるかもしれない。
「そういえば、ゼノヴィオさんとシアはなんでこっちに?」
「いやぁ、天変地異から魔物が溢れかえっておっただろう? 久方ぶりの運動と思って世界中を飛び回って始末しとったのよ。そこでアナスタシアと偶然、鉢合わせただけだ」
「二人が掃除してたなら、魔物被害は少なそうですね」
誇らしげなシアの表情からするに、相当の数を殲滅したのだろう。どこからどこまでロードと『スサノオ』、それからメビウスに振り回されたものだ。
いや、元を辿ればホルネィ様か? あの人もあの人で、どこまで見越してボクを転生させたのか。前世の死は想定外だったらしいが。もし転生してなかったらこの世界は今頃どうなっていたのやら。
「まぁお主ら、終わったことだ。小難しい話は要らぬだろう。研究でもしたいなら後にしろ」
「ははっ、勘弁してくださいよ。研究なんて、向いてませんよ」
フワリと冷たい風が吹き、それが髪を巻き上げた。視線の先に街が見え始める。バラムランデ、戻ってきたのか。一時はどうなることかと思ったが、生きて帰ってこれたのだ。良しとしよう。
「メルナ。城に戻ったらまずは医者だ。お前の傷は致命傷ではないとはいえ深いからな。しばらくは安静にしてもらうぞ」
「アルさんもですよ。なんでそんなに平気な顔してるのかが分からないんですけど、普通に重傷なんですから」
「何、斬られた傷は浅いし、骨折もほんの数ヶ所だ。内臓もほとんど問題ない」
「人はそれを重傷と呼ぶんですよ」
いつものことだが、アルさんの人間離れしたタフさには理解が追いつかない。ボクは確かに骨が砕けた箇所もあれば肉が裂かれた箇所もある。とはいえ、回復薬を飲んでほとんど出血はないんだ。これこそ軽傷というもの。
「なんだ、アレ……!?」
「竜か! 初めて見た!」
下では街の人々が愉快な声を上げている。流石の巨体だ。目立つのは当然か。けれど気にしないとすら言うこともなく、ゼノヴィオはさも当然のように王宮へ。そこに舞い降りた。
「ぐ、あぁ……久方ぶりの人型だ。肩こりがするなぁ……」
「げっ、ゼノヴィオさんって縮めるの!?」
「げっ、とはなんだ。竜たるもの、そのくらいわけないわ」
ボクらを背中から降ろすと、彼の巨体はみるみるうちに小さく縮み、長い黒髪の青年ができあがった。確かに元日本人、人型になれないと不便か。たぶん便利になりたかったんだな、うん。
「おい、どうしたんだ、お前達! 向こうで起こっていた魔力の衝突は……その怪我は!? 早く医者と……それに濡れたままじゃないか!」
「わっ、ちょっ……大丈夫です。無事ですよ。……兄さん」
「兄さ……はぐっ!」
相変わらずの打たれ弱さ。が、ベルアルド兄さんは舌を噛んで意識を保った。怪我をしている妹達の手前、自分が倒れてなるものかと。その様に少し、ボクの頬は緩んだ。
それから先は一瞬だった。時間そのものは長かったけれど、流れるのはずっと短かった。ベルアルド兄さんが急いで医者を連れてきて、同時に絹で丁寧に拭ってくれて。シアやゼノヴィオも支えてくれたし、ナナはいつもより張り切って、けれど優しい料理を持ってきてくれた。
響いていたのは爽やかな声。犠牲がなかったわけではないが、だからこそ。後ろばかり見ることは許されない。笑顔の中には涙もあり、その日は日が暮れるよりも先に夢に落ちた。
本当に色々あった。真世界に行って、過去を見て。みんなに忘れられたかと思った矢先、メビウスの生まれ変わりだと言われ。ロードと戦いになって、死にかけて、勝って。——呑気かもしれないが、少し、休ませてもらおう。
◇◇◇
『スサノオ』の影響がこの世から消え去り、また秩序を取り戻した。魔導具も安定して発動できるようになり、世界各地に起こっていた異常気象、天変地異もすっかり消え去ることとなる。
三週間後に予定されていた聖議会を前に送られた報せはいくつかあったが、中でも注目を引いた報せが一つ。『オルトレイ、メルナ・アマテラス、アルナリュート・バラムランデ。以下三名がロード・アルスメードを誅伐した』と。
◇◇◇
時同じくして、ここは天魔の樹海、決戦跡地。そこに転がっていた黒い塵と氷の塵はすっかり風に流されてしまい、残っているのは焼け焦げた大地のみ。そんな中で一つ、影があった。その男は右腕を失いつつも、なおも悠然に立っている。
「よもや、ここまでしてやられるとは。ふふ、流石は我が友、メビウスだ。いつぶりか、こうも気が上がるのは。……ふぅ。——来い、アルスメード」
呼び声に応じ、腰の剣が姿を変える。ほんの一瞬、一秒にも満たない解放には、遠地の誰も気づけない。そして鞘に収めると、男はその場を後にした。そこに残ったのは何もない。大地も空気も融解し、一帯の樹海は消え去った。




