№82. 怪物決戦
「『日食』!」
「くっ……!」
「メルナ……!?」
『月の焔』を纏った太刀を振り下ろした。刃に斬られた箇所が氷、そして爆発。炎を超える熱量がロードと森を吹き飛ばした。
「うぉっ、見た目によらねぇ破壊力! お前さん何者だ!?」
「……十番目の聖卿だよ。ほら、構えて。こんなんじゃこれっぽっちも効いてない」
「ははっ、そうだな。しかしこれは良い誤算だ。まさか魔力を魔力に纏わずとも、攻撃を倒せるたぁな。これが終わったら俺の妾になるか?」
「冗談は終わってからにしてって」
アルさんはまだ、ボクが動くことに不安げだが。今はそうも言ってられない。刀に青白い魔力を立ち昇らせながら構える。視界の先、煙の中からこともなげに起き上がる様はまさに鬼。
「流石、メビウスの魂だ。以前よりもさらに磨きが……先ほどよりもずっと鋭さがある。それだけに残念だ。我が手を下さねばならない」
「なんだ……連れ帰るのは諦めたってことかな?」
「ここまで反抗されては仕方なかろう。主がそれを望むのであれば……もはや我にできることもない。我はただ、この世界を破壊するのみ……ッ!」
「っ、急な……ッ!」
目にも止まらない速さで繰り出される突き。刀の腹で受け止めるが、衝撃は貫通、ボクの腹を貫いた。内臓が歪み、血が迫り上がる。直撃しなくてもこれだ。
「げほっ、げほっ……『氷結世界』!」
「『月炎の剣閃』……ぐッ!」
跳躍しながら後退、同時に魔力を解放し凍結する。その一瞬の固まりに剣を抜き、アルさんの一撃が叩き込まれた。しかしそれも一瞬、防がれながら反撃を受け、剣が軋んだ。溶けない氷が砕け、ガラスのようにキラリと輝く。
「良い連携だ。我に喰らいつくとは思わなんだ」
「てめぇも、スカしてると怪我するぜ……ッ!」
「っ、オルトレイ……!」
「『魔力大砲』ォ!!」
剣を振ったせいでガラ空きに。氷が散らばるよりも速く、オルトレイの脚がその腹部に当たる。大地も空気も揺らす爆発を起こしながら、とても人体から発せられたとは思えない破裂音が響く。そして人影が彼方へと蹴り飛ばされた。
「……くそっ、手応えがねぇな。なんなんだ、アイツはよぉ」
「怪物なのはあんたもでしょ。ただの蹴りがなんでああなるんだ……」
「加護もなけりゃあ魔法も使えねぇんだ。代わりに魔力出力だけには自信があるぜ」
まるでカッコつけるようにそう語った。確かに、単純な魔力と蹴りだった。だからこそ理解し難い。筋力増強と魔力増幅の加護があるボクでも、あそこまでの破壊力は……なんて考える暇もなく、奥から巨大な影が伸びた。
「触れるな! 何か分からん!」
「はいっ……! ですが、これは……」
影そのものに魔力がある。それも一つではない。二つ、三つ……それ以上に。その一つ一つが強大で厄介。飛び跳ね、木の枝に乗ってから見下ろした。
「何、警戒するほどでもなかろう。これらは我が殺した悪魔達。従属の権能により堕天使になった者達さ」
「なんでもアリかよ……ッ!」
影から這い出てきたのは十を超える悪魔の群れ。そのどれもが黒い翼を持っていた。堕天、というだけあるが。なぜ武力に飽き足らずそんな加護まで持ってやがるんだ。
「全部、魔王か大魔公級か。……どうします、あんなの——」
「余裕だな、主らは」
「てめっ……!」
いつ背後に回ったのか、蹴り飛ばされ、群れの中に落とされた。禍々しい魔力に無意識に尾が跳ねる。これだけのものを召喚しておきながら、ヤツの魔力に底が見えない。
「くそっ……野郎が!『火炎世界』ッ!」
「うぉっ、おい! 待っ——!」
「ほう……」
堕天使共の獲物がボクらを狙うより先に、魔力を全方位に解き放った。青白い炎が一帯を包み込み、焼き尽くす大爆発。大丈夫、アルさんは同じ魔力を持っている。怪我はしないはずだ。
「びっ……くりした……。急じゃないか、メルナ」
「はぁ、はぁ……っ。急じゃないと、防がれると思いましたから……っ」
「俺も防げなかったけどなァ! 可愛いから許してやる! むしろ興奮したくらいだ!」
それは良かった、と強がりながら見渡す。消し飛ばせたのは何体だろうか。正確には分からないが、残っているのは大魔公級の二体。代償としてボクの魔力がほとんどなくなってしまった。しかしそれも、瞬きの次には消え去ることになる。
「『大噴火』!」
「ギギャッ……ァッ!」
オルトレイが拳を振り下ろし、大地を割った。大層な名前をつけているが、ただ破壊力を地面を伝って全方位に打ち込んでいるだけだ。だけ、で済ませられるものでないことくらい百も承知だが。
「……この短時間でどれだけ言ったか分からぬが、舐めていた。すまぬな」
「ったりめぇだ。こちとらテメェと同じ七大覇王だぜ」
オルトレイはそう言うが、まるで勝機が見えない。二人は攻撃を通すだけで二倍以上は魔力を消耗する。ボクは今の爆発で魔力を一気に使いすぎた。対してロードはほとんど消耗ゼロ。アルさんが落とした右腕、怪我はただそれだけ。そもそもまるで隻腕の動きじゃない。
「では……ッ!」
「ッ……かはっ!?」
何が起こったのか。睨まれただけだ。それだけでドス黒い魔力が刃を帯び、それがボクらの魔力を斬り裂いた。魔力という防壁を裂かれ、その刃は止まらずに体内へと侵入する。そして——
「がふッ……ごぷっ!」
「げほっ、メル、ナ……っ!」
喉を、肺を。全身に深く突き刺さった。溢れる血は滝のごとく、鉄の味が口内を占領する。アルさんはまだマシなようだが、魔力の壁がほとんど剥がれていたのか。痛み以上の息苦しさが先に襲いかかり、視界を歪ませた。
「全てだ。……全て壊す。主がメルナだと言うのなら……主は我の敵だ」
「メルナ……待てっ、待ってくれ……ッ!」
アルさんの悲痛な叫び。無慈悲に刃が振り下ろされる。ロードは表情も変えず、ただ静かに飛び散る赤。雨が洗い流す中で、鮮血がやけに輝いて見えた。——ボクの血じゃない。
「がはっ……かふっ……!」
「動けるとはな。四大聖王、伊達ではない」
「褒めてもらえて……嬉しいぜ……。そんなら恩返し、させてもらおうか……ッ!」
オルトレイが刃を受け止めていた。剣を掴みながら、それでも止められなかった勢いが肩にめり込んで。血を吐きながら、そんな痛みはわけないと言わんばかりに魔力が底から湧き上がる。どこにそんな力があるのか。次の瞬間にはその魔力が一気に膨張した。
「浴びてくれよ、一緒によォ……!」
「参ったな……。身動きも取れぬ……」
「『大々爆果』!」
属性は炎ではない。と言うのに、激しい熱量が間近から押し寄せた。魔力が弾け、天地を揺らす。熱風がボクの傷を焼き、そして一帯を吹き飛ばした。咄嗟にアルさんがボクを抱き寄せ、魔力で保護する。出ぬ声を絞りながら『ありがとう』と呟きながら、静かに刀に魔力を走らせた。
「はぁっ、はぁっ……オルトレイの奴め……。メルナ、大丈夫か?」
「あっ、ぃ……おあげ、さぁで……」
大気の震えが鈍い音を奏で、平野に変わった一帯には土煙が立ち昇っていた。激しい魔力の残滓のせいで、誰がどこにいるのか、感知も難しい。何秒後か、次第に晴れ。煙の中に影が——二つ、落ちていた。
「……天晴れだ。これほどまでの破壊規模とは恐れ入った」
「っ……オルトレイ……!」
アルさんの悲痛な叫びが響く。そこにあったのは全身が炭に変わったオルトレイの姿。そしてその胸部を左手に持った剣で貫き、悠然と立っていた。
服の一部は焼け焦げ、爆発も黒ずんでいる。それでも欠損は相変わらず右腕のみ。恐怖と絶望。超常の怪物としか思えない、が。白銀の刃が背後から、ロードの胸を貫いた。
「ッ……がふっ!?」
「ゼェ、ゼェ……ッ!」
ボク自身いつの間に背後に回っていたのか、よく覚えていない。ただこの程度では彼は殺せないと。爆炎では絶対に死なないと知っていたのだ。だから『月の焔』を纏った刀で貫き、その傷口から全身を凍らせた。尻尾がピクリと跳ねると、一秒も経たず。刃は剣に戻っていた。




