№81. 月の焔
雨に汚れ、それでも銀色に輝く髪。いつになく荒々しく、そして重い魔力。肩で泣きながら尻尾を巻きつけてくるツクヨミを抱きしめながらボクは見上げるだけだった。
「アルお姉様……なんで、記憶が……?」
「『月の焔』を使ったろう。私の剣が反応してな。私とお前の魔力は龍剣を通じて繋がっている。だからだろう」
彼女の声はいつになく柔らかく、顔は見せていないのに笑顔で言っているのだろうと分かる。まさか古龍ヴァースから与えられた八雷剣がこんな形で役に立つとは。ありがとう、なんて。そんな一言じゃ表せない——。
「ありがとう、ございます……っ! ボク、もう、何も分からなくて……」
「私もさ。少し休んでおけ。私が時間を稼ぐ」
「そんなっ、ボクも——」
「大丈夫、すぐに援軍は来る」
そう言って彼女は『月の焔』を纏った剣で斬りかかった。当然、相手はロードだ。アルさんのスピードをもってしても刃が届くことはない。確かに足止めにはなっているが、援軍とは一体……。
「貴様は、何が目的だ! アルスメード!」
「この片腕は油断した戒め……いや、主の手柄と思おうか。我の目的はこの世界を壊すこと。しかし、メビウス——メルナ・アマテラスを渡せばやめてやる……ッ!」
「ぐぁっ……!」
落とされた右腕を痛む素振りも見せず。大振りの一閃、それが龍剣を上から斬り飛ばした。アルさんはそのまま血を吐きながら崩れ落ち、その隙に狙いをボクに変える。
「っ……アマテラス!」
「いいや、余が出る!」
「むっ……どけ!」
「いぎゃっ……」
ボクとは戦わせまいと、ツクヨミが実体化して魔剣を抜いた。しかしまた一撃、潰れるような高い声を上げながら吹き飛ばされる。咄嗟に彼女の小さな身体を受け止め、そのまま木を薙ぎ倒しながら身体を回転、着地した。
「はぁっ、はぁっ……げほっ。平気か、ヨミちゃん?」
「うむ、すまぬ。ありゃあ本気じゃな」
「冗談じゃないぞ……」
追い討ちをかけようとするロードを、復帰したアルさんの剣が止める。ヤタノ大山で会ったときとはまるで圧が違う。何としてでもボク——メビウスを取り戻そうとする硬い意思。
「くっ、この……メルナから手を引け! 世界を元に戻せ! 世界を壊すなど、馬鹿げたことを言ってるんじゃないッ!」
「主は知らないのだったな、何も。そうしたいのならば我を斬り、この『スサノオ』を奪い取れ。さて、アルスメードよ。因果を壊すぞ」
「ッ……! 待て、アルさ……ッ!?」
忠告も前に、彼の権能が一つ発動した。因果の崩壊、無敵の技。斬ったという事実が斬られたという事実へと変換され、分散する。アルさんの斬撃がロードを通り抜け、木々やボク達を冷たく斬り裂く。
「げほっ、がはっ……!」
「くっ、かぁっ……」
「さて、長引かせる趣味はない。終わりに……ッ!!」
「だっはっはっ! 若い娘に手ぇ上がるたぁ感心しねぇぜ! アルスメードさんよぉ!」
大気を揺らしながら、野太い声を響かせる。男は魔力を宿した拳で聖剣に殴りかかり、吹き飛ばした。ボクは傷を押さえながらそれをただ見届けていた。なぜか、その一撃は分散しない。
「げほっ、げほっ。……援軍って、オクトレイ。あなたのことだったんですか……」
「おっ、これまた別嬪な娘さんだなぁ。処女か?」
「斬りますよ、マジで」
しかし、なるほど。ボクの記憶はやはりないらしい。元より関係は薄いが、やっぱり忘れられている現状は心苦しいものだ。距離が取られたことを確認した後に魔法指輪から回復薬を取り出し、ツクヨミに飲ませてもらった。
「ほれ、時間なら稼いでくれておる。ゆっくり飲め。……大丈夫か?」
「げほっ、げほっ……正直、大丈夫じゃないよ。やっぱり、さっきの精神状態での聖剣解放は無茶だったらしい。身体の内側がボロボロになってる……」
「仕方ないが……なぜもっと高位の回復薬を入れておかなかったのじゃ……っ。そなたは前からそうじゃ」
「……魔法指輪の中だと、魔力が変質することがあるんだよ。……大量には入れられない」
回復なんて関係なく、ゆっくりはしてられない。ロードの強力な力に対抗し得るのは唯一、アマテラスの剣聖の加護だけ。ボクだけはヤツの力に適応することができる。死なない保証はないが、いざというとき、戦えるのはボクだけなんだ。
「……アルナリュートよ。ロード・アルスメードに攻撃を入れるにはただ斬る殴るじゃダメだ。魔力に魔力を纏い、奴の魔力を叩け。それがコツだ」
「魔力に魔力を……初めてやってみるが。なぜ知っている? お前はアルスメードとの戦闘経験が?」
「アナスタシアが言っていた。アイツは一度、交戦したことがあるのだろう? そのときに考えたらしい」
遠方の会話に耳を傾ける。なるほど、シアがか。ヤタノ大山のときは歯が立たなかったが、そんなことを見抜いていたとは。……だとしても、相当の集中力がいる上に魔力の消費は二倍。まともに戦えるわけではない。そして当然——
「ふぅ。なるほど、ドラグメイデンか。あやつは厄介極まりないな。仕方ない。どうやら権能に頼るわけにもいかないらしい」
ロードは木も岩も砕きながら起き上がり、また接近、刃を交えた。アルさんが剣を受け止め、隙を狙って『月の焔』で妨害する。そしてオクトレイが魔力の拳を叩きつけていた。その触れ合う衝撃が波を作り、大気を崩していく。権能を乗り越えたところで、ヤツの武の強さは変わらない。
「はぁ、はぁ……ボク、も……ごふッ!」
「っ……!? メルナ!?」
起きあがろうとしたその瞬間、体内がひび割れたように激痛が走り、また血を吐き出す。治らない、どうしても。無茶して解放すればお陀仏だと、確かにホルネィ様からも忠告を受けていたが……せめて、今くらいは許してくれ……っ!
「……ロードは、アルスメードは解放させてはいけないんだ。アイツの聖剣だけは絶対に。……ヨミちゃん、これからボク……無茶するけど。ちょっと、後は頼むよ……」
「メルナ? 何をするつもりじゃ……?」
魔法指輪からもう一つ、回復薬を取り出した。——完全回復薬、全ての傷を治癒する最高位のものだ。いざというときのため、一本だけ忍ばせていたもの。それを一気に流し込む。熱が巡り、魔力が蘇った。精神の負荷を紛らわすための賭け。
「……おいで、アマテラス」
(っ……勝つぞ、メルナ!!)
ツクヨミの声に奮い立つ。黒髪が伸び、服も変異。角が、そして尾が生える。アマテラスは銀色に輝き、そして刀に変わった。魔力を全解放、大地を蹴り上げ、凍らせながら戦場に突進。雨粒と泥を片手で拭い、刀を躊躇なく振り下ろした。




