№80. 前世の前世
ロードの話が分からない。一向に、何を言いたいのか。何を言っているのか。ボクの前世は柳木颯太であり、それは紛れもない事実。絶対に、それは事実だ。
「輪廻転生、罪なき者は天に昇り、罪人は地獄に堕ちる。次の生を受けるかどうか、それは主神の判断だろうが、こと罪人においてはそう簡単な話でもない。長い年月をかけて罪滅ぼしをするからだ」
「それが……この話に何の関係がある?」
「地獄に行くのは何も、主神だけの判断ではない。当人が望んだ場合においても堕ちることはできる。その場合、また新しい生を受けるまでにどれほどの時をかけるのか。それもまた当人の意思によるもの」
心拍を数えながら、仕方なく耳を傾ける。ボクは死後、天国とやらには通らなかったが……それがホルネィ様の判断ということか。となれば他と比べれば早い転生だったろうが、やはり謎だ。結局何が言いたいんだ。
「……さて、話を戻すが。スサノオは理を壊すものだと言ったな。いずれはこの世界そのものを崩壊させると」
「待てって……話を戻すな。謎を置いて次に行くんじゃ——」
「しかし我の意思の下に、だ。無差別な破壊のようであり、あくまで我が制御している」
「だから何を……っ」
何を言っても無駄なのか。今はロードに喋らせるしかなさそうだ。しかし制御してるとは……。大層なことを言うじゃないか。
「んなこと言ってよぉ、どうせお前、いつかは全部ぶっ壊れるんだろ? お前自身も、何もかもが……今のこの、狂った世界と一緒に」
「それは結果だ。我が必要としているもの——例えば我自身や数多の力。これらは崩壊することはないが、世界が壊れれば必然とそれも失われる。つまり、今もな元の世界を記憶しているモノはほとんどが我が破壊を望んでいないものだ」
「……結局、壊れるんなら分からねぇじゃねぇか」
イカれた野郎だ、どこまでも。全部ぶっ壊すつもりなんだ。国も、世界そのものも。無理心中ってか? はた迷惑なことをしてくれる。
「じゃあ、お前を斬ればいいんだな……ボクが。それでスサノオを止める……幸い、お前は本体だよな……?」
「いかにも」
アマテラスを杖にしながら身体を起こす。雨に打たれ、冷気が身体の芯まで伝った。ヤタノ大山とは違う。彼がスサノオを持っているということは、どういうわけかコイツは分体じゃない。意地でも勝つしか——
「……? 待て。お前が破壊を望んでないもの、だと……?」
「だからこうして話しているのだ」
そうだ、話はそこだ。歴史がどうとか、世界がどうとか。疑問はあったが今一番大事なことを思い出せ。それはボクだけが世界に取り残されているってことだ。スサノオを起動したロードはともかく、それにボクが巻き込まれた——いや、逆に巻き込まれていないということ。
「我もまさかとは思った。しかしどこかで、本能が告げていた。主が今、この世界にいると」
「待て……! つまり、ボクは……」
「無意識にかつての友を巻き込むことは望んではいなかったようだ。主の魂が、我にとっては大事なものだったらしい。もっとも、よもや敵に生まれているとは思わなかったが」
雨が土を叩く音。そして木の葉を揺らす音。ボクの耳に入ってきたのはそれだけだ。やけに静寂だった。どこまでも静か。絶望とはまた違う、底抜けの熱と冷気。
「主が望むなら『新月の日』はやめにしよう。主が我に下に来るのであればな」
「待てって……じゃあ、なんだよ……。一体、私は……」
「メルナ、耳を貸すな!」
ツクヨミが尻尾を絡ませ、必死に私の理性を留めようとする。が……悪い話ではないんじゃないか? 私が言うことを聞けば世界は壊れない。人が死ぬこともない。私が彼の下へ行けば——私があるべきところへ戻るのならば。
「主には知る権利がある。義務がある。だから我が直々に説明したのだ。それが友に対する礼儀だからだ。だから分体など寄越さず、我がわざわざ赴いたのだ」
「私、は……」
彼の手が私の顎を持ち上げる。視線が合うと、バチリと魔力が走った。まるで雷のような強烈な魔力、それが私の魂を揺さぶる。鮮明な記憶、映像とは違う、確かな過去。私は——
「しっかりしろ、メルナ! これはそなたの知る世界ではないのだぞ! ロードを止めねば世界は!」
「……それも、私がロードの下に行けばいいんだよ。ヨミちゃんもそう思うでしょ?」
雨粒が冷たく、頬を伝い落ちる。水溜まりが膝を、スカートを濡らす。けれど目の前の視線の熱さが、それを全て忘れさせた。記憶は定かではない。まだ断片的だ。それでも事実。
「——さぁ、答えを聞かせてくれ。我が友、メビウスよ。六〇〇〇年以上も待たせおって、危うく全てを失くしてしまうところだった」
「私は、ロード。あなたに……」
言葉を紡いでいるのは誰だろう。メルナか? それともメビウスか? 耳元で必死に繋ごうとする声。けれど魂は彼の下へと吸い寄せられる。顎を持ち上げられ、へたり込んだ腰が引き上げられた。そして——飛んだ。目の前の、ボクの顎を掴んでいたはずのロードの手が。
「主は……ッ!」
「あれ、えっ……?」
「はぁ、はぁ。……すまなかった。先ほどのことを謝らせてくれ」
息を切らせ、銀色の髪が視界の中で揺れる。そして抵抗を許さない力で、けれど優しく包容された。太陽の、小麦のような香り。雨に濡れても温かさを失わない。すぐ隣で、ツクヨミが泣き叫ぶようにボクに絡みつく。そして温もりが離れたかと思うと、彼女は龍剣に青白い炎を纏わせながら構え直した。
「アル……お姉、様」
「私の妹に手を出すとは、何のつもりだ、ロード・アルスメード! 貴様を斬り、私がメルナを連れ帰る!」
「……互いにな。バラムランデの姫騎士よ」
なぜ、ボクを妹と呼ぶのか。なぜ、あの怪物に立ち向かうのか。ボクの理解を超えていたが、そんなことはどうでもいい。泥に濡れた顔、擦り切れた靴。ボクのために走ってくれたのだ。それだけで、ボクの温もりはいっぱいになった。




