№79. 新月の日
「……おいで、アマテラス」
「ちょっ、メルナ! あやつと戦うのは無茶じゃっ!」
ツクヨミが止めようとするが、それどころではない。なんとかアマテラスを抜き、解放した。が、カタカタと震えるこの手ではただ振るうのも一苦労。そして相手は最強、どうしたものか。頭も上手く回らない。
「困ったものだろう、互いに。よもや主が……」
「……お前、ボクが誰か知ってるのか」
「メルナ・アマテラスであろう。剣聖の。……複雑なのは我の方だ」
「はっ、バカ言え」
必死に虚勢を張りながらヤツを見据える。腰に差しているのは二つだ。一つは聖剣アルスメード、そしてもう一つ、見慣れない剣。アレがスサノオか。だとしたら——みすみす逃すわけにもいくまい。しかし不思議なのはなぜ、ロードはボクを知っているのか、だ。
「考え事か?」
「ッ……!」
音よりも速く、彼の剣が抜かれていた。刃がボクの首に迫る。反射か、あるいは勝手にか。刀に変化したアマテラスが腕を動かし、高い音とともにそれを弾いた。
「くそっ、速ぇな……」
「主もな。見ないうちに……随分と腕を上げたようだ」
「くっ、ぬっ!」
距離を取る暇もなく、一手二手と迫ってくる。防御で手一杯、反撃の隙がまるでない。同じ七大覇王、けれどジハークとはまるで次元が違う。
「このっ……『氷結世界』!」
「無駄なことだ」
魔力を解放、半径十メートルほどを凍てつかせた。地面だけでなく、雨も大気も。それをまるで意に介さず、ロードは静かな刃を振った。
「くぁっ……! へへっ、近寄りやがって」
「っ、なるほど……!」
肩に刃がめり込む。痛く、熱い。が、接触している。この一瞬、肩を落とされるまでのほんの刹那。氷の熱を変え、一帯を炎上させた。バチバチと激しい音の中、雨が凍り、熱に変わる。周囲の木は氷の灰になって消えた。
「どうだ、こんにゃろー……」
「けほっ、けほっ。やるな、思った以上に。ジハークとの戦闘で磨きがかかったのか」
魔力の出力は最大だった。それでもロードには今ひとつ届かない。消耗させたところで、膝をつかせることもできないとは——。
「げほっ、ごほっ!」
(メルナ! じゃから無茶じゃと言ったろう……!)
何の反動か、口から溢れたのは血の味だった。生えた尻尾がビクンと跳ね、弱々しく項垂れる。聖剣の解放はボクの身体には相当の負荷だが、ほんの数分の全力で音を上げるはずがない。精神が乱れていたから、か?
「……ふふ、相当に参っていたように見える。それもそうか。主は世界から消えたような扱いを受けたのだから」
「何、を……」
どういうわけか、ロードは剣を収めた。やはりコイツ、何かを知っている。ボクを殺しに来たんじゃない。そして偶然でもない。この地に何かを確かめに来たんだ。
「真兵器『スサノオ』、この剣は理を破壊させる代物だ。かつての我が友、メビウスの遺品。起動には聖と魔のエネルギーを要するが……なぜ今、いや、数日は前のことだったがな。悪魔共の力まで起動したか、分かるか?」
「……知るか。そんな話をしに来たのか……?」
「そうツレないことを言うな。単純な理由だ。今だから、起動したのだ。……本当は魔剣を手に入れて、我の力だけで起動したかった。本音はな」
ボクは溢れる血を抑えながら、解放状態を解除した。——コイツは何を言ってるんだ。やけに饒舌じゃないか。ボクを殺そうともしなければ、まるで嬉しそうに語ってやがる。気味が悪い、なんてものじゃない。
「我の求める『新月の日』。それは森羅万象を無に帰すこと、世界の全てを破壊することだ」
「ボクらがそれを黙って見てるわけがないだろ……っ!」
「そうだな。それで当然。世界を壊そうとする我、そして守ろうとする主達。単純な話だろう。しかし、我にも壊したくないものの一つや二つあるのだ。……主はどうやら見たようだな」
メビウス、あるいはホルネィ様か。全ての起点が彼女達の復讐だとしたら、当人達を破壊することは望まない。しかしそれが何なんだ。ホルネィ様は理の外側にいる主神、メビウスは遥か昔にすでに死んでいる。……結局何なんだ、ロードが言いたいのは。
「……理解していないか。無理もない。主には説明してやるとも。聞く権利が、そして義務があるからだ」
「何なんだよ、本当に……」
ロードは濡れることも気にせずに近くの岩に腰を下ろした。いや、濡れてなどいない。薄い魔力の膜を張り、丁寧に雨を弾いている。敵を前に余裕とは気に障るが——悔しいが、今のボクは血を吐くだけの飾りみたいなものだ。
「時に、理とは何と心得る? 答えは信頼だ。あらゆる定義、秩序、法、力。全ての事実は信頼ゆえだ。そして信頼こそが理。理の乱れはその信頼の崩壊を指す」
「人によるだろ、そんなもん」
「確かにな。しかしスサノオの指し示す理とはそれだ。理の崩壊は全ての事象を乱す。天も地も、世の法則も。そして過去も、だ」
「過去……っ!?」
心臓が大きく跳ねる。あの映像の違和感、そしてボクを今まさに襲っている歪んだ現実。にわかには信じ難い。けれどその一言で全て片付いてしまう。
「これは序章だ。過去の崩壊、そして世界の崩壊。いずれこの世界は全て、無くなる。言葉の通り全てだ。天も地も、過去も未来も。我も主も」
「イカれてんのか……お前!!」
「主も主だ。前世の記憶を持ちながら、この世界に命を懸ける気でいる。よほど愛着があるようだ」
「っ……! 何を言って——」
前世のことを知っている。なぜだ、ロードには話していない。聞かれてすらいないはずだ。なぜそれを知って……なぜそんな話を……。
「言ったろう、メルナ・アマテラス。主には聞く権利と義務がある、と。主の前世とはこの世界とは異なるものだったろうが……その前世とやらが、本当の主と思っているのか?」
「何を、言って……」
嫌な音を立てて心臓が跳ね続ける。何を言っているんだ、コイツは。何を言っている? ボクはボク、ボクの記憶だ。それは間違いない。ならばロードが言っているのは——。ボクの頭が悪いのか、一向に結論を出せなかった。




