№76. その時代の三人
《あっはは。おいおい、相変わらずの散らかりようだなぁ、メビウス》
《別にいいでしょー。誰の迷惑でもないんだし》
「っ、あれは……」
部屋の扉をやって来たその顔に心臓が止まる思いだった。ロードだ。白髪の青年、ロード・アルスメード。そしてもう一人、若い少女。突然のことに剣を抜いたが、どこかおかしい。
《ねぇ、ロード。私ね、色々と研究してるんだけど、コレ見てくれる?》
《……どれどれ、見せてくれ》
「現実じゃないの。余やそなたを認識していない。映像のようなものじゃ」
その言葉に、剥き出しの刃を鞘に収めた。過去、ということか。しかしこれは映像だけなのか、あるいはボク達の思念のようなものが過去にまで飛ばされたのか。普通に考えれば前者だが、このなんとも言えない空気の匂いは現実のようでもある。
「……ならヨミちゃん、ちょっとこれ、見てみてよ」
「む? 何じゃ?」
フワリと寄ってくる彼女に、机に置かれた一つの紙を指し示した。そこには三つ、名前が書かれている。一つ、ロード・カタルメロア。二つ、メビウス・アマテラス。三つ、ホルネィ・ワルトファーレ。ロードはともかく、後の二つが問題だ。
「……アマテラス、じゃと? それにホルネィ……。なるほど、余の知らないことも多いのじゃな」
「待て待て。そんな簡単に流せる話じゃないでしょ。なんでアマテラスの名前が……ホルネィ様の名前がある……?」
アマテラスはボクの聖剣の名前だ。少なくともこの世界ではただそれだけの名前。そしてホルネィ様は世界の創造神。偶然か? いや、そうとは思えない。何だ、何が真実だ……?
「恐らくじゃが、ホルネィ様本人じゃな。かつての主神の名はハルノと記されていることが多い」
「……聞いたことあるよ。真名を口にするのが畏れ多いからだって。けど昔はハルノが真名だったって、そういうこと?」
「予測じゃがな」
確かに予測、とはいえ納得もできる。最初の主神はハルノ様、二代目がホルネィ様。そしておよそ六五〇〇年前かそれ以前、ホルネィ様は天使としてこの世に生きていた。それが今、見ている時代。
「ホルネィ様の親か祖母に当たるのがハルノ様かな。そなたにとってそれが重要な情報なのかは知らぬが」
「……確かに、重要なのはメビウスの方だ」
過去のメビウスとロードの会話を気にしつつ、また資料へと目を傾けた。何か、何かないだろうか。メビウスのこと、ホルネィ様のこと。何でもいい、何でも——ふと、手が止まった。
『外の世界に魔力が溢れ出した。外の世界に何か——悪魔がやって来たんだ。偶然だった。いつものように少しだけ、ホルネィは外の世界を覗いただけなんだ。——今日、ホルネィが死んだ』
最後の一文に指が震えた。——死んだ、そう書かれている。月の民、つまり悪魔がこの世界にやって来たのだろう。当時の外の世界は魔力が薄く、天使が長く生きていられるものではなかったはず。
だから『ホルネィ』という少女は、いつも少しだけ、憧れるように見ていたんだ。それが今から起きるのか、あるいは起きた後なのか。時系列は分からないが、思考の間に一つ、小さな揺れが起こった。
《わっ、何事!?》
《外で何かやってるんじゃないか?》
《外……。ね、ねぇ、ロード。外の世界、大丈夫かな……? ホルネィちゃんが、出てると思うんだ……》
その言葉に、ロードは血相を変えて飛び出した。やはり今か。この映像はボクらに何かを見せようとしているのか。あるいは意図などないのか。定かではない。
「悪魔が現れたってことは、七〇〇〇年前ってことか? 聖剣が現れたのは六五〇〇年前だよな。じゃあここから二、三百年のうちに多くが外の世界に進出するも悪魔の時代に。その中で五〇〇年までは二人とも何事もなく生きてるってことか?」
「そうとは限らぬな。特異な力を持った者にとって時間というものは縛られるものではない。むしろ、全ての時間が同時じゃ」
「……それはどういう?」
そのボクの疑問に対し、ツクヨミは見れば分かるとだけ呟いてボクの首に巻きついた。その二秒か三秒後のこと。突然に空間がぐにゃりと歪み、匂いが変わった。明るさのある空、雨の湿った音—— 血の匂い。
《お、おい……何かの冗談だよな。なぁ、ホルネィ、起きろって……》
《いやぁ、ホルネィちゃん……いやぁ……っ!》
彼らの頬を伝っていたのは涙か雨か。それは酷いものだった。腕と脚が失われ、焼かれ、そして水溜まりは紅に染まっている。呼吸がないことなど明らか。少女はそこで殺されていた。
《なんなんだよ、一体……っ! くそっ、くそっ……。なんだ、コレ……?》
「ほれ、見てみろ、メルナ」
「……ん? は?」
少女の赤く染まった一つの小さな手。それが一振りの剣を握っていた。直感が、ボクの背筋を冷たくする。アルスメードだ、アレは。五〇〇年後に現れるはずの、最初の聖剣。そしてもう一つ。彼女の近くには小さな本も転がっていた。
「……あれ? これは拾えるな」
「どれどれ、一緒に読もうではないか」
その本、いや、日記に書かれていることは摩訶不思議なものだった。いや、不思議と言うほどでもないのかもしれない。けれど異質であることに変わりはなかった。
『コレを読んでるってことは、そこの君達は過去を見てるってわけだ。ははっ、マジかよ。ウケる』
思わず、その日記を地面に叩きつけてしまった。遺品なんだ。大事にしなくてはならない、それは分かっている。それはそうと分かったことも一つあるからイーブンということにしておこう。この口調、間違いない。この子は主神ホルネィ様だ。




