№75. メビウスの図書館
——カツ、カツ。靴が地面を叩く音が響く。石のレンガに囲まれた道、そして下へと伸びる階段。これそのものは特殊な雰囲気を感じさせない。やはり、あるのは特別な資料・情報だけだ。
「ヨミちゃん、出ておいで」
「おぉっ、余とお喋りでもするか?」
「メビウス、って知ってる?」
その問いにツクヨミはふむ、と頭を傾けた。そして尻尾を振りながらふわふわとボクの周りを浮かぶ。
「知らないこともない、といったところか。特段、何を知っているわけではないぞ? せいぜい大昔の魔法学者だということくらいか」
「そっか。そうだよね。……大昔ってどれくらい昔?」
「どれくらい、か。ふむ……ずっと昔じゃ」
「あはは、ずっとかぁ」
そんな曖昧な返事に思わず笑みがこぼれた。ツクヨミは色々知っているようで、同時にどこか無垢な子供のようでもある。持ってる知識の基準はよく分からないな。
「見えてきたね。図書館っていうより……私室みたいな雰囲気だな」
開けた先、そこにあったのは木の匂いがする部屋だった。奥に続く道もないし、広くもない。ただの資料室のようでもある。昔というのがいつを指すのか分からないが、時間が経っている割には綺麗な部屋だ。
「しかし……本やら何やらが大量にあるな。でもメビウスの部屋なのは確からしい」
「何か見つけたの?」
「日記かな? ほら、律儀にメビウスって名前を書いてあるよ」
ツクヨミに見せながらも、中身をパラパラと捲った。悪魔が現れたというような内容が多く見られる。となればおよそ七〇〇〇から六五〇〇年前といったところか。
「思ったより昔だなぁ。メビウスってのは一体——ッ!?」
「む? どうした、メルナ?」
「いや……大したことじゃ……」
そうは言いつつも、ボクの目は釘付けになっていた。一つの名前が記されている。ロード・カタルメロア、メビウスの友人。聖剣を得る前——不老になる前のロード・アルスメードのことだ。それが友として名前が書いてある。
「……まだ何とも言えないな。でも思った以上の収穫がありそうだ。ヨミちゃん、一通りの資料を集めてくれるかな?」
「ふふん、余に任せろ。片っ端から集めてやろう」
尻尾を嬉しそうに振りながら、彼女は部屋の棚と机を漁っていった。それを横目に、ボクはまた日記に視線を戻す。ロードのことが書かれている可能性もあるなら調べないわけにはいかない。
『ロードの奴が聖剣を拾った。どうやら不老になってしまったらしい。私達天使は元より寿命が長い。とは言え不老と比べられるほどではない。彼だけ置いていけるものか——』
「ほら、メルナよ。ここに置いておくぞ」
「あ、うん、ありがとね」
運んでくれたツクヨミに笑みを向けながら、また向き直る。思ったより関係が深いらしい。大切な人ってところか。ロードにも友人関係みたいなものはあったのか。
『私は不老にならなくてはならない。そこで一つ、思いついた。悪魔の力を借りようではないか。……許してくれとは言わない。いや、呪ってくれ。今から私が踏み外す道を』
「……悪魔と人間——天使との融合実験ってことか? ……あっ! メビウスって、アレか!」
バッチリと記憶が蘇ってきた。そうだ、『メビウス』。その名前はヴァルタリオのヤツが呟いていた……気がする。そうだ、人間と悪魔の融合実験。思い出しただけでなんかムカついてきたぞ。
「しかし……意外だな。アレはてっきり枠を超越した力を得るためのものかと思ったら……許せる話じゃないが、元はそれなりの理由があるじゃないか。あの野郎が狂ってただけだな」
だが、そこから先は異様なものだった。人の死に理性が保てなくなったのか、ただ謝罪ばかりのページが多い。ごめんなさい、ごめんなさい、と。見るからに成功はしてないようだ。
『——死んでもあの子の元には行けない。不老になって彼と一緒に生きることもできない。私はいつもこうだ。中途半端、どこまでもダメダメ。地獄で償えるのだろうか。せめて苦しめてしまった者達が殺してくれれば良かったのに』
「……はぁ、胸焼けするよ。歪んだ愛ってヤツなのかな」
正直、個人的に言えば過去の殺人なんてものに興味はない。だが、それが現代にも影響を残しているとしたら。それが誰かの根幹であるとすれば。……ロードの他の、『あの子』とは何なんだ。
「メルナよ。ここにスサノオについての記録があるぞ」
「は!? なんで……!?」
ツクヨミの言葉に、半ば奪い取るような勢いでその資料に見入った。そこに書かれていたのは確かにスサノオ。そして『製作者・メビウス』の文字。
『兵器・スサノオ。起動には膨大な聖と魔、その二つのエネルギーを要する。剣の形を取っているが、刃を持っているわけではない。二つのエネルギーを吸収し、放出することで理を崩壊させることができる。これは巨大な脅威に対し、最終手段として封印しておく』
「なんだってこんなもんを……」
「当時は天魔戦争じゃったはずじゃからなぁ。いざというときの武力じゃろうな」
この件に関してはまぁ、確かに納得できることもある。そもそも時代が違うんだ。現代の倫理で語るような話でもない。トン、と音を鳴らしながらその紙を横に退ける。ふと妙な名前が目に入ったかと思えば、次の瞬間。背後で扉の開く音がした。




