№74. もう一つの世界
洞窟が真樹の根に繋がっていた。そしてその根が柱のように真世界に張っている。世界樹も真樹の一部だという話ではあるが、もしかしたらもっと広いところに繋がってたりするのか。だとすると、真世界にも外と同じで街という概念はあるのかもな。
「見た目の割に空気が良いですね。……いや、そういう話ではありましたが」
「……この建物、これも木の根みたいですね」
「ほとんどが空き家かたまにしか使わない部屋だよ。天使と呼ばれる者達が住んでいるのは主に最下層だ。まずは下りるとしよう」
まだ下なのかと思いつつ、周りを見渡しながら橋を踏み締め、そして階段を下っていった。言うなれば大洞窟の中の都市のような、そんなところだ。中心になっているのはやはり真樹、始まりはこの樹というわけだ。
「真樹というのはこの世界の核、我々の住むこの星そのものだ。その根に保護された空間、幾千幾万の昔から栄えていた本来の世界。私達にしてみては不思議なものだがな」
「……だから外の騒ぎも関係ないんですか」
「あぁ。世界の強度が違うからな。もっとも、ロードが真世界を狙っていないと判断するのも尚早だが」
一つずつ、段差を下りる。そろそろ地面が見えてきたかと思えば、その景色に息を呑んだ。エルフのような尖った耳の者や、小柄な者、大柄な者。翼が生えた者に角がある者まで。一つの種族なのかどうかは分からないが、彼らが天使だと一目で分かった。その天使の一人、白い翼を持った男が声をかけてきた。
「おぉ、これはこれは、外の世界の方々かな?」
「あぁ、すまない。急で悪いが、しばらく滞在するやもしれん」
「ははっ、いいさいいさ。おーい、みんな! お客さんだ! 粗相のないようにな!」
物珍しそうに寄ってきたかと思えば、そんな声を上げて笑っていた。街ではあれど、国ではないのか。あるいはボク達の常識とは違う在り方なのか。いずれにしても人が良いらしい。
「けッ、反吐が出るぜ。俺様には居心地悪いぜ」
「悪魔だもんね、お前。我慢しな」
ゼルは不服そうにため息を吐くと、そのままボクの頭によじ登った。ボクの頭はベッドじゃないんだが、まぁ良いとしよう。減るものでもない。
「部屋はそうさねぇ、空いてるところなら好きに使ってくれや。大抵のもんは揃ってるはずさ」
「助かるよ。ところで、真世界に来ている人間はいるか?」
「最近は見てねぇが……オルトレイだったか。そんな男が来てるらしいな。北の方って噂だったか」
オルトレイはここでまだ探してるのか。あれ、もしかしてずっとここにいたんだったら外の混乱を知らないんじゃ? だとしたらマヌケなんて話じゃないぞ。
「……あっ、そうだ、おじさん。ボク達、来たついでに一応聞いておきたいんですけど、『スサノオ』って知ってますか?」
「ん? あぁ、何だったか。兵器だろう? 理を壊すとかいう。それがどうしたんだ?」
良かった、情報としてはちゃんとあるらしい。意外と痕跡を探せば見つかるんじゃないか? じゃあここで最優先でやることも決まったかな。
「そのスサノオのせいで外の世界が大変なことになったんだけど、知ってること教えてくれませんか? なんでもいいんです、些細なことでも」
「知ってることとな? 何も知らないが……それこそ今言った兵器だということくらいのものさ。すまないな」
「そうですか……いえ、お気になさらず」
「しかし、気になることがあるなら『メビウスの図書館』に行ってみてはどうだ? あそこには色んな情報がある」
メビウス。……メビウス? 人名だよな、たぶん。どこかで聞いた覚えがある、気がする。メビウスの輪じゃなくて、何か……この世界に来てから聞いたことがあるような、ないような。もしかしたらなかったかもな。
「分かりました。それでその、『メビウスの図書館』とやらはどこに?」
「案内しよう。ほれ、私について来い」
周りの高い建物や無数に掛けられた橋を眺めながら、大人しく彼の背中を追った。しかし妙に引っかかるな。メビウス、メビウス……。やっぱり聞いたことがある気がするんだが、すっかり忘れてしまった。アルさんやナナが反応しないということは、さほど有名な名前じゃないんだろうが。
「アルさんはここに来たことあるんですよね?『メビウスの図書館』には行ったことあるんですか?」
「いや……知らないな。以前来たときにはそんなことは聞かなかったから」
「無理もないさねぇ。あの部屋は我々が隠し、守るべきところだ。本来は外界の人に見せるところでも、たとえ天使相手にも余所者に教えるところでもないのさ」
これは思ったより重大そうなところじゃないか。図書館なんて言うからもっと公共の場なのかとも思ったが、どうやらそうでもないらしい。ボク達だけに見せてくれるのなら、オルトレイが見つけられなかった情報もマジにあるかもしれないぞ。
「……一つ聞いても良いか? それをなぜ私達に教えるのだ?」
「ふふっ……大層な理由ではない。そこの娘さんが、『剣聖の聖剣』アマテラスの主だからだ」
「えっ、ボク?」
思わず心臓が跳ねそうになった。ボク、というよりかはアマテラスか。口ぶりからするに聖剣ではなくアマテラスであることに意味があるらしい。……アマテラスに? ボクと一緒にこの世界に生まれた剣だぞ。歴史があるものじゃないはずだが。
「さて、到着したよ。ここが『メビウスの図書館』だ。ここから先はアマテラス、君だけが向かってくれ。あるのは資料だけだが、他の方に見せることはできない。もちろん、私も含めて」
「……分かった。案内ありがとう、行ってきます」
「気をつけろよ、メルナ」
ゼルをナナに預け、進んだ。それはどこか祭壇のようであり、さらに地下へと進む階段がある。周りと不釣り合いな雰囲気だが、だからこそ、何か引力のようなものを感じる。現地の天使すら知らないという部屋。この先に気配があるでもないが、気を引き締めて下りていった。




