№72. 真世界に向けて
夜を越し、翌日。空はまだ異常な歪みを見せているが、街はほとんど元通りだ。ところどころに亀裂はあるものの、立ち入り禁止にされているから被害が出ることもない。朝の空気はどこまでも澄んでいる。
「メルナ様、朝食の準備が整いました。召し上がりますか?」
「うん、ありがとう。……あれ、ゼルは?」
「ベッドの隅で寝ていますよ。昼には起きると思います」
相変わらずか、と呟きながら机に着く。焼きたてのパンケーキとスープ、それから果物がいくつか。天変地異で城は半壊していたけれど、食材は無事だったらしい。少なくとも、しばらくはやりくりできる程度には。
「それで、メルナ様。真世界に行くと仰っていましたが、私もついていってよろしいですか? よろしいですよね?」
「もちろん。ボクもあんまり詳しくは知らないけど、別に危険な場所ってわけでもないらしいしね。今の世じゃ、たぶん表の世界よりもよっぽど安全だよ」
真樹——この世界の地盤となっている大地の、その下側の世界。理を崩壊させたスサノオとやらが真世界の兵器なのだから、それを発動することで真世界までもが崩れることはない。と、思いたいところだ。
「スサノオっていうと、やっぱりアマテラスとかツクヨミと関係あるのかなぁ……。ない、なんてことはないと思うんだけど……」
「どうかしましたか?」
「あぁ、いや。独り言みたいなものだよ。気にしないで」
パンケーキを切り、口の中に放り込む。スサノオは兵器。アマテラスは聖剣で、ツクヨミはその意思であり魔剣。アマテラスとツクヨミは一心同体のような存在だが、スサノオとの関係は何も分からない。そもそも、ボクがこの世界に来る前からあったものなのか否か。そしてロードが起動したタイミングには何か理由があるのか。
とはいえ四大聖王であるオルトレイが探しても見つけられなかったもの。いつからロードの手中にあったのかは分からないけど、そう簡単に得られる情報もないだろう。結局、考えて分かるものでもなさそうだ。
(ヨミちゃんは何か知ってる? スサノオのこと)
(古来より存在する真兵器であること、その力は世の理を壊し全てを無に帰すためのものであること。余が知っているのはこの程度じゃ)
スープを飲み、思考を回す。つまりボクがこの世界に転生する以前から存在したということか。ならアマテラスとの関係もないのかもしれない。もしかしたらホルネィ様の気まぐれという可能性も……まぁ、なくはないか。
(ちなみに理を壊すというのがまた複雑でな。例えば空が壊れ、局地的に空気が薄くなったり濃くなったり。大地が割れてその下から新たな魔物が溢れ出したり。場合によっては昼夜が回らない地が生まれたり、魔法を扱えなくなったりじゃな)
(要はめちゃくちゃってことね。空間にグラデーションがなくなって、世界が歪んじゃってるわけだ)
(誰が作った兵器なのかは知らんがの、良い迷惑じゃ。ただの巨大大砲のようなもんじゃったら良かったのに)
確かに、製作者が誰なのかも気になるところではあるか。ただの魔力出力兵器ではないようだし、魔法学を応用したものだろう。
その何かが分かればスサノオの影響で壊れた世界を戻す方法を見つけられるかもしれない。聖剣のように神の生み出したものという可能性もあるが、兵器と言うだけあって誰かが作ったのだと思いたい。
「ところでメルナ様。メルナ様はどうして真世界に行きたいのですか?」
「色々あるけど……。結局さ、一番はロマンだよね!」
「ふふ、こんなときに呑気なものです。メルナ様らしくて、私は好きですが」
ナナはくすりと笑みをこぼすと、手際良く食器を片付けてくれた。その音に起こされたのか、ゼルが黒い毛を逆立てながら背を伸ばす。喋らなければ可愛いんだよな。本当に。
「ともあれ、今やれることと言えば——」
「メルナァ!」
「っ、お姉様!?」
顔でも洗いに行こうかと立ったところ。ノックもされずに、扉は大きな音を立てて勢いよく開かれた。アルさんはこう……ときどきスゴい勢いになる。
「どうしたんですか、アルお姉様。ノックくらいはしてほしいものですが……」
「何、気にするな! それより早く準備をしろ。真世界に行くぞ」
「あ、はい。……えっ、急すぎじゃないですか!?」
国のあれこれもあるだろうに、国王様からの許可ももう貰えたのか。とはいえ早いに越したことはない。善は急げと言うくらいだし、そうとなれば大人しく準備に進むか。
「ナナ、ボクの服は準備されてるかい?」
「はい、予備も含めて。持ってきますね」
「おッ、なんだ。出掛けんのか。俺様もずッと城にいたから退屈だッたぜ」
ナナは部屋の奥へと向かい、この黒猫は尻尾を振りながら生意気にそんなことを呟いた。ボクはその間に顔を洗い、聖剣の手入れをする。思ったよりも早い出発なのは確かだが、こうも心躍るのは久しぶりだ。悪い気はしない。




