№70. 雷天と伏魔
空気を割るような音に、反射的に視線を外に向けた。ただ一発の雷。空は雲も少ない。天変地異の影響なのかもしれないが、およそ自然現象とは言い難いものだ。人によるもの、そう見て間違いない。
「一体……」
「あぁ、気にする必要はない。恐らく援軍だ」
「援軍?」
慣れた口調でベルアルドさんがそう告げた。他の全員は納得したように落ち着きを取り戻す。聖議会の人間だろうか。なぜ雷を落としたんだ? いや、もしかしたら——
「あの、だったら迎えに行きますか?」
「いや、その必要はない。どうせすぐにやってくる」
「え、それはどういう……」
——ドンッ。再び、雷が落ちた。だが今のは空からではない。雷が落ちた地点から、この王宮に向かって水平に轟いたのだ。激しい光に包まれたかと思うと、扉を開いて影が二つ現れた。
「これはこれはバラムランデ王家の皆々様、ベルアルド以外は初めましてかな、どーも」
「復興の手伝いに来てくれたのか?」
「そういうわけだ」
一人は金髪の青年、もう一人は白髪の老人だった。そしてどちらも、腰に剣を携えている。間違いない。聖剣持ちだ。二人、どっちがどっちかは分からないが、会ったことがないのはもうこの人達だけか。
「いやいや、すまないね。世界中どこもかしこもこんなんだから、回るのに時間がかかってしまって。ここにも長居はできないのだが……うん。自己紹介くらいはしておこうか。私は雷天の聖卿、カイロ・サンダースだ。よろしく」
「儂はクリオラ・ガラングレイロード。さて、始めるとするかの」
饒舌な男、カイロ・サンダースと老人がクリオラか。サンダースは第六の剣『雷天の聖剣』、ガラングレイロードは第九の剣『伏魔の聖剣』だな。名前からするに雷を落として移動してきたのはカイロの方か。クリオラがその手伝いか?
「さて……さてさて。広いな、骨が折れる」
「……何をするんでしょうか?」
「ん、そうか。メルナは知らないか。彼の聖剣は魔を従える。対人戦闘能力は他には劣るが剣を持った大魔導士ってところさ」
説明を聞きながら、クリオラの動きに集中した。魔力が空間を渡り、彼の命令に従う。壊れていた城が、街がみるみると建て直されていった。明かりが灯り、眩しく、そして清々しく。あっという間に、瓦礫の山は姿を変えた。
「クリオラ殿よ、ありがとう。お礼をさせてくれ」
「気になさるな、バラムランデの王よ。儂らへの報酬は聖議会から出る。これは仕事だ」
剣を収めると、魔力の流れも静かになった。国王様は頭を下げるが、クリオラは気にすることなく背を向ける。カッコいいお爺ちゃんだ、まったく。つまり、崩れた街を直すために彼が必要で、カイロが彼を運んでいるのか。
「さて、私達は次の地に行かねばならない。……が、ことがことだ。ベルアルド、メルナちゃん。また近く、聖議会で集まるとのことだ。ほとんどの魔導具が使えないだろうから大変だけど、三週間後、いいね?」
「あ、はい。分かりました」
そう残して、彼らはまた轟音を轟かせて飛んでいってしまった。忙しないな、なんだか。それも仕方ないか。こんなことになってしまったのだから。
「聖議会、アルさんも一緒に行きましょうよ」
「え、私もか? いいのかな。私はまだ選ばれてもいないし……」
「何、いいだろうよ。教皇様には俺達が紹介してやるし、今のお前なら実力も申し分ない」
「……兄上がそう仰るのなら」
ロードとの戦いが近い、そんな気がする。となれば正直、ボクはアルさんがいてくれた方が嬉しい。……困ったものだ。死にたくないから鍛えていたのに、やっぱり面倒事には巻き込まれてしまう。
「ふぅ……彼らのおかげでしばらくの問題は解決したか。大地のヒビ割れや崩れた空は直らないが、ずっとマシだろう。お前達も疲れたろう。あとはゆっくり休め」
「はっ、ありがとうございます」
頭を下げて、解散した。確かに疲労は溜まっている。酷く、溜まっている。あまりに色んなことが起こりすぎた。生きていただけ幸運、本当は逃げ出したい気分でもあるが。この規模の危機を前に安全なんてどこにもないだろう。
「あっ、メルナちゃん達。お話は終わったところですか? 僕もそろそろ帰ろうというところで」
「え、もう? ゆっくりしていけばいいじゃんか」
「気持ちはありがたいですけど、僕の住んでる街のこともありますから。あ、今日はお邪魔させていただきますがね」
「なんだ、良かった。流石にこの状態で出たら行き倒れちゃうもんね」
とはいえ、テンヤともお別れか。もちろん聖議会でまた会うことにはなるだろうが、ちょっと名残惜しいところもあるな。せっかくなら前世の話でもうちょっとくらい盛り上がりたかったところだ。
「おーい、メルナ様ー!」
「お、ナナ。……あれ、ゼルは?」
「部屋に閉じ込めておきました」
ナナは笑顔でそう言った。その手には綺麗なタオルがいくつか抱えられている。もしかして、とは思うが。だがその予感が外れることもない。
「お疲れでしょうから、お風呂に入りましょう。浴場は無事でしたので、背中をお流ししますよ」
「それはいいな。せっかくだ、私もお供しよう」
「お風呂かぁ……うん、ソーダネ。入ろう」
ナナに引っ張られながら大浴場へと向かった。よっぽど心配だったのか、その手に込められた力は小さくない。綺麗な女の子と風呂に入るというのはボクとしてはまだ抵抗があるのだが、まぁ、うん。たまには素直に入るのも悪くないよね。うん。




