№68. 崩壊
「そろそろ、『継天の腕輪』も発動する頃でしょうかね」
「たぶんな。だが向こうも理の崩壊とやらで色々起こっているのかもしれん。だとしたらこれも発動するのかどうか……」
「あぁ、確かに」
理の崩壊、それがどれほどの規模のものなのか。そして何を指すのかが分からない。今のところ大地が割れて天も崩れている。が、今は何が起こっているわけでもない。
「聖議会からの連絡もありませんよ。これほどのものなら何かしらの通達があってもおかしくないのですが」
「そういえばそうだね。……魔法は使えたけど、もしかして色々乱れてるのかな」
見上げると雲が異様に揺れて、青空が波打っている。もしかしたら魔導具が上手く機能していないのかもしれない。もしそうなら帰るのは自分の足か。困ったというか、ここじゃ何も分からないな。
「どちらにせよ、退げた騎士団と合流しようか。馬があれば少しは早く帰れる。国が崩壊していなければいいが」
「ヨミちゃんは何か分からない?」
「さぁ、余も万能というわけではないからなぁ。しかし常識が通じない世界になっている可能性もある。スサノオは世界をひっくり返すためのものだからな」
ツクヨミの言葉に背筋が粟立つ。世界をひっくり返す、ロードはそれをして何をしたいんだ? アイツが言った『新月の日』、月の民と真世界の住人による争いが始まった『満月の日』。満月、表世界に生命が溢れかえった日……。
「ロードの目指すのは世界の崩壊? 理が崩壊したら何が起こる?」
「……魔物、じゃないですか? 今でもいますが、元は理外の存在。可能性ですが、この世界に魔物が溢れかえっているのかも」
可能性の話だ。もしもの話。突拍子もない馬鹿げた話。でももしそうなら。そうだとするなら。事実、今起こったのは人間の尺度で考えられることではない。
「っ、全員、急いで帰還するぞ! バラムランデに、世界に危機が迫っているかもしれない!」
「はいっ!」
ベルアルドさんの声に、四人全員が駆け出した。木々を抜け、風を追い越し。溜まった疲労を押し潰すように、ただひたすらに脚を回す。
「メルナ、大丈夫か? 苦しかったらおぶってやるが」
「アルお姉様……いえ、すっかり好調です。これ以上の負担をかけるわけにはいきません」
「ふふ、そうか。良い意気だ」
素直ではないだろう。先ほどまでよりずっと楽、それは事実ではあるが。何も使い切った魔力が戻ったわけでも、体力が回復したわけでもない。それでも自分の脚で走る。アルさんだって疲れているんだから。
「……あっ、団長! 先ほどの地割れは一体——」
「大魔公は倒した! 急いで馬を出す準備をしろ!」
「はっ、はい!」
森の途中、十数人ほどの騎士団と合流した。彼らは何が何やらといったような顔だったが、団長であるアルさんの言葉に一切に荷物をまとめ、馬の準備を進めた。
「皆様、準備が整いました! こちらに!」
「よし、急ぐぞ! できれば今夜中に到着したい!」
「わわっ」
躊躇うことなくボクの身体は持ち上げられ、アルさんの馬に乗せられた。相変わらず、自分では馬に乗れないのが弱点だ。だが今はそんなことを言っている場合でもない。ただ先を見据え、森の出口を、そしてバラムランデへの道を一本だけ見ていた。
「アル、気張っていても馬の速さは変わらない。気持ちも分かるが、今は落ち着け」
「……兄上。えぇ、そうですね。確かに、少し気を緩めるとしましょう」
カランコロンと馬の走る音が響く。揺られながら、風の感触に頬が冷えた。少しではあるが、張り詰めていた空気が緩んだようだった。今日はどうも、感情の起伏が激しくて参る。
「ツクヨミよ。一つ聞きたいのだが……いや、知っていればでいいんだがな。龍剣とは一体何なんだ? そしてこの剣に宿っている古龍の加護とは一体?」
「ふふ、やはり気になるか? 仕方ない、説明してやる。一言で表すなら不可壊の剣。そしてあらゆる魔法を弾く力を持っておる。分かりやすく言うなら『めっちゃ強い剣』じゃ!」
「おい、急にチープになったぞ」
ツクヨミの緩い言葉についツッコミを入れてしまった。壊れない剣というと聖剣にも近しい気がする。魔法を弾くというのも対魔の加護に近い。聖剣との繋がりがあるのか。あるいは至高の武器が行き着くところが同じなのか。
「古龍の加護というと大層な名じゃが、要するに適応能力のようなもの。龍剣は持ち主にとって最適なものとなる」
「なるほど、道理で魔力の通りが滑らかだと思った」
「加えて余との繋がりがある。そなたも月の焔をほんの少し引き出せるじゃろう」
「本当か!?」
アルさんの声が引き上がったのは気のせいじゃない。魔力の外付けはあるものの、属性が与えられるというのは不思議だ。属性は体内にある魔力によって決まるもの。本来は無い属性を引き出せるというのは変わっているどころの話ではない。
「お揃いですね、アルさん!」
「あぁ、そうだな。私も鼻が高いよ」
そんな話が少し弾み、馬に揺られておよそ半日。日の光はすっかり沈み、赤、そして紺へと色を変えた。その先にやっと見えたバラムランデ王国。光は少なく、声は聞こえるものの焼けた匂いも漂っていた。




