№67. 古龍の力
薄れた意識にもしっかりと届く声。古龍ヴァース、その名が大地を揺らした。なぜ現れたのか、何が目的なのか。何も分からない。分かっていることといえば七大覇王との連戦なんてできないということ。
「クハハッ、そう身構えるな。我は何も、貴様らと事を構えるつもりもなければ、ジハークの仇討ちなどは考えてもおらん」
「なら何が目的だ! 今の天変地異は貴様のものだろう!?」
「フフッ、そんなわけがなかろう。先のは世界中の理が崩壊した音だ。我とてそんな力はない」
「なら誰が……っ!」
怒声の中、アルさんがボクの身体を強く抱き締めた。温もりに包まれつつも、すぐ近くに寄っている巨大な冷気に押し潰されている。存在としての格が違う。
「あれは真兵器『スサノオ』によるものだろう。ククッ、古代の兵器もアルスメードの魔力と力があれば起動もできるのか」
「兵器、だと……?」
「だから我とは無縁よ。そもそも、人類と敵対するつもりもない。そちらにはドラグメイデンがいるからな」
まさかとは思うが、いや、そうなのだろうが。元から真世界の兵器がロードの手中にあったと? だとしたら真世界には無いわけだ。なぜ今なのか、それはやはり謎だが。
「げほっ、がはっ!」
「っ、用がないならば退散する! 我々もお前と戦うつもりはない! 急がねばメルナが——」
「いいや、用はある。娘、アマテラスにはな」
「おいっ! 何をする気だ!」
突然、巨大な鼻息が接近する。すぐ隣に龍の顔が、そして髭が伸びていた。頭が回らない。ボクに用があると言ったのか。不思議と恐怖もない。痛みのせいか——いや、その痛みも何か引いていくようだ。髭が左肩に触れて……ん?
「ぶはっ、はっ! ……?」
「メルナ!」
肺からは澱んだ血液が絞り出され、柔らかい空気が流れ込んできた。呼吸ができる。痛みがない。魔力は枯渇しているが左腕もある。
「な、何が……?」
「メルナ・アマテラス、貴様は我が子だからな。多少の慈悲は与えてやろう。いや、正しくはツクヨミが、だが」
「助かったぞ、パパ様。余から感謝を伝えよう」
「クハハッ、一度限りだぞ。上から目線なのを瞑ってやるのもな」
ツクヨミは嬉しそうに尻尾を振りながら、ふわふわとボクの近くに戻った。ホルネィ様もそんなことを言っていたか。ボクには月の民——悪魔の因子もあると。つまり転生時、この肉体を作るにあたって古龍の細胞か何かを使ったのか? あの人は何をやってるんだか。
「……まぁ、うん。感謝しとくよ、ボクの方からも。ありがとう、助かった」
「良いってことだ。ただし二度目はないぞ。お前も残りの半分は真樹の住人だからな。慈悲はこの一度限りだ」
「うん、分かってる」
ふと力を入れると、やはりそこには左腕がある。鱗のようなものがあり、どこか変わったような腕ではあるが。でも解放したらこれと似たようなものだからそう違和感があるわけでもない。
「ついでのプレゼントだ。我が子が懐いているらしいそこの娘、手を出せ」
「……わ、私か?」
言われた通り、というほど従順ではないが、アルさんが右手を伸ばす。ヴァースはその手にちょんと触れると、一本の鋭い剣が姿を現した。
「……これは?」
「龍剣・八雷剣。古龍の加護を宿した神の剣だ。くれてやる」
「なぜそんなものを……」
「言ったろう、これは我が子が懐いているからだ。我からではなく、ツクヨミからの贈り物と思えばよい」
古龍の加護とは分からないが、その剣が発する力が膨大であることは分かった。ジハークを斬ったときの力の跳ね上がり、あれと関係があるのか。妙に馴染むのを見るに、ツクヨミがアルさんに力を与えていたのかもしれない。
「クハハッ、ではさらばだ! 我は自由を謳歌するとしよう!」
そう叫ぶと、彼は笑い声を高く上げながら空へと昇っていった。よほど不自由な暮らしをしていたのか。もしかしたらスサノオの起動によって解き放たれたのかも。
「……真兵器、なんなんでしょうか。なぜ今、ロードは一体何を……」
「さぁ。でも合点がいきましたよ。たぶん、ジハークはスサノオを起動するための時間稼ぎだったんだ。さっきの地割れも大波も、悪魔領の方からだった。……あっちで起動されたんですよ」
「何はともあれ、だ! メルナ、お前が治ったのだから良いじゃないか!」
「それもそうですね。ありがとうございます」
分からないことも依然として多い。むしろ増えたかもしれない。加えて真兵器『スサノオ』、それが世界の理を壊したというのなら、この地の天変地異のようなものが世界中で起きているということ。そう軽く考えられる話でもない、が。
「……お姉様、良かったです。ボク、助かりましたよ」
「あぁ、まったくだ。悪魔の力を借りるのはいささか不服だが、この剣があればもう少し、お前の力になれるかもしれない」
「余も助けてやるぞ! その腕があれば解放の負担も減ろう」
「ははっ、そっか。ありがとう」
外の世界はめちゃくちゃかもしれない。もしかしたら、全てが崩壊しているのかも。だとしてもボクらは一つの戦いに勝った後。ならば少しくらい、ここで休憩しても良いんじゃないかと。そう思っていた。




