№66. 七大覇王
森はすっかり静寂に包まれ、軋んでいた魔力も収まりつつある。ボクの頭に響くのは自身の荒い息と鼓動。その外側から、アルさん達の声も入ってくる。
「けほっ、げほっ……あぁッ。……ジハークの、魔剣は……」
「分からない。血に溶けて消えてしまったよ」
アルさんに支えられながら、上半身を起こした姿勢で止まる。鼻を刺す匂いはボクの血か、あるいはジハークの撒き散らしたものか。どっちにしても生臭いことに変わらない。
「魔剣はね、主人の魂と結びついているんですよ。だから主人が死ぬと消滅する。代わりにまたどこかでリポップしてるはずですよ」
「リポップて……」
ゲームみたいな表現を、とも思ったがそうだ。テンヤは元々日本人、ゲームの知識もあるのか。いや、今はそんなことどうでもいいんだ。
「兄上、大事はありませんか? 私はメルナを背負いますが」
「あぁ、問題ない。多少の怪我はあるが、よくこれで済んだものだ」
ボクの小さな身体はひょいと抱え上げられ、アルさんの背中に乗せられた。普段なら良い香りがどうのと思いたいところだが、そんな余裕もない。なんせ腕が落ちてるんだ。意識があるだけ上々。
見渡せばひどいものだった。見渡す限りが血に染まり、木々は倒れ腐敗している。そこにあるのは戦闘の跡だけ。みんなも致命傷はなさそうだが、全身が深く斬り刻まれ、形を保っているのがおかしいくらいだ。
「げほっ、アルお姉様……無理はなさらないで……」
「無理なものか。お前の身体は軽いからな。転移術を使える者がいればよかったのだが……。安心しろ、連絡は投げている。時間はかかるが王国の方が『継天の腕輪』を発動して強制帰還させてくれるさ」
「それは……よかったです」
そんなことを呟きながら、みんな立ち上がり、歩き始めた。アルさんは口を結び、走ってでも帰りたいようだが、そんな体力も残ってない。誰も一緒だ。かろうじてテンヤはまだ少し余裕が残っていそうだが、帰りの襲撃を警戒するなら温存するのも必要不可欠。
振り返ってみれば何も得られなかった。いや、七大覇王を一つ落としただけで大きなものだが、だとしても、ジハークが何を企んでいたのか。そしてロードとどう繋がっていたのか。
「しかし、メルナちゃんには助けられましたよ。君の力がなかったら僕達は戦うことすら叶わなかった。今は頑張ってとしか言えませんが、完全回復薬を使ったら全て治ります。……頑張って!」
「……はは、ありがと。うん、でも痛みにも慣れてきたよ。ちょっと楽だ」
「当然じゃろ。剣聖の加護による成長とは肉体だって伸びるんじゃ。痛みを受けて成長すれば、その痛みにも耐えうる肉体になる」
「ヨミちゃん……やっぱり急に出てくるんだね」
相も変わらずそこが好きなのか、姿を見せたツクヨミはご機嫌そうに首に巻き付いた。アルさんの背中のボクの首の上というややこしいことになってるが、この状態の彼女は重さがない。アルさんの負担にはならないだろう。
「帰ったら俺からご褒美をやろう。そうだな、都の菓子をたんまり買ってきてやる」
「あははっ、それはそれは……ありがたいことです。——ッ!?」
みんながボクを元気づけようとしてくれていたその途中。当然、大地を揺らす大地震に見舞われた。いや、地震じゃない。森——樹海が崩壊し、大陸が砕けているのだ。天も崩れ落ち、まさに天変地異。
「くっ……何事だ!?」
「おい、地面が割れているぞ! 気をつけろ、落ちるんじゃないぞ!」
「皆さん、しっかり……え、は?」
まだ揺れは収まらない。そんな中、見上げるほど高い波が押し寄せるのが見えた。この地は海からは遠く離れている。それなのに。天を覆うほどの大波が——。
「あんなん……どうしろって……」
「はぁっ、はぁっ……おいで、アマテラス……っ!」
「なっ、無茶を……ッ!」
アルさんの肩から少し乗り出し、残った右手で剣を抜く。制止も関係ない。ここで止めなくては全員死ぬ。ボクがやらなきゃみんなが死ぬんだ。
「くっ……『氷結世界』!」
剣の先を向け、魔力を解放した。魔力が氷へと姿を変え、それが波に呑まれた。ほんの一瞬。その波は止まり、凍結、そして止まった。
「はぁ、はっ……げほっ、がふっ!」
「メルナ! だから無茶をするなと……ッ!」
「ぁっ、はっ、はぁっ……」
血が迫り上がり、呼吸が乱れる。心臓の音がやけにうるさい。揺れは続くが目の前の脅威は止まった。なのに、ボクの目の前にあるのは死のイメージだ。……ダメだ、聖剣を解放状態で使いすぎた。
「余の声を聞け、メルナ! そなたは死なぬ、だからしっかりするんじゃ!」
「あっ、かっ……ごぽッ!」
「おい、メルナ! しっかりしろ、息を! おい、ダメだ、死ぬな!」
背中から下ろされ、冷たい地面に背を合わせる。声がする。顔も見える。けれどそれが遠くにも思える。死にたくない。人を助けて死ねる、なんて高尚な思いは抱けない……!
「ククッ……吸血鬼の王たるジハークがこんな矮小な者共に落とされるとはな。胡座をかくからこうなるのだ。同じ悪魔といえど、所詮は卑俗な種の王か」
「はっ……お、お前は……ッ!」
薄っすらと、視界の先に巨大なものが見えた。急に現れたんだ。目を凝らし、その姿を焼き付ける。長い、長い緑色の身体。髭、鱗、角、尾。悪魔の王と呼ばれる圧倒的な存在。
「せっかくだ、興が乗ってきた、名乗ってやろう!我が名はヴァース・ディカオス。七大覇王がその一柱、古龍のヴァースだ! クハハハハッ!」




