№65. 御欠月
吸血鬼の王とロード・アルスメードが繋がっている。ヤツ一人でさえ手に負えないというのに、そんなことがあっては一体どうしろというのか。
「おい、ジハークって言ったか。ロード・アルスメードとはどんな関係だ?」
「何、つまらないものですよ。詳しく話しても構いませんが……生憎、語る理由もないので、ねッ!」
「ぬぁっ!?」
空中で手を回すと、天地が歪み、立つことすらできなくなった。仕方ない。まずはジハークを倒すことに集中しよう。相手は七大覇王、余裕を見せられる相手じゃない。
「知っていますよ、アマテラス。強力な能力を持った我々にとって天敵だと……!」
「くっ、このっ!」
一瞬、前方にいたはずなのに突然にボクの前に現れた。剣を振り、襲いくる手を受け止める。ギリリと押し合う音が鳴り、なんとか押し返す。が、向こうはこっちの認識を歪める能力に加えて血も操るときた。突き放しても不利なだけだ。
「メルナ! 援護は任せろ!」
「っ、ありがとうございます!」
弾丸のごとく飛ばされる血の塊を、アルさんが剣で弾く。数えられるものではないのに、その全てを叩き落とす勢いだ。パワーはないらしいが、剣の速さがそれを補っている。
「僕らだっているんだぞ……!」
「そうだ! 覇王と言えど貴様は一人ッ!」
ベルアルド殿下の激しく、そして速い剣戟。そして防御も叶わないテンヤの斧。二人の連携に大気が軋み、森は続々と斬り開かれていく。
「ふふ、何度やっても無駄なことです。あなた方は私を捉えられない」
「ぐぁっ!」
マントを揺らし、血の弾丸が直撃した。ジハークに近寄れば近寄るほどに認知が歪むのか。だとしたら距離を取らないと……いや、そうすると決定打がなくなる。対魔の加護を持つテンヤはまだ対抗できるが、ベルアルド殿下では正確に視認することすらできない。
「交代しましょう、お兄様! ボクが斬ります!」
「っ、バカを言うな! まだ解放はしないだろう!? 死ぬだけだぞ!」
「いいや、大丈夫です! もう学習しました!」
脚に魔力を込め、地面を割る。その様子にアルさんは咄嗟に理解してくれたらしい。ボクの前方、血の塊を斬り落とし、道を開いてくれた。
「おいで、アマテラス」
「よし来た! 余の感覚を与えてやろう!」
蹴り上げ、突進する。剣には冷たい炎を、全身には熱い氷を纏わせた。まだ少し、近づくと平衡感覚を狂わされる。が、それはあくまでボクの感覚だ。ツクヨミはすでにジハークを捉えている。
「『月の焔』!」
「なッ……!?」
剣が空を焼き斬り、そのまま皮膚を掠めた。一歩、見誤ったか。それでも届いた。急激に魔力が湧き上がり、ボクの身体が変化する。聖剣はひとたび、刀へと姿を変えていく。アマテラスを解放すれば、まともにやり合えるはずだ。
「……ロード・アルスメードは言っていました。あなたとの戦闘は時間をかけるべきではないと。参りましたね。そこまで時間をかけてはいないはずですが」
「ふざけんじゃねぇよ、余裕な顔して。……テンヤ、言いたいことは分かるね?」
「……はい、お気をつけて」
一歩、彼は交代した。現状、コイツと対等に戦えるのはボクだけだ。けど、解放したとしてボクは経験が浅く地力も拙い。ボクが弱らせ、能力を維持できなくしてから後方に託す。現実的なのはこんなところか。
「いいんですか、一人で。殺しますよ?」
「仕方ないだろ。お前の力の特効がボクだけなんだから」
剣に魔力を迸らせた。月の焔は消せないし砕けない。魔力で掻き消すことはできても、解放中はそれもほぼ不可能と見ていいだろう。少しずつだ。少しずつでいい。
「能力ゆえに、私は斬り合いは苦手なんですがね。……力を貸せ、魔剣ブラドムーン!」
「なっ……!」
呼び起こすと、彼の手元は血の滝に塗れ、そこから一つの鎌が現れた。魔剣、思えばそうだ。悪魔の武器、大魔公ともなれば、ひいては七大覇王ともなれば持っていてもおかしくはない。
「狩りの時間だ……ッ!」
「くっ、危ねッ!」
目を離してすらいない。次の瞬間には背後から、ボクの首に刃を当てていた。斬り落とされる直前、刀でそれを受け、身体を逸らす。振り抜かれた先、視界に映る木が刈り取られ、血の飛沫がそれを枯れさせた。
「ふっ、とっ……」
「軽い身のこなし、流石ですね」
「お前は鈍重だもんな……!」
再び大地を蹴り上げ、崩壊させながら斬りかかった。鎌は大きく、相変わらず距離を取るのは得策ではない。休む暇なく、素早く刃を振り下ろす。
「くっ、この……! やかましい……!」
「知らねぇよ……。『御光陽炎』!」
「がっ、あぁぁっ!!」
最大出力の炎熱、それが氷になって振り下ろした。鎌を、そして腕を凍結させ、焼き尽くす。それが転換となり、魔力が格段に落ち、鎌を持つ手も緩んだ。繋ぐなら今、せめてもう一太刀、弱らせておこう。
「『氷結……』」
「ぬぁあっ! 『御欠月』!」
「ッ……!?」
魔力を解放し、一帯を凍結させようとしたところだった。熱と氷で腕は動かせなかったはず。いや、動いてなかったんだ。全身から血が吹き出し、それが刃となって周囲を斬り裂いた。
「メルナ!」
「はぁ、はぁ……っ、くそっ。よもやここまでやるとは……」
「ぬっ、ぁっ! くぁっ……!」
(おいメルナ! しっかりするんじゃ!)
意識が飛びかかるほどの激痛。解放はいつの間にか解け、魔力も垂れ流しになっていた。全身が刻まれていたが、それ以上の違和感。左肩から下がいやに熱い。動かしても感覚がない。まるで焼かれたような、ひどい熱。視界の先には、腕が一つ転がっていた。
「くっ、あぁっ……!」
「よく頑張ってくれました、メルナちゃん! あとは僕達に任せて……!」
「アルに見てもらえ! すぐに王国に帰還するぞ!」
「くっ、小賢しい! 邪魔をするな!」
地べたでのたうち回るボクを抜け、テンヤと殿下が斬りかかった。想定外の重傷にジハークは撤退を選択したようだが、この好機を逃すまいと。
「あぁっ、ぁっ! くっ、ぅ……」
「しっかりするんじゃ、メルナ! 痛みに耐えろ!」
「メルナ、回復薬だ。少しずつでいい、城に戻ったら完全回復薬もある。一旦しのいでくれ」
左肩がキツく縛られ、血が消えていく感覚が薄くなる。アルさんから与えられる薬液が血と混ざって鉄の味がした。少しずつ、少しずつ。意識が浮上するにつれ、痛みはより鮮烈になった。
「が、この……貴様ら……ッ!」
「はぁっ、はぁっ……決めるぞ、テンヤ!」
「はいっ!『破壊斧撃』!」
上半身をなんとか起こし、その顛末を見届けた。殿下が身体を細切れにし、それをまとめて叩き潰す。まさに破壊の一撃に、ジハークは姿を消し——
「セメテモノ抵抗ダッ!」
「なッ! 危ない、メルナ!」
「げほっ、え……?」
血の塊となったソレが、全員の油断を縫ってこちらに突進してくる。血に溶けた鎌の刃が迫る。アマテラスを……それを掴む暇もない。ツクヨミも実体化できない。『死』、全身が冷たく硬直した。
「『天閃』」
「ナッ……!!」
目にも止まらなかった。銀色に輝く細い剣が、その血の塊を二つに斬ったのだ。アルさんの髪は銀に揺れ、瞳はひどく鋭かった。
「……メルナ、早く帰ろう。お前の左腕を治さなければ」
「……は、はい」
その一瞬、痛みは気にならなかった。それ以上に、目の前の強さに。そして戦いが終わったことに。幸運なのはジハークが直接戦闘に弱かったこと。そしてボクの相性が良かったこと。この二つだった。




