№64. 王ジハーク
特訓の翌日、バラムランデを出てさらに数日。ゼルはナナと一緒に留守番、ここに来たのは四人と騎士団が少し。天魔の樹海、そう呼ばれるだけあって、そこは魔力に満ちていた。悪魔の領域はこの奥、だからその姿は見当たらないが、魔物の数は少なくない。
「ふぅ。こっち、片付いたぞ」
「ご苦労様です。メルナちゃん、魔力は探せましたか?」
「うーん、どうだろ。ないことはないんだけど、悪魔の魔力なのかな。ちょっと違うような」
周りの掃除はみんなに任せ、ボクは魔力の追跡に専念していた。魔力感知に長けているからだが、どうにも上手く追えない。悪魔の魔力もあるにはある。大魔公のような巨大な魔力の跡はあるが、どうにも……。
「どうしますか? 森の向こうに悪魔の領域はありますし、そこに大魔公がいるのも間違いはないですよ。ただ、何をしているのか、何を企んでいるのかは何も分かりません」
「無謀かもしれんが……放置しておくわけにもいかないからな。慎重に行こうか。それでいいか? テンヤ」
「はい、僕は構いません。ただ騎士団は下げましょうか。ついてこれないでしょう」
ベルアルド殿下とテンヤの会話に耳を傾けつつ、腰を上げて伸びをした。たぶん、戦闘になるだろうな。魔力の痕跡を消して、ボク達を奥へと誘うつもりか。だとしてもこちらは四人、よほどでなければ負けることもあるまい。
「……ん、お姉様。なんですか、アレ?」
「遺跡だな。ここにはああいうのがいくつかあるんだが、メルナは来るのは初めてだったか」
指差した先、そこにあったのは苔むした石造りの何か。門のようでもあり、祭壇のようでもある。が、不思議と引き寄せられる感覚だ。何があるのか。
「アレはなぁ、真世界に繋がっとるんじゃ」
「へぇ、あそこから?」
「今は繋がってないようですがね」
いつも通りツクヨミが首に巻きつき。なるほど、地下に繋がっているのか。真世界は大地の下の世界のようだし、考えなくてもまぁそうか。しかし、真世界か。……杞憂ならいいが。
「それよりメルナよ。悪魔が近づいておるぞ。大魔公じゃ」
「へ……? どこにも魔力は感じないけど」
「仕方ない。そなたの頭を貸せ」
コツン、と額が触れ合う。瞬間、魔力の波が押し寄せた。冷たいものが背中を伝う。大魔公とは、これほどなのか。ロードほどのものじゃない。が、およそ普通の重さではなかった。
「みんな! 戦闘態勢に入って!」
「どうした、メルナ?」
「大魔公が近い! 恐らく認識を歪める力です!」
端的に分かりやすく。その掛け声に、アルさん始め、全員が剣を構えた。やはり違う。ただの大魔公じゃない。
「聖剣解放、できますか? メルナちゃん」
「……ボクはまだ少し、負担が大きいんだ。せめて対悪魔用に成長させてからがいいな」
「そうですか。じゃあ僕が前に出ます。起きろ、アークバスター!」
ベルアルド殿下とテンヤが前に出た。ボクは一歩下がり、剣を構える。テンヤの聖剣は姿を刃を光らせ、巨大な戦斧に姿を変えた。聖剣とは何か、と考えさせられるが、今はそんな余裕もない。
「らっ、たら〜っ、たった♪」
「不気味な鼻歌だな。メルナ、気をつけろよ」
「はい……」
ご機嫌な声は聞こえるが、どこからかは分からない。いや、たぶん幻聴だ。隣から聞こえてるようでもあるし、ずっと遠くから聞こえているようでも……? いや、森そのものが歌ってるんじゃないか?
「これはこれは、聖議員とバラムランデの王族ですか。大層な——」
「ッ!『月燈』!」
背後の声に、魔力の斬撃を飛ばした。木の枝を焼き斬り、落とす。白い煙に包まれたが、そこに影はない。と思えば、いつの間にか正面に回り込んでいた。
上品な服に尖った耳、牙。容姿は人間にも近しいが、かったるい魔力が澱み、充満している。悪魔なのは間違いない。が、中でも高位、大魔公の中でも恐らく頂点に君臨するだろう男。
「——大層な戦陣ではありませんか。歓迎ご苦労、相手になりましょう」
「僕らとしては、大人しく首を出してもらいたいんだけど。吸血鬼の王・ジハーク」
「それは無理というものでしょう。『歪転』」
重い魔力が放たれ、一気に世界が歪んで見えた。吸血鬼の王、となればヤツは七大覇王。温存できる相手じゃない。
「くそっ。おいで、アマ——」
「まだじゃ! まだ待て、メルナ。あやつの力に慣れるまで、まだ使うな」
「んっ……なこと言っても……!」
「気をつけろ、メルナ!」
魔力から血が作られ、それが弾幕のように襲いかかる。剣で弾こうにも幾百の数、払えるようなものじゃない。氷の炎で範囲を埋めても、余計に魔力を食うだけだ。
「人の妹に、何してんだ!」
「最強の座、一つ空けろよ!『破壊』!」
殿下は細くも雷を纏った剣を振り、テンヤは斧を振り下ろした。激しい轟音と共に木々が吹き飛び、大地が砕ける。それも関係ないと言わんばかり、吸血鬼はヒラリとマントを揺らした。
「伊達に覇王を名乗ってはいませんよ。しかし、面倒だ。ロード・アルスメード……あの男は無茶を言う」
「ロード……?」
彼の発した言葉。世界の頂点の名。それだけなのに、全身の血が凍りついた。




